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28話 赤薔薇の破滅 三輪目 前編(リリアーヌ視点)

 時は少しだけ遡る。

 ルルティーナが馬車旅を楽しんでいた頃、王都のアンブローズ侯爵家では……。



◆◆◆◆◆


 今日も、アンブローズ侯爵レリック・アンブローズの怒号が屋敷に響いていた。


「クソ!何が優秀なポーション職人だ!どいつもコイツも!魔力無しのクズのレシピの再現も出来んのか!」


 アンブローズ侯爵夫人。リリアーヌ・アンブローズは、自室で夫の怒号を聞きながら後悔していた。


(うるさいうるさいうるさい!あんなうるさくて無能な男と結婚するんじゃなかった!結婚しなければ、私の装飾品とドレスを手放すことにならなかった!それに魔力無しのルルティーナが生まれたのは、きっとあの男の種だからよ!)


 夫であるレリックが、特級ポーションの裏ルート流通でしくじって二ヶ月以上が経つ。今だに特級ポーションは一本もできていなかった。

 今度も用意できなければ、また多額の賠償金を請求される。それすら用意できなければ、間違いなくレリックは殺される。

 裏ルートでの流通を仕切っているルビィローズ公爵は甘くはない。

 機嫌を損ねた者が、何人も儚くなるか事故に合っている。おまけに疑惑がある。

 家督を譲らずに済むよう、実の息子を暗殺したという疑惑がだ。


(このままでは私たちまで……私とララベーラは関係ないわ!あの男が勝手に始めたことよ!)


「私とララベーラだけは助からなければ……」


 リリアーヌは血走った目で、派手に飾り立てた自室を歩く。その身体もまた、ゴテゴテと派手に飾り立てられていた。

 所有するドレスと装飾品の一部をレリックに処分された時から、屋敷内でも夜会用のドレスや装飾品を身につけるようになったのだ。

 今日は、お気に入りの赤紫に宝石を散りばめたドレスだ。自慢の赤髪は高く結い上げ、その髪から指先に至るまで無数の装飾品を身につけている。

 リリアーヌの整った容姿と肢体、そして年相応の色香の全てを台無しにする下品な装いだが、誰も注意しない。


「これ以上奪われてたまるものですか!このドレスも!宝石も全部!私の物よ!守らなくちゃ……どうすれば……そうだわ!」


 リリアーヌは最初から部屋にいた侍女に、執事長を呼ぶよう命じた。そして待つ間に、自分の頭で文章を考えて自分の手で手紙を書いた。

 署名以外の文字を書くことすら、かなり久しぶりの事だったが、相手は身内だからと要件のみを認める。

 要約するとこうだ。


【カトリーヌへ

 私と娘は実家そちらに戻ることになったわ。部屋と侍女の準備をよろしくね。

 私の部屋は私が使っていた部屋、娘はその隣が良いわ。私がアンブローズ侯爵家に嫁ぐことで今まで良い思いをしたのでしょう?相応の待遇を期待しているわよ。

 私たちが戻る時期と荷物の搬送の段取りを相談したいから、三日後いつものカフェで会いましょう

 貴女の姉リリアーヌより】


 インクが乾いているかも確認せずに封蝋を押した頃、執事長がやって来た。


「奥様、お呼びでしょうか?」


「この手紙をコルナリン伯爵家に届けて。夫には気付かれないよう手早くね」


「……かしこまりました」


 執事長は片眉を上げ、手紙を受け取って退室した。


「さて、私の可愛いララベーラと相談しなくちゃ。別居する時期は【夏星の大宴】の後がいいわね。あと一週間もないから急がなくちゃ」


 ヴェールラント王国の社交シーズンは、春から秋の半ばまでだ。

 夏は王家主催の行事が最も多い。中でも夏の始まりを告げる【夏星の大宴】は、規模が大きく格式高い宮廷舞踏会だ。

 王族の婚約者や、特に功績があった貴族のお披露目をすることが多い。

 特に今年の【夏星の大宴】では、王太子シャンティリアンが婚約者を発表すると専らの噂だ。


(きっとそうだわ。お茶会や夜会では、ララベーラと王太子殿下の仲睦まじい噂ばかり聞くもの。

あのお堅いシャンティリアン王太子殿下が、ララベーラに側にいて話しかけることを許しているというもの。

それに、執事長と侍女長も王家から頻繁に手紙が届くと言っていたわ。

 ああ!私の可愛いララベーラが王太子殿下の婚約者だなんて夢のようだわ!

