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26話 王都への旅路

 ミゼール城から王都への馬車旅は、快適でとても迅速でした。


 私の隣にはお義母様とシアン、向かいにはアドリアン様とお義父様が座って、車窓の風景を眺めながら毎日おしゃべりします。


 四頭建ての馬車は、最新開発された魔道具仕立てのものです。そのため、馬車の軽量化と揺れの防止がされているのだそうです。

 こんなに快適な馬車があるなんて!

 私だけでなく、お義父様も大興奮です。


「アドリアン!なんだこの馬車は!どこで作らせた?」


「魔法局にかけあいました。なかなかの出来で満足しています。これが一般的な馬車になればいいのですが……」


「難しいのですか?」


 アドリアン様が教えて下さります。


「ああ、魔道具は基本的に高価だからな。まだまだ一般的ではない。最も、今後は安価になっていくかもしれない。この馬車を開発した魔法師たちは、魔道具の開発と魔石の研究に熱心だ」


 お義父様とお義母様の纏う空気が鋭くなります。お義父さまが一瞬、私を見ました。


「ほう。例の家だな?……それは我々にとっても興味深い話だな」


「ええ。そうね。詳しく教えて頂けますでしょうか?」


「もちろんです。まだ機密事項も多いので、家名や詳細は出せませんが、お二人でしたら概要をお話していいと許可を得ています」


 話は盛り上がり、魔法師様方をお義父様に紹介することになりました。


 魔道具やポーション作成に欠かせないのが魔石です。そして、お義父様が治めるアメティスト領は、魔石の原料となる高純度の水晶の産地です。

 魔獣からも高純度の水晶は取れますが、やはり安定供給が出来るアメティスト領の方が、産地として評価が高いそうです。


「とはいえ、魔石用の水晶の確保は難しい。全産出量の一割以下だ。その上、水晶に魔力を込めるのは技術と膨大な魔力量がいる。だからこそ魔石は高価だ。魔石が高価である限り、魔道具も安価には出来ないだろう」


