20話 特級ポーションの謎
叙勲式から半月が経ちました。季節は春から初夏に向かう頃です。
暖かな日差しのもと、私は毎日楽しく働いています。
少し前、アドリアン様は魔境討伐に向かわれました。今回は長引きそうだということです。
想いを自覚したこともあり寂しいですが、私は己がなすべき事をしなければなりません。アドリアン様のためにも。
ああ、駄目です。少し思い出しただけで顔が熱いです。
アドリアン様のことを考えたりお側にいてお話すると、自覚する前以上にドキドキして緊張してしまうのです。ご帰還されるまでに慣れればいいのですが……。
ともかく、私は朝食を食べてからポーション作成室に向かいます。作成室はいくつかありますが、私専用の部屋に入ります。
昼休みを挟んで夕方まで、特級ポーションの作成と検証をするためです。
と、いうのも、特級ポーションが謎だらけだとわかったからです。
「エイルさん、ユーリさん、おはようございます」
「職人長、シアンさん、おはようございます」
「おはようございます。準備は出来ております」
鳶色の髪と焦茶色の瞳の壮年のポーション職人エイルさん、黒髪黒瞳のユーリさんが挨拶して下さります。
今日も、ポーション職人の中でも腕がいい二人と謎を調べます。
まずは、昨日それぞれが作った特級ポーションを見比べます。硝子瓶に入ったポーションは全て、明らかに色や輝きが違いました。
「やっぱり、職人長が作る特級ポーションは飛び抜けて美しいですね」
「効力も段違いです」
お二人の仰る通りです。
「おかしいですね。お二人もレシピ通りに作成しているというのに……」
そうです。何故か、私以外が作る特級ポーションは、私が作る物ほど効力が出ません。それでも上級ポーションより効力がありますが……。
あの小屋にいた頃は一人で特級ポーションを作っていたので、気づきませんでした。
謎は他にもあります。意見交換をしていると、紫の髪に明るい茶色の瞳の少年、シェルシェ様が入室しました。
「おはようございます。もう始まっていますか?」
「おはようございます。シェルシェ副局長。作成はこれからですよ。」
「間に合ってよかった。今日は僕も観察します。初めて下さい」
「かしこまりました」
私は特級ポーションの作成を始めました。
まずは、材料の下ごしらえです。
作業台に材料である光属性の魔石、七種類の薬草。道具であるトンカチ、乳鉢と乳棒、まな板、ナイフなどを、そのつど出して作業していきます。
最初に魔石をトンカチで粗く砕き、乳鉢に入れて乳棒で丁寧に擦り潰していきます。魔石は硬いので大変です。額に汗が浮かんできます。
「職人長、やはり下ごしらえすら私どもにお任せ頂けないのですよね?」
「はい。師匠の教えです」
師匠は私に強く言いました。何度も繰り返されたため覚えた教え。頭の中に浮かべつつ作業します。
『ポーション職人になるつもりなら、三つの決まりを守れ。
一つ目は、下ごしらえから出来上がりまで一人で作業すること』
魔石を細かくすりつぶしながら祈ります。
「薬の女神様にお祈り申し上げます。どうか、このポーションを飲む方を少しでも癒せますように」
これも師匠の教えです。
『二つ目は、薬の女神様に祈りながら作ること』
小屋にいた頃は、心の中だけで祈ったり、口に出したりと色々でした。また、作業工程のどこで祈るかもバラバラでした。
辺境騎士団に来てからは、前よりも頻繁に、良く口に出して祈るようになりました。不思議です。
「薬の女神様にお祈り申し上げます。どうか、このポーションを飲む方を、辺境騎士団の皆さまを少しでも癒せますように」
乳鉢の魔石が粉になったら、他と混ざらないようよけて手を洗います。
新しい道具と紅玉草の葉を作業台に出し、葉を刻んですり潰します。もちろん祈りながらです。
紅玉草の次は、落陽橙の皮を削って粉にし、その次は翡翠蘭の根を細かく刻む。
終わったら天空百合の花を繊維に沿って糸状になるまでほぐし、瑠璃玉葡萄の実の汁を一滴残らず絞りました。
最後に蔓紫水晶の蔓茎をトンカチで砕けば、下ごしらえは終わりです。
「ふう。下ごしらえは終わりました。シェルシェ様、お待たせしました」
