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21話 ルルティーナの記憶

 シェルシェ様の執務室でお茶をすることになりました。

 初めて足を踏み入れました。こじんまりとして見えますが、本や道具があふれているからで、本来は広い部屋のようでした。

 案内されたのは、私、シェルシェ様、シアンだけです。私の過去の話になるからと、シェルシェ様が配慮して下さったのです。

 エイルさんもユーリさんも納得してくれました。


 つくづく私は人に恵まれています。


「僕が試したいと言ったのは、この薬茶です」


 出されたのは、記憶を呼び覚ます効果があるというお茶でした。どこか懐かしい香りがする、柔らかな褐色のお茶でした。

 シアンが毒味と言って一口飲み、納得したように頷きます。


「追憶の薬茶ですか。心身にほとんど負担がかかりませんね。ルルティーナ様がお飲みになられても問題ないでしょう」


 その言葉に、私だけでなくシェルシェ様も驚きました。


「シアンさんが知ってるとは意外だね!とびきり腕のいい薬師にしか調合できない、かなり珍しい薬茶なのに」


「昔の仕事で使いましたから」


 にっこり笑う顔になんとなく圧があります。シェルシェ様と私は顔を見合わせて、それ以上は何も聞きませんでした。

 お茶請けは、私が小屋にいた頃よく食べていた野苺と木苺です。


「ルルティーナ様。もう一度、その頃のことを思い出して話して頂けますか?」


 私はシェルシェ様に頷き、師匠との過去を思い出しながら話しました。何度か話しているからか、いつもより鮮明に記憶が蘇ってゆきます。




 ◆◆◆◆◆



 私が小屋に来てしばらくの間は、主な仕事は物を運ぶこと、繕い物、掃除などの雑事でした。

 ポーション作成に関しては、硝子瓶の入った箱を運んだり、出来上がった上級ポーションを硝子瓶に入れる作業をする程度だったのです。

 小屋に連れて来られた日に、師匠がそう決めました。

 師匠は私を座らせて、話を聞いてくれました。


『ポーション職人にさせられる事に恨みも不満もないだって?』


『はい。私が魔力無しのままでした。せめて自分が出来る仕事を覚えたいのです』


『へえ……。自分が生き残るため従っている訳じゃないとでも言うのかい?』


『はい……生まれてきたせめてものお詫びがしたいのです。貴女様にはご迷惑をおかけしますが……』


『はあ。信じられないくらいお人好しの良い子ちゃんだねえ。これだけ家族にいたぶられてよく言えるよ。……アンタは親と姉より、祖父母と伯父と似てるねえ』


『え?』


 そうです。忘れていましたが、師匠は私の祖父母と伯父を知っている様子でした。


『まあ良い。さっきも言ったが、アンタは今日からここで暮らして、アタシの仕事を覚えるんだ。アンタはアタシの弟子だ。このポーション職人パンセが認めてやろう』


『ありがとうございます!パンセ様!』


 そうです。師匠の名前はパンセでした。


『ただし、しばらくは下働きだよ。アタシが良いと言うまで、材料にも道具にも触るんじゃない。あと貴女様とかパンセ様とか呼ぶんじゃないよ。気色悪い!師匠と呼びな!』


『はい!お師匠様!』


『お師匠様もやめな!師匠だ!物覚えの悪いガキは嫌いだよ!』


 こうして、師匠は私に雑用からはじめさせました。

 師匠は素っ気なく寡黙な人です。

 少しだけ紫色が残った白髪を引っ詰めてまとめていました。瞳の色は紫色だった気がしますが、それより眼光の鋭さが記憶に残っています。


『こら!ここで何をしてる!飯を置いたらとっとと失せろ!』


『ひいい!』


 師匠は使用人たちから恐れられていましたが、私は師匠を怖いと思ったことはありません。

 師匠から暴力をふるわれたことはありませんし、私と同じようにアンブローズ侯爵家に囚われているように思えたからかも知れません。


 小屋に来て数日後、私はポーション作成を見ることを許されました。


『しっかり観察して覚えるんだ』


 また、一日の最後に毒味の一匙を頂くことも習慣化しました。

