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2話 過去と現在

 私は産まれた時から、周囲を失望させてきました。

 まず、見た目からいけませんでした。アンブローズ侯爵家特有の、気高い薔薇色の髪と瞳ではなく、老婆のような白髪に男を誘うとされる薄紅色の瞳で産まれたのです。


 しかも、それだけではありませんでした。


『ご息女の含有魔力量は0(ゼロ)です。わずかな量も感知されませんでした』


 それを聞いた家族は失望を通り越して激怒したそうです。

 王侯貴族でありながら、魔力を持って産まれなかった者は【魔力無し】と呼ばれて蔑まされます。

 ましてや、アンブローズ侯爵家は治癒魔法の名家です。高貴な方々を癒すことで、このヴェールラント王国に貢献してきたのです。

 両親は私を憎みました。私を処分することも考えましたが、医者から『魔力は成長と共に増える事もあります』と、言われたので見送ったそうです。


 私は、乳母と家庭教師によって育てられました。家庭教師による淑女教育と魔力強化訓練は苛烈でした。

 何度、指導として叩かれたか思い出せません。

 その間、家族とはあまり会いませんでした。


『ルルティーナ!魔力無しの上にお辞儀もできないの!それでも私の娘なの!』


『まだ魔力は0か。……無能だな。本当に私の子か?』


『あははは!叩くたびに変な声が出る!面白ーい!魔力無しも暇つぶしにはなるわね!』


 たまに会った時も罵られるか、冷たい目で見られるか、手を上げられることがほとんどでした。


 私はいつも泣いていましたが、乳母と家庭教師は冷ややかでした。


『貴女が魔力を持たない所為です』


『早く魔力を発現させなさい』


『私の名誉にも関わります』


『もっと努力しなさい!』


 ですが私は七歳になっても、魔力無しのままだったのです。


 七歳になってしばらくしたある日、両親が私の部屋にやってきました。二人とも目を釣り上げて、怒りで真っ赤な顔でした。


 お母様は私を叩きます。


『この役立たず!お前など産まなければ良かった!』


『お、お母様……お父様……』


 お父様は私を蹴りました。


『黙れ!お前など!アンブローズ侯爵たる私の子では無い!』


『私の子でもないわ!この魔力無しのクズが!次、私を母と呼んだら殺してやる!』


『ひっ!も、申し訳ございませ……うぅっ!』


 お父様、いえ、アンブローズ侯爵様は私を踏み付けながら告げます。


『魔力無しのクズでも出来る仕事を用意してやった。感謝するがいい。……連れて行け』


 私は使用人に引きずられるようにして部屋から出され、階段を降りました。

 降りた瞬間、楽しそうな声が頭上でしました。


『あらあ。やっとそのクズ、処分するの?』


 振り返ると、ララベーラお姉様がニヤニヤと笑いながら見下ろしています。

 使用人が端的に、処分ではなく裏の小屋に連れて行くことを伝えると、不満そうな顔になりました。


『ふん!やっとクズが屋敷から居なくなると思ったのに!まだ生きるつもりなの?魔力無しの癖に?あら?そんな顔をして同情を引いているつもりかしら?魔力無しって、本当に浅ましくて図々しいわね!』


