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39話 貴方と街歩き 後編

「はい」


 アドリアン様の手を握ります。

 大きくて固くて、でもとても優しい感触に胸がいっぱいになりました。

 手を握るのは初めてではありません。ダンスの時のように身体を密着させるわけでも無いのに、不思議です。


 でも、そうだわ。アドリアン様と二人きりで街歩きするのは初めてだわ。


 シアンにデートと言われたのも相まってドキドキします。

 私の内心を知らないアドリアン様は、いつもよりあどけない顔で微笑みます。


「昨日の君は女神の美しさだったけれど、今日も素敵だね。ワンピースの淡い紫が、君に良く似合っている。髪型もとても可愛い」


 あどけない顔なのに、大人っぽい声で褒められてドキドキします。


「あ、ありがとうございます。アドリアン様も素敵ですね。街歩きされる時は、いつもそのような服装なのですか?」


「うん。知り合いに会っても意外とバレないし楽なんだ」


 たわいもない話をする内に、周りを見る余裕が戻ってきました。

 流石は王都。見たこともない物がたくさんあります。


「変わった形の壺……。あそこは何のお店でしょうか?」


「あれは植木鉢の専門店だな。隣は園芸道具の専門店……だと思うが、知らない道具だらけだな。気になるなら寄っていこう」


 寄り道は楽しくて、全ての店に寄ってしまいそうになりました。


「あ、あの店は俺が気になる。寄ってもいいかな?」


「もちろんです。


 アドリアン様は好奇心が強く、いろんな店を見て回るのが好き。そんな、新しい一面も知れました。

 楽しそうな顔は、七歳も歳上の大人の男性なのに、まるで歳下の男の子のようです。


「剪定鋏はこれに……。お会計してきますね」


「わかった。俺はさっき見たシャベルを買おうかな」


「もしかして、アドリアン様も開墾作業をされるのですか?」


「うん。開墾は過酷な力仕事だ。やり手は何人いても足りないし、上が率先して動いた方がやる気もでるからね」


「なるほど……」


「それに、シャベルはいざという時に武器にもなる」


「な、なるほど」


「荷物になるから屋敷に送ってもらおう」


 いくつかの店に寄り道しつつ、飲食店の多い通りに入ります。

 辺りいっぱいに美味しそうな匂いと音。急に空腹を自覚します。

 今度は互いに寄り道せず、足早に目的地に向かいました。


「ここだよ」


「まあ……素敵」


 たどり着いたのは、クリーム色の壁と緑色の屋根のお洒落なカフェです。

 シャンティリアン王太子殿下とイザベル様のご婚約をお祝いしているのか、壁といい窓といいあらゆる所に花が飾られています。

 花に埋もれかけた看板には【リールのカフェ】と、書かれていました。


「入ろう。席が空いているといいんだが……」


「いらっしゃいませ。二名様ですね。こちらにどうぞ」


 外から見るとこじんまりとしていますが中は思いの外広く、私たちは無事に座ることが出来ました。

 

 テーブルの上には、黄色いラナンキュラスが飾られています。真ん中にかけてほんのりと緑色が入っていて、とても綺麗です。


「ふふ。王太子殿下とイザベル様みたい」


「そうだね。素敵なセッティングだ」


 メニューを見ながら何を食べるか相談します。


「昼食時だから、名物のミートパイセットかキッシュセット……いや、ここは菓子も美味い。いっそのことベリーケーキやレモンパイを頼むのもありだな」


「どれも美味しそうで迷いますね」


 チキンのクリーム煮セット、ショコラケーキ、チーズケーキ、桃のタルト、焼き菓子の盛り合わせなどなど。美味しそうなものばかり!

 二人で散々迷って、ミートパイのセットにケーキを一種類ずつ付けてもらうことにしました。


「この後はどうしようか?君さえ良ければ、このまま夕方まで街歩きしたいんだが」


「はい!アドリアン様とご一緒させて下さい!」


「うっ……!わ、わかった。案内するよ」


 アドリアン様が何故か頬を染めてうろたえていると、ミートパイセットが運ばれてきました。


「まずは腹ごしらえだな」


 頷いて、ナイフとフォークに手を伸ばします。

 なんと、パイは焼きたてです。一口大に切るとほわりと湯気がでます。

 口に運ぶとパイ生地はサクサク、具は挽肉と玉ねぎが中心でジューシー!


「あふっ!……おいひいですね」


「はふはふ……ああ、うまい」


 二人で熱い熱いと言いながら食べます。付け合わせのサラダとスープもとっても美味しい!