量を調整しているので小屋にいる時より早いですが、それでも二時間以上かかってしまいました。
「いやいや。素晴らしい手際に見惚れていましたよ。それにしても、これはやはり……」
シェルシェ様はぶつぶつと呟きながら、帳面に気づいたことを書き込んでいきます。
いつものことなので作業を続けます。
私は、ずらりと並んだ魔道釜戸の前に立ちます。
魔道釜戸の火をつけ、上に乗った大鍋に下ごしらえした材料を入れていきます。先ほど下ごしらえした順に魔石からです。
慎重に火力を調整しながらかき混ぜ、全ての材料を混ぜていきます。
全ての材料が溶け合い、濁った黒い夜空のような色になります。
私はいつしか、見られていることを忘れて夢中で作っていました。
もちろん、祈りは忘れません。
「薬の女神様にお祈り申し上げます。どうか、このポーションを飲む方を、辺境騎士団の皆さまを、アドリアン様を癒せますように」
大鍋から透き通った光があふれます。濁った闇夜のような液体から、まるで光そのもののような液体になりました。
「出来ました」
そして、毒味の一匙を頂きます。これが一番大事だと、師匠に教えられています。
『三つ目は毒味の一匙だ。出来上がったポーションに問題がないか確認する、いわば検品作業って奴さ。
先に言った二つはともかく、毒味の一匙だけは忘れるんじゃないよ。ポーションは万能薬、薬だ。
薬は一つ間違えれば毒になる』
師匠の言葉を浮かべながら飲み込みます。シェルシェ様、エイルさん、ユーリさんも同じように一匙飲みました。
身体を爽やかな風と光が通っていくようです。全身に活力が漲ります。
やはり。
「以前より効力が上がってますよね?」
「ええ。ルルティーナ様が以前作成した特級ポーションより、さらに良くなっています」
「ユーリちゃんの髪がさらに艶々なってるもんな」
「エイルさんの髪も艶々だよ。抜けてた歯がまた生えた奴もいるし、たった一匙なのにすごいよねえ」
【レシピ通りに作っているのに、ルルティーナ以外が作ると効力が落ちる。
レシピも材料も同じなのに、ルルティーナが作ると以前作っていた頃より効力が上がっている】
この二つが目下の謎でした。
上級ポーションは、このような変化はなかったのですが。
「特級ポーションのレシピが、非常に変わっているからかもですね。これは、ルルティーナ様独自のレシピです」
確かにそうです。光属性の魔石を使うのは他のポーションと同じです。ですが、七種類の薬草は違います。他のポーションには使われない薬草だらけなのです。
「ここまで下ごしらえを丁寧にするというのも、他にありません。生み出された過程も凄いですよね。かなり無茶苦茶です」
「はい……」
下働きしかしていなかったのに、いきなり師匠に『新しいポーションを作ってみろ』と言われたのです。沢山の薬草を渡され、試行錯誤して生み出しました。
突然だったので、呆然としたのを覚えています。
エイルさんがしみじみ呟きました。
「職人長のお師匠様は何者だったのでしょうか?さぞ名のあるポーション職人だと思いますが」
「はい。きっとそうだと思いますが……名前が思い出せないのです」
あの頃の記憶は、はっきりしている所とあまり思い出せない所が混じり合っていて、曖昧です。
例えば、師匠の名前や顔の細かい造形や目の色などはうろ覚えです。
ポーション作成時の指導も、三つの決まり以外は思い出せないことが多いです。
祖父と知人だったカルメ様も、師匠とは交流は無かったそうです。
祖父から何度か『素晴らしいポーション職人がいる。いずれ紹介したい』とは言われていたそうですが、お互い忙しくて機会がなかったそうです。
『ただ、お祈りの言葉に心当たりはある。まさかとは思うけどね。今は患者も少ないし、調べてくるよ』
そう言って、十日ほど前に旅立ちました。
私もなにか手がかりになるかもしれないので、思い出そうと頑張っています。
シェルシェ様は、出来上がったポーションを見つめながら言いました。
「ルルティーナ様、お茶にしましょう。気づいたことを共有したいですし、少し試したいことがあります」
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