38話 貴方と街歩き 前編
夏星の大宴の翌朝。
私は、アメティスト子爵家の屋敷で目覚めました。天蓋付きの可愛らしい寝台は、お義姉様が娘時代に使っていたものです。
ふわふわの寝台から出て、大きく伸びをします。
「よく寝たわ……」
昨日は、【夏星の大宴】から帰って、湯浴みしてすぐ寝てしまいました。
とても疲れていましたが、いつもの時間にしっかり目覚めることができました。
「おはようございます。ルルティーナ様」
「シアン、ニト、リル、おはようございます」
シアンたちが身支度を手伝ってくれます。
今日は、淡い紫色に白い小花柄のワンピースを着ましょう。
「昨夜はいかがでしたか?」
「とっても楽しくて素敵だったわ!アドリアン様に踊って頂いたの!踊るたびに、シアンたちが整えてくれたドレスと髪が広がってキラキラして……」
うっとりと語ると、シアンは嬉しそうに聞いてくれました。
どんな風に踊ったか、美味しかったお料理の感想。そして初めて出来た友人と、友人になれるかもしれない方々の話。
シアンたちは、にこにこ笑って聞いてくれます。
アンブローズ侯爵家の方々が頭をよぎりましたが、話したいとは思いません。薄情かもしれませんが。
それよりも聞きたいことがあります。
「シアンはどうだった?ご家族と過ごしたのよね?」
昨日のシアンは、私を見送った後でご家族に会いに行くと言っていました。
「ええ。とても有意義な時間を過ごせましたよ。……ところで、本日の髪型はどうされますか?」
「ええっと……。昨日は半分おろしていたから、今日はまとめて欲しいかな。リボンはワンピースの色に合わせて……」
髪はおまかせで結ってもらいました。両サイドに三つ編みで輪を作る、可愛らしい髪型です。ワンピースの色に近いリボンで結びます。
着替え終わったら、食堂まで移動します。
席についてしばらくすると、お義母様、お義父様もいらっしゃいました。離れに滞在中のアドリアン様は、すでにお仕事に向かわれているそうです。
言伝があり、両陛下とのお茶会は三日後になったそうです。
三人で朝食を頂きます。
夏野菜のサラダ、コンソメスープ、チーズ入りオムレツを頬張りながら、今日の予定をお話しました。
「私とイアンはそれぞれ予定があるわね。ルルティーナは?」
「私は特にございません」
元々、夏星の大宴がどのような結果になるかわからなかったので、ミゼール領に帰還する五日後まで予定を入れていませんでした。
イザベルさんたち、友人や友人になれそうな方とお話できれば嬉しいですが、お誘いするにしても急すぎますね……。
「お義父さんがルルティーナを案内したかった……」
「イアンは仕事でしょう。ルルティーナ、せっかくの王都よ。買い物に行くとか観光するとか色々あるわ。シアン、任せたわよ」
「かしこまりました。ルルティーナ様、何かご入り用の物はございますか?ドレスでも装飾品でも……」
欲しい物。そうです!
