18話 ミモザの下で貴方を呼ぶ
跪く私を立たせようとするシアン。私はその手を押し留めました。
『いいえ。このままお話します。シアン、このお方は魔獣討伐に従事された騎士様です。礼をつくすべきお方です。
それに謝罪もしていただきました。私はナルシス様を許します』
『そんな……私は……あ、貴女を蔑んで、ひ、酷いことを……』
『はい。とても悲しかったですし、辛かったです。貴方のなさった事は、ただの暴力で、間違いで、罪です』
オレンジ色の瞳が強い悔恨を宿します。ああ、この方は心から後悔しているのだと思いました。
かつては本当に、清廉な騎士様で立派な貴公子様だったのでしょう。
ナルシス様は、苦しみを身に受けることでその頃に戻れたのかもしれません。
ならば、私のすることは決まっています。
『ですが、ナルシス様は心から反省して謝罪されています。私はナルシス様を許します』
『しかし、私は……取り返しのつかない過ちを……』
『私も過ちを犯しました。一番の過ちは、自分をおとしめて殻に閉じこもっていたことです。ベルダール団長様たちが、私を助けようと努力して下さっていたのに。私が傷付くことで傷付いてらしたのに。
もっと早く、暴力から逃げなければならなかった。自分自身に暴力をふるっていたようなものです』
私は、ナルシス様の瞳を見つめながら紡ぎます。ベルダール団長様たちの慈しみから生まれた目標を。
『ですから私は、辺境騎士団でやり直そうと思います。皆さまのためにポーションを作成しながら、私自身を大切にする術を学びたい。ナルシス様もやり直してみませんか?』
『ルルティーナ様……私は……私……ああああああ!』
ナルシス様の目からとめどなく涙が溢れ、慟哭が地下に響きました。
様々なことを叫んでいらっしゃいました。途切れ途切れでしたが、ある程度は聞き取れます。
まとめると、こうでした。
『私はなんて愚かなことを!ララベーラ様とその周りの言葉ばかり聞いてルルティーナ様に手を上げてしまった!心のどこかでララベーラ様の残酷さと嘘を知っていたというのに!あまつさえ、私に尽くしてくれたエディットに酷い仕打ちをしてしまった!』
ナルシス様はやはり、ララベーラ様に強い影響を受けた様子でした。一応は肉親なので責任を感じます。
『あの外道と君は無関係だからな』
ベルダール団長様は心の中を読めるのでしょうか?
『お優し過ぎるルルティーナ様の考えなんて、私どもにはお見通しです。あのような腐れ……淑女にあるまじき方を肉親などと思ってはなりません』
『シアンまで……』
私は納得いきませんでしたが、お二人は頷きあうのでした。
しばらくして、ナルシス様の涙は枯れました。
目は赤く充血していますが、憑き物が落ちたかのようなスッキリしたお顔です。
『ルルティーナ様、ベルダール団長閣下、お付きのご令嬢、お見苦しいところをお見せしました』
私に対し跪き、深く頭を下げます。
『ルルティーナ様。ジュリアーノ・ナルシスは御身への数々の非礼を改めて謝罪いたします。ご慈悲に感謝し、辺境騎士団にて我が国と御身に尽くすことを誓います』
『謝罪は受け入れます。ですが、誓いはどうか我が国に対してだけにして下さい。そしてどうか、お身体をお大事になさってくださいね』
その後、ナルシス様は適切な治療を受けたそうです。
懲罰と今後の処遇ですが、ナルシス様は討伐で何体か魔獣を倒していること、討伐で苦しんだこと、私の希望を加味してこれ以上の懲罰は無し、今まで通り騎士として辺境騎士団に所属することになりました。
◆◆◆◆◆
時は現在に戻ります。星明かりとわずかな灯の下で、ベルダール団長様と向き合います。
「ナルシス様はあの処遇で良かった。ベルダール団長様も、そうお考えではありませんか?」
このお方は、あの時ナルシスさまを殺そうとしました。事実、討伐でナルシス様は死にかけました。
ですが。
「ベルダール団長様は、部下思いのお優しい方ですから」
だからこそ、あえて厳しく重い罰を課したのだと私は思うのです。
