31話 夏星の大宴 かつての家族の醜態
王城に到着しました。
私とアドリアン様は、会場である広間の続きの間まで案内されます。
テーブルと椅子が用意されていて、【夏星の大宴】の開始時間になるまで待機します。原則、この場では他の参加者に話しかけない決まりだそうです。
時間になると、爵位が高く歴史が古い順から呼ばれて入っていきます。
現時点で続きの間にいるのは、公爵家、侯爵家、辺境伯、伯爵家の上位のみです。
子爵家の義父母はいないので、とても寂しいです。
それに、もの凄く注目されているので、居心地が悪いです。
とは言っても、ほとんどの方がやんわりと視線を向けているか、それすらわからないようにされています。
例外を除いて。
「外道共がこちらを見ているな。かなり露骨だ」
「……そうですね」
アンブローズ侯爵家の方々は、こちらの様子をうかがっています。しかも、ベラベラと噂しながら。
あまりにも露骨であからさま過ぎるので、周りの方々が引いています。
冷たい眼差しがご自分たちに注がれているのに、気づかないのでしょうか?
この場にお義母様が居たら片眉を上げて激怒するか、冷ややかに嘲笑するでしょう。
もう縁を切った身ですが、恥ずかしくて顔が熱くなってきました。
以前のように恐怖を感じないのは、よかったのですが……
「君の恥ではない」
「はい。わかっています。……何か話されていますね」
私とアドリアン様は、談笑する振りをしつつ耳をすませて観察します。
アンブローズ侯爵家の皆さまは、てっきり私だと気づいたのかと思いましたが。
ーーーアレが惨殺伯爵だなんて信じられないわ。本当に男爵家出身?見た目だけなら高位貴族の貴公子じゃない。隣の女は婚約者かしら?ーーー
ーーーそんな事はどうでもいい。交渉してアレを取り返せればーーー
ーーー取り返さないと……取り返さないと……ーーー
私に気づいてはいないようですし、どうやらアドリアン様に関心があるようです。交渉して取り返すとは、何のことでしょうか?嫌な予感がします。
あと、ララベーラ様がアドリアン様を惨殺伯爵と呼びつつ、容姿を誉めているのに不快な気持ちになりました。
その不快な気持ちが、頭とお腹の中でぐるぐるします。
「あきれたな。外道共は君に気づいていないらしい」
アドリアン様の心底軽蔑しきった言葉に、不快な気持ちは溶けてしまいました。
「でも、それはわかります。私も別人になったような気持ちがしますから」
「健康を取り戻して美しさを磨いたからかな。けれど、君の本質の美しさが現れただけだよ」
「アドリアン様、からかわないで下さいませ」
「からかって無いさ」
アドリアン様が柔らかく微笑みます。一瞬、周囲がざわめきました。
わかります!素敵過ぎです!私も叫びたいです!
あら?視界の端でララベーラ様がこちらを見て、目を見開いています。
そして、髪を振り乱す勢いでこちらに来ます。まさか気付かれたのでしょうか?
ーーー今はよせ!やめるんだ!ーーー
アンブローズ侯爵様と奥様に止められています。
あら?アンブローズ侯爵様、ずいぶんお痩せになって、髪に白いものが増えていますね。
ーーーやめなさい!お願いだから!ーーー
……そういえば奥様も、今までお見かけした姿とかなり違います。あんなに華やかなドレスで、きらびやかに着飾っていたでしょうか?宝石が放つ光で眩しいです。
ーーーでもお母様、求められていたのは私よ?少しくらい味見したいわーーー
ララベーラ様も、以前と少し違います。
ドレスの色はいつも通りの薔薇色ですが、胸元が大胆に露出しています。しかもスカート部分にスリットが入っているのか、脚がチラチラと見えます。
露出したデコルテの上には、エメラルドと金の首飾りがあります。耳飾りや髪飾りもセットのようです。
そして食い入るように視線を……アドリアン様を見ている?