「追加のケーキとお茶をご用意しました」


 私は桃のタルト、アドリアン様はベリーケーキを頂きます。

 タルトは、桃の薄切りを花のように盛っています。目と舌で味わいました。

 ケーキは、宝石のようなベリーで飾られています。アドリアン様もじっくり眺めながら召し上がっていらっしゃいます。


 アドリアン様は、甘い物と綺麗な物もお好きよね。以前、私が手伝ったクッキーを渡したら感激してくださったし……。


 やっぱり、お菓子以外の贈り物もしたいな。


 私はアドリアン様から頂いてばかりです。


 アドリアン様から「お返しはいらない」と言われています。

 お義母様も『アドリアン坊ちゃんがそう言っているのだから気にしなくていいわ。……というかルルティーナと顔を合わせる前から勝手に買い込んでたみたいだし……』と仰っていますが……。


 私が、アドリアン様へ何かを贈りたいのです。


 何を贈れば喜んで下さるのかしら。


「ルルティーナ嬢、難しい顔をしてどうしたんだい?」


「え?あ、失礼しました。少し考え事です」


「俺に相談して欲しい。俺に言いにくいならシアンにでも……」


「えっと……シアンとお義母様たちへのお土産を考えていました。このお店のケーキか焼き菓子の詰め合わせがいいと思うのですが」


「それは大事な相談だ。焼き菓子もかなりの種類がある。二人の好みは……」


 真剣に話し合った結果、焼き菓子の詰め合わせを買ったのでした。




 ◆◆◆◆◆



 カフェを出る頃には、お昼をだいぶ過ぎていました。

 厳しさを増した日差しと、人混みの熱にのぼせそうです。

 すると、アドリアン様から冷気が漂ってきました。氷属性魔法の一種でしょう。


「ありがとうございます。はあ……涼しい……」


 アドリアン様は悪戯な笑みを浮かべ、屈みこんで囁きます。


「この魔法は、俺と君だけの内緒だよ」


 ドキッとしましたが。


「自邸内や執務以外での魔法使用は、基本的に禁じられているからね」


「あっ。はい。そうでしたね」


 辺境騎士団でもそうでした。緊急事態でもないのに、訓練や討伐以外での魔法行使は禁じられています。

 私がミゼール城にたどり着いた時の事件で、ナルシス様が厳しく罰せられた理由のひとつです。

 アドリアン様は辺境騎士団団長なので、ある程度は自己の裁量のもと魔法行使してもいいそうですが、注意は必要でしょう。


 魔法は便利で強力ですが、それだけに使用には注意と責任が必要というのが、ヴェールラント王国の常識です。


 数ヶ月前までの私は、それすら知りませんでしたが。


「とはいっても、暑いのは苦手だから良く使っているんだけどね」


「意外です。全くそうは見えません」


 ついさっきまで魔法を使ってなかったのに、アドリアン様は暑さに疲労した様子は少しもありません。

 でも確かに、よく見ると汗はかいていらっしゃるようです。


「顔に出にくいだけだよ。夏は地獄だ。訓練でも討伐でも、暑くて汗くさくて敵わない」


 アドリアン様は、暑いのと汗くさいのがお嫌い……。


 それなら、汗を拭くようにハンカチ。匂い対策に、匂い袋や香水はどうかしら?

 清涼感のある香りなら気分が変わるでしょう。後は、身体の熱を下げる効果のある薬茶があったはず。

 他にも何かありそう。そうだわ。騎士様向けのお護りがあると聞いたことがあったわ。


 シアンたちとお義母様に相談して用意しましょう。


 私は浮き浮きしつつ、アドリアン様との街歩きを満喫したのでした。



「ところで、昨日みたいに砕けた話し方はしてくれないのかな?今は街歩き中だし問題ないと思うが」


「うぅ……やっぱり難しいです」


「……そうか。少し残念だな」


「ぜ、善処します!……するわ」


「ははっ!わかった。追々でいいよ」




◆◆◆◆◆




 帰宅後。シアンたちとお義母様に贈り物の相談しようとしましたが……。


「ルルティーナ様、デートはいかがでしたか?」


「恥ずかしがらなくていいのよ?惚気なさいな」


 などと言われてしまい、あまりにも恥ずかしくて相談どころではなくなってしまったのでした。




 そのせいで、アドリアン様への贈り物を用意できたのは、両陛下と王太子殿下とのお茶会当日でした。


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