ベルダール団長様は、少し驚いた顔をしてから困ったように笑いました。
「確かに俺は、ナルシスが死なないようにした」
あっさり認めた後で、少し顔をしかめます。
「しかし、君が思うような理由ではないよ。討伐前はナルシスを殺すつもりだった。けれど、あんな奴でも殺されれば君が傷つく。だから生かして見せしめにすることにした。他の団員に、君の慈悲深さを強調できるしね」
それでも、結果的にナルシス様が立ち直る機会を与えて下さった。
討伐に参加させたのも、武功を挙げれば減刑しやすいからではないでしょうか?また、周りの方々の溜飲も下がるでしょう。
事実、皆さまはナルシス様の罪に怒りつつも、ある程度の罪償いは終わったと感じていらっしゃいました。
あの衛兵のお二人も『ルルティーナ様に言うことではありませんが、俺たち以上にボロボロになったので少し同情しています』と、仰っていました。
これも、ベルダール団長様が意図した通りなのだと思います。
確信がありますが、私はそれ以上何も聞きませんでした。
「討伐で彼奴は生き残ってしまったからな。しぶとい奴だ。精々、長く使い潰してやるさ」
なんとなく、ベルダール団長様が照れているような気がしたから。
七歳も歳上の騎士様なのに。見上げた横顔は、まるで照れた少年のようでした。
あの懐かしい『お茶会のお兄様』の面影がまた浮かび、私の胸は高鳴ったのでした。
◆◆◆◆◆
その後も、私たちは中庭を散策しました。
私たちを包む夜は穏やかで静かです。微かに聞こえる宴会の喧騒以外は、柔らかな葉擦れの音と互いの声しか聞こえません。
先ほど殺伐としたお話をしたせいか、話題は中庭に植わる花へと移りました。
「ルルティーナ嬢、ごらん。ミモザが咲いているよ」
「まあ!とても綺麗ですね」
薄明かりの下でもミモザの黄色は華やかでした。
まるで光っているような鮮やかさは、ベルダール団長様の金髪と似ています。
いいえ、ベルダール団長様は、金髪だけでなく全身が優しい光で輝いて見えます。
気づいてしまうと、視線が吸い寄せられて離せなくなりました。
本当に眩くて美しい方。
特に、今のように柔らかく微笑みながら私を見ている時は、月明かりの金色を放っているようでした。
「夜でも君の笑顔は輝いてるね」
「え?」
ベルダール団長様は口を押さえて目を逸らします。どうやら赤面していらっしゃるようです。
「……思っていることがそのまま口から出た。君があんまり綺麗で可愛いから」
「綺麗だなんて……」
違う。と、否定しかけてやめます。
ベルダール団長様が真剣な瞳で私を見るから。
「ルルティーナ嬢、君は綺麗で可愛い。ほんのりと薄紅に輝く白銀の髪も、プリムローズのような薄紅色の瞳も……何より君の心はとても綺麗だ。そして、どんな表情も可愛い」
ベルダール団長様の言葉と眼差しに嘘などないのですから。
でも。
「所作も美しい。声は可愛くて、真剣な話をすると凛々しくなる。君は素敵だよ」
「あう、あ……わ、わかりましたから、もう……は、恥ずかしい……です……」
「真っ赤な顔も可愛い。隠さないで欲しい」
「べ、ベルダール団長さ……」
「アドリアン。公務外では、そう呼んでくれないだろうか?」
この方の名前を?私が?
「どうして」
「君に名前で呼んでもらいたいからだ。俺は君ともっと親しくなりたい」
それは何故ですか?たずねそうになって、ためらいます。
もし、私がいま想像している言葉じゃなかったら……私と同じ気持ちではなかったら、きっと心が壊れてしまう。
私はこの時、自分の想いの名を知りました。
「アドリアン様」
想いを込めて名を呼べば、鮮やかな青い瞳がこれまで以上に輝きました。
「ルルティーナ嬢、もっと呼んで欲しい」
「はい。アドリアン様」
瞳の輝きと喜びに満ちた声に、どうか同じ想いであって欲しいと祈りました。
確かめる勇気は無いままに。
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