「ええ。ですが、案外すぐに解決するかも知れませんよ」


 アドリアン様は、意味深な笑みを浮かべたのでした。



◆◆◆◆◆



 こうして私は、快適な馬車旅を満喫しました。


 夜は立派な宿に泊まり、ゆっくり朝食を食べて出発します。昼はレストランでその土地の名物料理を頂いたり、周囲を散策します。

 夏の陽気とはいえ、爽やかな風が吹いているのでそこまで暑くはありません。


「ルルティーナ、この辺りは陶芸が盛んです。少し工房とお店を見ていきましょう。各地の特産品に通じ、良いものを見る目を養うことも必要ですからね」


「はい。お義母様」


「では、護衛がてら俺も……」


「ベルダール伯爵、護衛はこちらで用意しているのでお構いなく。母と娘の語らいに無粋でしてよ。どうぞ、我が夫と親交を深めていてください」


「いえ、しかし……」


「諦めろアドリアン……。ルルティーナ!明日はお義父さんと一緒にお出かけしような!」


「はい!」


 私が王都からミゼール城まで運ばれた、あの過酷な半月が嘘のように楽しい旅です。


 ただ、その時微かに見た景色、その土地の草木だけが、同じ道のりなのだと示していました。


 薄紅色のプリムローズが咲いていた場所を通り過ぎた時が、一番感慨深かったです。


 あの時、ボロボロの姿で御者に怒鳴られていたのが、夢のよう。まだ半年も経っていないというのに……。


 あの場所にプリムローズの姿は見えず、矢車菊が見頃でした。あちこちで、鮮やかな青や水色の花を咲かせています。

 青は、アドリアン様の瞳によく似た色です。


「ルルティーナ嬢、幸せそうに笑ってどうしたんだい?」


「うふふ。綺麗な矢車菊が咲いているのです。ほら、あの野原です」


「ああ、あそこに咲いている花か。あれは、矢車菊という名なのか」


「そうなんです。初夏から夏にかけてが見頃で……この場所であの花を見れて、私は心から嬉しく思ったのです」


 あの時よりも遥かに幸せになれたこと、たくさんの方々のお役に立てたと知れたこと……何より、誰よりも大切な貴方に会えたことが嬉しいのです。


 私は、アドリアン様が【お茶会のお兄様】であって欲しい。ですが、違っていても貴方のことが……。


 この旅の役目を果たしたら、この想いをお伝えしましょう。例え、違っていたとしても、受け入れて頂けなくても、お伝えしたいのだから。


 私は密かに矢車菊に誓ったのでした。




 ◆◆◆◆◆




 出発してわずか五日で、私たちは王都に到着しました。

 空はやや曇りでしたが、王都中が華やかで明るい雰囲気で包まれています。

 馬車はアメティスト子爵家のタウンハウスを目指し、大通りを行きます。


「ルルティーナ嬢、外を見てご覧」


「まあ!とても綺麗ですね!」


 向日葵、ゼラニウム、ダリア、ラベンダー、紫陽花など色とりどりの夏の花が、王都の建物と道を飾っています。

 中でも目を引くのは、大通り沿いを飾る黄金に輝く八重咲の向日葵と、艶やかな緑色のダリアです。どちらも魔法で品種改良された大変希少な花です。

 恐らく現国王陛下と王太子殿下の、濃い金髪とエメラルド色の瞳にあやかっているのでしょう。


 ただ、その割にはダリアの色が黄緑色に近いです。また、夏の定番であるあの花が一輪も見当たらないのが不自然です。


 とはいえ、それ以上に王都全体が花で飾られて、民も明るく……やや浮かれている様子なのが気になります。

 街ゆく人々が笑顔を振り撒き、手に花束を持っていたり、髪に花を飾っているのです。


「可愛らしいですね。流行か何かでしょうか?」


 指摘すると、アドリアン様が頷きます。


「ああ。数日後の【夏星の大宴】で、王太子殿下が婚約者を発表されると噂されているからだろう」


「シャンティリアン王太子殿下がですか!素晴らしい事ですね!」


 我が国では、お祝い事に花が欠かせません。特に国に慶事があった時は、季節の花であらゆる場所を飾り、あらゆる場所がお祝いでお祭り騒ぎになります。

 なるほど。正式に発表されたらすぐお祝いできるよう、あらかじめ花を用意しているのですね。


「納得しました。シャンティリアン王太子殿下は、民から人気がおありですものね」


 シャンティリアン王太子殿下。アドリアン様と同じ二十三歳で、金髪とエメラルド色の瞳の貴公子であらせられます。

 すでに公務で大いに活躍されていることはもちろん、【緑目の王は飢え知らず】という迷信があるため、民から熱狂的な支持を得ていらっしゃいます。

 私も王太子殿下を敬愛しております。

 それは、貧しい者への就業斡旋や交通網の整備などの実績と、そのお人柄ゆえです。

 シャンティリアン王太子殿下とは、九年前の【蕾のお茶会】でご挨拶させて頂きました。

 私のような一臣下にまで、親しみをもって接して下さる素晴らしいお方なのです。


「……君も、王太子殿下をお慕いしているのか?」


「はい。恐れ多いことですが、主君として敬愛申し上げております」


「いや、そうでなく男とし……」


「ベルダール伯爵、お戯れはそこまでになさって下さい。筋違いの嫉妬は見苦しゅうございますよ」


「アドリアン!うちのルルティーナでいやらしい邪推をするな!昔みたいに吐くまで走り込みさせてやろうか!」


「団長閣下のヘタレ」


 よくわかりませんが、アドリアン様はお三方に締め上げられたのでした。

 アドリアン様を冷たくたしなめてから、お義母様は私を見つめました。


「ルルティーナ。明後日は、両陛下と王太子殿下との謁見。五日後は【夏星の大宴】よ。

 我が家ではくつろいでいて構いませんが、それ以外では片時も油断しないように」


「はい。かしこまりました」


「ベルダール伯爵、娘をよろしく頼みましたよ」


「もちろんです。お任せ下さい」


「あと先程も申し上げましたが、下らない嫉妬を拗らせる前に、仰るべきことを口になさいませ。我が娘はすでに引く手数多ですわよ?」


「ぐっ!き、肝に銘じます。……ですから、その話し方と伯爵呼びはおやめ下さい……」


 お義母様は眉をひそめて嗤います。


「あらそう?でもねアドリアン坊ちゃん、貴方が情け無いことを言うからいけないのよ。私もシアンも好きで嫌味を言っているわけじゃないんですから。そうよねえ、シアン」


「そうですよヘタレ閣下」


「シアン!お前はもう少し主を敬え!」


 喧嘩しているのになんだか楽しい。

 私はお義父様と顔を合わせて、声を上げて笑ってしまったのでした。




 ◆◆◆◆◆





 その後、到着したアメティスト子爵家でお義姉様やお義兄様と初めてお会いし、ゆっくり旅の疲れを癒してから……謁見の日を迎えたのでした。



 謁見当日の朝。

 九年ぶりに見る王城は、やはり繊細な美しさをしています。

 誰かが【白と緑の砂糖菓子】だとか、【大理石のカメオブローチ】と、喩えたというのも納得ですが……迫力と威圧感は、北部辺境のミゼール城に勝るとも劣りません。

 私はアドリアン様にエスコートされて、馬車を降りました。今から入城です。緊張で震えそうです。

 アドリアン様が身を屈めて囁きます。


「ルルティーナ嬢、恐れることは何もない。君は素敵な淑女だ。ドレスも良く似合っている」


 肩の力が抜け、周りが明るくなった気がします。いえ、アドリアン様の柔らかな笑みに照らされたのでしょう。


 素敵な笑顔。アドリアン様の、お優しい溌剌とした心そのもののようだわ。


 辺境騎士団の皆様は『この世で一番怖い上官』『身体は熊、面は獅子』『魔獣よりおっかねえ。力そのものですよ』『笑顔?威嚇顔のことでは?』などとアドリアン様を評しますが。


 笑顔に照らされた私は胸を張ります。


「ありがとうございます」


 今日のドレスは、アドリアン様が選んだ薄紅色に銀糸の刺繍のプリンセスラインのドレスです。

 試着後の調整で、より白に近い銀糸の刺繍と裾のフリルを足しています。光を受けて繊細に輝き、身じろぎのたびにフリルが揺れて愛らしい。

 そして私の白髪は、共布のリボンにローズクオーツをあしらった髪飾りで、まとめて結い上げています。


「アドリアン様とシアンたちのおかげです。アドリアン様も、今日もとても素敵ですわ」


 今日のアドリアン様はいつもの黒い騎士装束ではなく、式典用の白い騎士装束です。

 黒はアドリアン様の勇猛さと雄々しさを引き立たせましたが、白も良くお似合いです。また、幾つも勲章がついていて眩しいほどです。

 アドリアン様のお顔の麗しさと、所作の優美さを引き立たせています。


「ありがとう。何より嬉しい賛辞だ。さあ、行こう」


 私は差し出された手に手を重ね、入城しました。


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