29話 赤薔薇の破滅 三輪目 後編(リリアーヌ視点)
コルナリン伯爵家に手紙を出して三日後。リリアーヌは、約束のカフェに来ていた。
今日も、宝石だらけのケバケバしい夜会ドレス姿だ。だが、いつも通り誰も注意しなかった。
予約した個室の席に着き、相手の到着を待つ。会話を聞かせたく無いので、侍女と護衛は個室の外へ追いやった。
(遅いわね。約束の時間は過ぎているじゃ無い。カトリーヌごときが私を待たせるなんて……まさか、すっぽかすつもり?)
不安がよぎるが、それは無いと思い直す。
(赤錆のカトリーヌがコルナリン伯爵になれたのは、私のおかげですもの)
カトリーヌ・コルナリン。現コルナリン伯爵。リリアーヌの実の妹で見た目はそれなりに似ている。だが、中身は正反対だ。
リリアーヌは、産まれた時から嫡子として育てられた。魔力量が高かったため期待されていたのだ。
だがリリアーヌは、魔法の研鑽も領地経営のための勉強も大嫌いだった。当主になどなりたくない。婿養子に当主の仕事をさせ、それを補佐するのも面倒だ。
そんなことよりも、美しく着飾っている方がよっぽど好きだ。
(だから、魔法と勉強しか取り柄のない不細工のカトリーヌに、当主の座を譲ってやったのよ。
そうよ。カトリーヌが当主になれたのは、私がアンブローズ侯爵家からの縁談を受けてやったからに決まってるわ。私たちの魔力量は変わらないのですもの。より美しい私が、コルナリン伯爵家当主に選ばれたはずよ。
それにコルナリン伯爵家は、アンブローズ侯爵家と縁付いたお陰で良い思いもしている。
カトリーヌは、私に感謝しているに決まっているわ)
それはそうとして、遅い。
イライラして指輪だらけの手で机を叩く。身体が揺れる度に、首飾りと腕輪がジャラジャラと音を立てる。余計に苛立った。
約束の時間を半時過ぎ、ようやく待ち人が来た。
顔を見て開口一番、リリアーヌは怒鳴りつけた。
「カトリーヌ!遅いじゃないの!」
妹、コルナリン伯爵カトリーヌ・コルナリンは、怒鳴りつけられたというのに涼しい顔で無言だ。
相変わらず、くすんだ赤髪をきっちりまとめて、感情の見えない灰色の瞳をしている。
服装も、灰色を基調としたシンプルなドレスだ。
(ふん!相変わらず地味ね!赤錆のカトリーヌは!)
リリアーヌは、かつてのように妹を見下しつつ、鼻息荒くわめいた。
「さっさと護衛と侍女を下がらせて座りなさい!聞いてるの!相変わらず地味なグズ……ぶっ!」
わめくリリアーヌの顔に何かがぶつかった。
「な、なにするのよ?……え?手紙?」
それは、カトリーヌに送らせた手紙だった。投げつけたのは侍女だ。侍女は憎々しげにリリアーヌを睨みつつ、口を開いた。
「ええ、貴女の恥知らずな手紙ですよ。我が主は寛大なことに、手紙は届かなかった事にすると申しております」
「な!?どういうことよ!」
「言葉のままです。……そんなことより、いつまで座っているのですか。
コルナリン伯爵の御前ですよ。席を立ち、お言葉を待つのが礼儀というものです」
リリアーヌは怒りのまま怒鳴ろうとして唇を噛んで耐えた。
その通りだからだ。
侯爵家の夫人である自分と、伯爵家の当主である妹は、爵位だけならばほぼ同格だ。
だが、妹カトリーヌは魔法局に務める宮廷魔法師の役職持ちで、魔石の研究や魔道具の開発によって勲章を授与されている。
なんの務めも勲章もないリリアーヌは、はるかに格下であった。
(だからといってカトリーヌごときに!)