 ポーションの味と効力を知らないままでは作れないから。という理由です。


 ……今思えば、酷い環境にいた私に上級ポーションを飲ませるための方便だったかもしれませんが。


 というのも、私は小屋に来てから体調を崩すようになったのです。特に、食事の後に気分が悪くなることが多かったです。

 また、ララベーラ様やアンブローズ侯爵様からの暴力も激しかったので、一日中体調が良いということはありませんでした。


『片付けはもういい。さっさと毒味の一匙を飲みな』


 飲むと、体調は少し良くなりました。

 師匠は私に甘くも優しくもありませんでした。

 私がララベーラ様たちから暴力をふるわれても助けてはくれません。

 ですが、私に暴力をふるうことはありませんでした。無理な力仕事をさせることもありません。

 それに。


『……』


 それに時々ですが、私を見て懐かしそうな優しい眼差しをしていました。

 だからやはり、思いやりのある優しい方だったのだと思います。


 私は毎日毎日、師匠のポーション作成作業を見つめて観察しました。

 その後、夕飯の席で気づいたことを話すのが日課になりました。


『師匠、ポーション作成には火加減が重要なのでしょうか?』


『どうしてそう思った?』


『師匠がずっと調整しているので、そう思いました。特に光属性の魔石を溶かしている時が一番慎重だと思いました』


『間違っちゃいない。火加減もそれなりに大事だ。だけど他にも大事なことはある。もっと良く観察しな。手元ばかり見てないで、全体を見る癖もつけるんだ。

わかったらさっさと食って毒味の一匙を飲んで寝な』


 そんな生活が続いて一年が過ぎた頃のことです。


『師匠。ポーション作成に大事なのは、順序と丁寧さと……祈りでしょうか?』


 師匠の眼光がさらに鋭くなりました。


『ほう……理由を言いな』


『はい。師匠は毎日同じ順序で大鍋に材料を入れます。その材料は、とても丁寧に下ごしらえします。

 一度、順序が違った時はポーションの味と見た目が変わり、効力も落ちたように感じました。下ごしらえもそうです。より丁寧な時の方が、ポーションの効力が上がっていると感じました』


 師匠は無言で先を催促しました。


『師匠がお祈りをするたびに、少しだけですがポーションが光って色が変わりました。そして、たくさんお祈りして作ったポーションの方が、輝きが強く効力が上がっていると思います。やっぱり、少しだけではありますが……』


『そうか。わかった。さっさと飯を食って寝ろ。明日はいつもより早く起こす』


『え?師匠?あの、これは師匠のお食事……』


『うるさい。しっかり食って寝ろ。アンタは痩せすぎなんだよ』


 そして翌日から、上級ポーション作成を教えられました。

 ポーション作成の細かい手順を叩き込まれ、作れるようになるまで一月かかりました。

 その後、上級ポーション作成と並行して『新しいポーション』の開発を命じられたのです。

 新しいポーション開発は過酷でした。何種類もの薬草を組み合わせて『新しいポーションを作れるまでやれ』と、言われたのです。

 結局、新しいポーションこと特級ポーションのレシピ開発には二年近くかかりました。

 師匠は時々、助言をくれました。


『薬草ごとの効能は気にしなくていい。アンタが薬の女神様に捧げるのに相応しいと思う組み合わせで、丁寧に作るんだ』


 私はその言葉を信じ、無数の組み合わせを試した果てに、あの特級ポーションを作り上げたのです。


『ルルティーナ、良くやった。これでお前も一人前のポーション職人だ』


 師匠は初めて笑顔をみせて褒めてくれました。

 そして。


『成人するまでは生き延びれるようにしてやる。そこから先は自分でなんとかするんだね。

……大丈夫だ。その腕と素直さがあれば、ここから出ても生きていける』


 ああ、どうしてこんなに優しい記憶を、師匠の言葉を忘れていたのでしょうか?

 いいえ、そうです。忘れたかった。

 師匠はそれから間もなく亡くなってしまったから。

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