ーーーララベーラ、冗談が過ぎる。いつものように淑女らしくするんだーーー
ーーーお願い……も、もう、困らせないで……ーーー
ーーーまあ!大袈裟な。少しだけ遊ぶだけですよ。王太子妃になれば、流石に遊べませんものーーー
ーーーララベーラ!ーーー
周囲の方々の眼差しがさらに冷たくなり、人が引いていきます。
中には殺意に近い眼差しの方もいます。一番鋭い眼差しを送っているのは、赤みがかったブルネットの若い女性です。
同じテーブルにいる、深みのある赤髪の女性に見覚えがあります。恐らく、私にとっては母方の叔母にあたるコルナリン伯爵様でしょう。
ブルネットの女性は、コルナリン伯爵家令嬢エディット・コルナリン様でしょうか?ララベーラ様と私の従姉妹に当たります。
だとすれば、ほとんど交流がないとはいえ親類の醜態に怒り心頭という所でしょうか?
あと、エディットという名に聞き覚えがあるような?
考えていると、あちこちから嘲るような声が聞こえてきます。
ーーー赤薔薇が本性を出したぞーーー
ーーーいつもは体裁だけは整えているのにーーー
ーーー伯爵令息をたぶらかして調子に乗ったのさーーー
なんだかいたたまれません……いえ、私は関係ないのですが……。
ーーー今時お堅い事を仰らないで。心配なさらずとも殿下のお子をちゃんと産……ーーー
ーーーララベーラ!もう黙って!ーーー
ーーーどうしたんだ?あの完璧な淑女のララベーラが、最近はおかしい!リリアーヌ、お前がなにかしたのか?ーーー
ーーー私は違うわよ!私は悪くない!ーーー
どんどん声が大きくなる三人に、一人の男性が近づきました。
三十歳くらいで金髪に赤い瞳。ルビィローズ公爵家のご令孫ガスパル・ルビィローズ様でしょう。
ルビィローズ公爵家は、アンブローズ侯爵家の寄親に当たります。派閥を代表してご注意されるのでしょう。
ガスパル様が何か話したらしく、三人は途端に大人しくなりました。
……いえ、ララベーラ様だけは、相変わらずアドリアン様を見つめています。
「なんだあの気色の悪い視線は……。ルルティーナ嬢、あの醜態も予定のうちだが俺から離れないように」
「はい。ですが、どちらかというとアドリアン様が狙われているような……」
警戒している間に開始時間になりました。
公爵家から入場が始まります。
今回参加される公爵家は四家です。最初はサフィリス公爵家、次はルビィローズ公爵家です。
ルビィローズ公爵家からの参加者は、先程のガスパル様と奥方様だけです。
ルビィローズ公爵。かつて司法局局長だったお方がいません。
「やはり御当主様は不参加か」
アドリアン様が悪い笑みを浮かべます。このお顔も素敵で、私はまたうっとりしてしまいました。
うっとりしている間に、公爵家から侯爵家の最後の方まで入場が終わりました。アンブローズ侯爵家も早い段階で入場済みです。
最後、周囲が少しざわめきました。
「コルナリン侯爵、コルナリン侯爵夫君、コルナリン侯爵令息、コルナリン侯爵令嬢ご入場!」
コルナリン伯爵様は、どうやら陞爵されていたようです。私は驚きましたが、アドリアン様は予想されていたようです。
「魔石の安価生産研究が実を結んだのだろう。実に都合がいいな」
馬車旅中にうかがった話だとわかりました。
なるほど。魔法局に属し、魔石や魔道具の安価生産に関心のある『あの家』とは、コルナリン伯爵家あらためコルナリン侯爵家だったのです。
凄いことです。
魔石が安価で生産出来るということは、魔道具もですが、ポーションなど魔石を使う薬も安価に出来るかもしれません!
「早く詳細をうかがいたいです!」
「ああ。しかしその前に、俺たちの番だ」
辺境伯家の番になります。現在、国内に辺境伯家は五家あって、その全てが参加します。ベルダール辺境伯家は一番最後に入場します。
順番が来ました。係の方が呼びに来て下さり、アドリアン様にエスコートして頂きながら扉に向かいます。
「ベルダール辺境伯、プランティエ伯爵ご入場!」
係の方の声が響いた瞬間、大広間も続きの間も大きくどよめきました。
ーーーベルダール伯爵が辺境伯に!?ーーー
ーーープランティエ?聞いたことがない家名だーーー
先ほど以上の視線が私たちを貫きますが、臆せずに淑女の笑みを浮かべます。
視線が恐ろしく無いわけではありませんが、私は一人ではありません。
私はアドリアン様と共に、大広間へと一歩を踏み出しました。
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