 婚約を発表してしまえば、私と共にこの屋敷を出てコルナリン伯爵家に入っても問題ないでしょう)


 リリアーヌは侍女にお茶菓子の用意をさせ、ララベーラを自室に招いた。


「お母様、お招きありがとうございます。まあ!私の好きなお茶とお菓子ばかり!嬉しいです」


「ええ。ララベーラは、この【星屑の花茶】がお気に入りだと聞いたから用意させたわ」


 リリアーヌは、最近の流行りだという薄荷に似た独特の香りの茶が苦手だが、愛娘ララベーラの笑顔を見れて満足だ。


 そして、ララベーラに自らの計画を話したが……。


「コルナリン伯爵家ですって!嫌です!

お母様、この私にたかが伯爵家に行けと言うのですか?私は王太子の婚約者になるのですよ?家格を落としたくありません」


「ええ、それはわかっているわ。でも今のアンブローズ侯爵家は危険で……」


 ララベーラは、クリームたっぷりのカップケーキを掴み、貪り食べながら鼻で笑った。


「ああ、お父様がお仕事で失敗したそうですね。ですが、私には関係ありません。王太子妃になるまで家が存続していて、お父様が生きていれば問題ありません。その後でどうなろうと知りませんわ。いえ、出来るだけ早く召された方がよろしいですわね」


 リリアーヌは、あまりにも堂々としたララベーラの言い草に顔をひきつらせた。

 確かにリリアーヌにとっても、アンブローズ侯爵家およびレリックは憎たらしい存在だ。

 だが、嫁いで子も成した家だ。そしてあんな男でも、リリアーヌの家族なのだ。


「ララベーラ、そんな言い方は……」


「そんなことよりも裏庭です。魔力無しのルルティーナをせっかく追い出したのに、穢らわしいポーション職人どもが我が家の敷地にいるだなんて。おまけにルルティーナと違って好きに叩けないのですよ!早く追い出しましょう!」


「気持ちはわかりますが、ポーション事業のためです。出来ませんよ」


「ふん!ポーションなんて下らない薬が無くても、この私のように治癒魔法で人の役に立てばいいではないですか!

 私は、素晴らしい治癒魔法を安価で施す【癒しの聖女】として社交界で評判だというのに!」


 リリアーヌは総毛立った。

 確かに、ララベーラが治癒魔法を使えることは、魔力が高いことと共に自慢だ。

 それを使って、遊びで小遣い稼ぎをしていることも知っている。

 だが。


「ら、ララベーラ?貴女はまだ治癒魔法師の資格がないのよ?なのにまさか堂々と口にして、施してやっているの?」


 そう。ララベーラは、国家治癒魔法師資格どころか一般的な治癒魔法師資格すら持っていないのだ。

 資格無しで他者に治癒魔法を使うことも、それで対価を得ることも、本来ならば違法だというのに。


「ああ、そんな下らない決まりがありましたね。どうでもよろしいではないですか。王太子妃、ひいては王妃となる私を咎める者などいませんもの」


「な、なにを……貴女……!」


 リリアーヌの血の気が引いた頭が、さらに最悪な可能性に思い当たる。


「ま、まさか、あの魔力無しのことやポーションのことも外で話していたのでは……」


「ええ!裏庭に追いやったとはいえ、あのクズが敷地内に居るのは不快で仕方ありませんでしたから!おまけに賤しいポーション職人だなんて恥ですわ!少しくらい愚痴をこぼさなければ……」


「アレのことは私も旦那様も秘密だと言っていたでしょう!」


 ルルティーナは九年前に保護され、アンブローズ侯爵領で暮らしている事になっている。

 代官の一人が養育し、いずれその息子と結婚するという筋書きだ。領地経営を学ぶのに忙しく、王都にいないことになっている。

 だというのに、ララベーラが吹聴している?台無しだ!


「あら?そうでした?まあ、これもたいした問題ではないでしょう。

そんなことより、お母様もお菓子を頂きましょうよ。お茶が冷めてしまいますわよ」


 リリアーヌは力無くうつむく。とても茶菓子に手を伸ばせる状況ではない。


(どうして!?私の可愛いララベーラはいつのまにこんな愚かになったの!?

 ルルティーナは魔力無しのクズだったけれど、ララベーラは私の娘に相応しい令嬢に育てたと思っていたのに!

 私は人任せにせず!ちゃんと家庭教師に指示していたわ!令嬢に必要な教養と心構えをちゃんと教えなさいって!

 家の差配もそう!ちゃんと侍女頭と執事長に指示したわ!我が家が問題なく運営できるように差配しなさいって!

 私は悪くない!)


 リリアーヌは唇を噛み締め、決心した。


(もうあの男もこの娘もどうでもいい!私だけでも助かるのよ!)

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