「シアン!種苗を仕入れたいわ!」
「かしこまりました」
「はい?」
「え?種苗?」
ドレスや装飾品にも興味はありますが、種苗の方が気になります。
私はお義父様とお義母様に、ミゼール領の今後の為に薬草と野菜の種苗が欲しいことを説明しました。
特に、野菜は必要です。
ミゼール領で薬草栽培ができないか調べてわかったのです。
「魔境を開墾した土地では、一部の麦と豆しか栽培できないのです」
同じミゼール領でも、魔境に侵されたことのない土地は違います。
例えば、ミゼール城の中と周辺がそうです。芋や青菜などの野菜がしっかり育ちます。
しかし、かつて魔境だった場所は育ちません。しかも範囲は広く、ミゼール領の八割をこえます。
その為、多くの野菜を魔獣素材による収益で購入しているのです。
「今後が心配です。魔境が完全に浄化されれば、魔獣の素材は採れなくなりますし、移住者も増え続けています。現在育てている麦と豆以外にも、育てられる野菜がないか試してみたいのです」
私の作る【新特級ポーション】も、残念ながら土壌改良に使えないようです。
【新特級ポーション】の特殊性から言って、今後はわかりませんが……。
「原因もわかりません。現在の研究では、 瘴気が消えた後も土に影響が残っているのだと推察されていま……」
「ルルティーナ、わかりましたから落ち着いて」
「はっはっは!うちの末娘は興味がある事に真っ直ぐだなあ。シアン、種苗を扱っている商会に心当たりはあるか?」
「お任せ下さい。ルルティーナ様がそう仰るかと思い、手配しておきました」
「先回り凄いな……」
目指す商会は、王都中央市場の外れにあるそうです。
ルパール商会といい、国内外の様々な種苗を扱っています。現在ミゼール領で育てている麦と豆もこの商会から仕入れているそうです。
最寄りまで馬車で送ってもらいます。
王都のあらゆる通りに、八重咲の向日葵と黄緑色のダリアがあふれています。
また、どの建物も美しい花で飾られています。昨日よりも、黄色と黄緑色の花の比率が高いです。
王都中が、シャンティリアン王太子殿下とイザベル様の婚約をお祝いしています。
とても素敵です。
馬車を降りた後は、シアンと歩いて目的地に向かいます。
街歩きがしやすいよう、下級貴族のご令嬢風の服装にしてもらいました。
と言っても、朝着替えたワンピースに白いつば広の帽子を被っただけですが。
帽子は淡い紫のリボンに花飾りが付いていて、とても爽やかで可愛らしいです。
シアンがお仕着せのままなのが、ちょっと残念です。
「シアンと私服で街歩きしたかったな」
「ふふ。またの機会にお願いいたします。王都のような都会は物騒ですから、虫除けのためにも侍女のお仕着せの方がいいのです」
侍女を連れているご令嬢は、護衛もいるか侍女が護衛を兼ねている場合が多いので、狙われにくいそうです。
やっぱり、シアンもただの侍女じゃないのかな?
シアンは話したくなさそうなので聞きませんが。
◆◆◆◆◆
「勉強になったわ!」
「はい。良い仕入れが出来て良かったですね」
ルパール商会での仕入れは実りあるものでした。
仕入れた種苗は、直接ミゼール領に送ってもらいます。
「もうお昼ですね。ルルティーナ様、何かお召し上がりになりたいものはございますか?」
「そうねえ……何がいいかしら?」
今日は特別に、シアンも一緒に昼食を食べる予定です。とりあえず、カフェやレストランがある通りへ行こうと相談していると……。
「ルルティーナ嬢!」
「え?アドリアン様?」
人混みの向こうから現れたのは、アドリアン様でした。
アドリアン様は王城でのお仕事が終わったので、私たちを探しに来てくださったそうです。
街歩きするからか、シャツにチュニックとズボンという平服です。髪型も崩していて、いつもと雰囲気が違います。
少年のようなあどけなさといいますか、砕けた雰囲気です。
「行き先はルパール商会だったね」
「はい。おかげさまで、良い仕入れができました。今回は薬草と野菜を五種類ずつ仕入れたのですが……」
三人で話しながら歩きます。アドリアン様おすすめのカフェが近くにあるそうです。
「いつか君を連れて行きたかったんだ。シアンも気に入っていたから三人で……」
「なんでそうなるんですかヘタレ閣下。失礼しました。私は用事を思い出したので帰ります。
……ルルティーナ様、街歩きデートを楽しんで下さいね」
シアンは前半を大声でアドリアン様に言い、後半を小声で私に囁き、目にも止まらない速さで去ってしまいました。
デートだなんて!シアンったら!
「あいつ本当に口が悪いな。給金減らしてやろうか。……まあいいか。ルルティーナ嬢、人が多いから手を握ってもいいかな?」