 ララベーラお姉様は階段から降り、私を扇子で殴りました。私はその場に崩れ落ちます。


『魔力無しのルルティーナ。私が身の程というものを教えてあげる。感謝なさい。……返事は』


『わ……かり、ました。ララベーラおね……ララベーラ様……』


 私は頭を下げました。使用人が立ち上がらせ再び歩かせるまで。

 それから私は、母屋の裏庭の片隅に連れて行かれました。今にも崩れそうな小屋があり、そこに住む老婆に引き渡されます。


『ぼさっとしてないで中に入りな』


 使用人たちが去った後、老婆は私を小屋の中に招きました。中はとてもせまく様々なものがありましたが、片付いています。

 老婆は私の傷を確かめたり顔をのぞきこんだりして、ため息を吐きました。


『やれやれ。酷い様だねえ。使い物になるかどうか……。とりあえず、これを飲みな』


 老婆はにこりともしませんし同情もしませんでしたが、ひと匙の薬を与えてくれました。

 薬は半透明で、甘苦く嫌な匂いがします。飲み込むと、少し身体が楽になりました。


『これは……治癒魔法ですか?』


『いいや。これはポーションだ。アンタがここで作る薬だよ』


 老婆は、私の目をじっと見つめました。


『アタシはただのポーション職人だ。アンタと一緒で魔法が使えない魔力無しのクズさ。

アンタは今日からここで暮らして、アタシの仕事を覚えるんだ。覚えられなきゃ今度こそ処分だ。

お嬢様だったことは忘れて、さっさと仕事を覚えるんだね』


『……わかりました』


 こうして私はポーション職人となりました。




◆◆◆◆◆




 目が覚めると、私は小屋の固い寝台の上で目を覚ましました。どうやら昔の夢を見ていたようです。


 小屋の隙間から朝の光と、「ああ面倒臭い。アタシだってヒマじゃないのに」という、使用人らしき声が入ってきます。


 これが私の、いつもの目覚めです。


「……早く食べて準備をしないと」


 重い体を引きずって小屋の外に出ます。使用人が届けてくれたのでしょう。食事の入った籠が置いてありました。その場に座り、籠を手にします。

 六年前、師匠が亡くなられるまでは朝晩二回あった食事も、今では朝の一回だけです。

 ララベーラ様がそうするよう命令したそうです。

 食事の内容は変わっていません。薄いスープの入った深皿とパンが一つ。

 これだけでは足りないので、裏庭にある食べられる木の実や草をかじったり、井戸水を飲んで飢えをしのいでいます。


「シアンがいたら……」


 半年前に辞めてしまったメイドの少女を思い出しました。


 水色の髪のシアンは、二年ほど前から私に会いに来てくれたメイドです。とても優しい少女でした。

 こんな私を、主人の一人だと言って尊重してくれたのです。


『ルルティーナ様、ポーション作りお疲れ様です。お食事とお飲み物をお持ちしました。なんと!お肉が入っていますよ!』


 時々あまった料理を持ってきてくれました。新しい肌着や下着を贈ってくれたこともあります。私がポーションを作っていると、労って褒めてくれました。


『ルルティーナ様、おはようございます。いい天気ですね』


 なにより一番嬉しかったのは、お喋りができることでした。

 ……ほんの少しの間、月に一度会えるかどうかの交流でしたが……。


「私なんかにあんなに優しくしてくれたのは、シアンと……お茶会のお兄様だけね」


 お茶会のお兄様。今は遠い、美しい記憶がよみがえります。その方とは、まだ令嬢としてあつかわれていた時にお会いしました。

 お会いしたのもお話をしたのも一度きりですが、忘れられない方です。私を魔力無しだと知った上で優しくしてくださりました。


「お茶会のお兄様……」


 もう顔も髪の色もおぼろげですが、とても優しい青い瞳をしていました。


「お茶会のお兄様、シアン、どうか幸せでいてね」


 私は二人の幸福を祈り、パンに手を伸ばしました。


「今日のパンは欠けてないのね。それに、まだ匂いも新しいわ。スープもあまりこぼれていない。うふふ」


 今日はなんて良い日でしょう。


「こんな私にはもったいない日。しっかり働いて……しっかり生まれてきたことを償わなくちゃ……」


 当然のことなのに、今日は良い日なのに、何故か悲しい気持ちになってしまいます。


 ああやはり私は、ララベーラ様が言うとおり浅ましいのでしょう。図々しいのでしょう。クズなのでしょう。


 お詫びに早く作業をしなければ。急いで食べてポーションを作る準備をしなければ。

 パンをちぎって食べようとした、その時でした。


「おい魔力無し!こっちに来い!」


「ララベーラ様がお呼びだ!」


 怒鳴られてパンを落としてしまいました。声の方を見ると、厳しい顔の使用人たちがいます。


「呼ばれたらさっさと来い!このクズが!」


「きゃっ!……っ!」


 使用人に手を掴まれ、私は引きずられていきました。

 痛くて怖くて仕方ありませんでしたが、きっと私がクズなのが悪いのです。それに、声を上げたり抵抗すれば、余計に酷い目に合わせられます。

 私は大人しく従いました。

 とうとう、殺されるか屋敷から追い出されるのだろうかと想像しながら。


 いっそ、その方が幸せでしょうか?


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