カトリーヌは灰色の瞳をわずかに細め、扇で口元を隠した。
「アンブローズ侯爵夫人、そのままで構いませんよ。礼儀知らずに礼儀を教えるほどの時間の余裕はございませんから」
「なっ!?」
「相変わらず、手紙一つまともに書けないご様子。懐かしさすら感じましたわ」
「はあ?私はちゃんと手紙を書いたわ!実家の身内に出す手紙なのだから、あれで充分でしょう!」
「ええ、ええ。アンブローズ侯爵家に嫁がれてから、初めて実家に出したお手紙がこれかと、恥知らずさに呆れるやら感心するやらで……。私どもが、そちらとのお付き合いをご遠慮していたことにも、お気づきでは無かったのだなと……」
あまりにも冷ややかな声と眼差しだった。言葉も辛辣で、リリアーヌの精神を逆撫でする。
「はあ?!交流ならあったじゃない!アンタの紹介で使用人を雇ってやってるのを忘れたの!?」
そう、しかも一人や二人ではない。何十人も雇ってやっている。
リリアーヌの認識ではそうだったが。
「貴女の夫君であるアンブローズ侯爵閣下から『使用人を紹介してくれ』と、頼まれたからですよ。
一応は格上の侯爵家からの依頼でしたから、お受けせざるを得ませんでした。それに侯爵家にも関わらず、使用人がすぐ辞めていく状況が哀れでしたしね。
まあ、貴女がたの癇癪と我儘が酷すぎて雇う端から辞めていくという、完全な自業自得だそうですが」
「なんですってえ!この……!」
(赤錆ごときが!馬鹿にするんじゃないわよ!何様のつもりよ!そう怒鳴ってやりたい!……今は駄目!悔しいけど昔と立場が違うわ!我慢よ!少しだけ耐えれば……!)
リリアーヌは己の忍耐力を搾り出し、なんとか笑顔と声を作った。
「や、やだわカトリーヌ、そんなに意地悪を言わないでよぉ。私と貴女の仲じゃない。手紙にも書いてあったでしょう?また昔のように一緒に暮らし……」
「お断りします」
「な……どうしてよ!?」
「落ち目のアンブローズ侯爵家にも、当家がとっくの昔に切り捨てた貴女にも関わりたくないからですよ。
以上です。それではご機嫌よう」
カトリーヌは背を向け、護衛がドアを開ける。
「どういう事よ!なんで落ち目だって知ってるのよ!大体誰のおかげで赤錆ごときが当主になれたと思って……ひ!」
護衛が剣を抜こうとし、リリアーヌは身をすくめた。が、カトリーヌは護衛にやめるよう指示し、振り返る。
「何故も何も、アンブローズ侯爵家はとっくの昔に落ち目ではないですか。
正確には、貴女と貴方のご夫君が跡を継がれてからですが」
「は?な、なにを。アンブローズは侯爵家よ?それにポーションが……」
「アンブローズ侯爵家のポーション事業は、確かに好調でした。ですが、他の事業は代替わりで全て駄目になった。ご夫君が新たに始めた事業も、どれもこれも一年も保たない。投資も失敗続きです。おまけに、一家総出で金遣いも荒い。
いずれポーション事業も破綻して破滅すると、誰もが気づいていました」
「う、嘘よ!だって皆さまは……!」
「お世辞しか聞く耳をもたない貴女に誰が真実を告げますか。ああ、私の言葉を信じなくても結構。近いうちに思い知ることですから」
リリアーヌは震え上がった。怒りのまま否定したい気持ちと、自らの足元が崩れていく恐怖に。
「それと、私が当主に指名されたのは私の実力が父上に認められたからと……貴女が無能で怠惰で性格が悪過ぎて、政略結婚の駒にすらならなかったからですよ。当然ですよね。同じ魔力量なら、より優秀な方を後継にするべきなのですから。
それでは今度こそご機嫌よう。一応は姉だったお方」
カトリーヌは振り返ることなく去っていき、後には震えながら涙を流すリリアーヌだけが残されたのだった。
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