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12話 迷信と不正


 全身の血が引きました。なんという無礼!なんという暴言でしょうか!

 私は反射的に謝罪していました。


「アンブローズ侯爵様が申し訳ございませんでした!」


 ベルダール団長様は慌てた様子で声を上げます。


「アンブローズ侯爵個人の暴言だ!君には罪も責任もない!……それに、嘲られることは予想していた」


「予想、ですか?」


「アンブローズ侯爵の騎士嫌いとポーション嫌いは有名だ。ポーション事業が主な収入源な癖にな。

もっとも事業を始められたのは、亡くなられた前侯爵閣下と君の伯父上だが」


「え?」


「やはり知らなかったか。アンブローズ侯爵は、故人の事業を引き継いだに過ぎないんだ」


「知りませんでした……」


「君の祖父にあたるアンブローズ前侯爵閣下は、国家治癒魔法師でありポーションの研究者だった。立派なお方だ。カルメ殿が詳しいはずだから聞いてみるといい」


 お祖父様と伯父様について、私は何も知りません。

 ……令嬢として扱われていた頃も、その名を耳にしたことは数えるほどしかありませんでした。

 社交に必要なので先祖の名と功績も学びましたが、お二人に関しては名前のみでした。屋敷には肖像画すら飾っていませんでした。


 当時は気付きませんでしたが、これは異常なことではないでしょうか?


 疑問にとらわれかけましたが、ベルダール団長様が豆のポタージュを飲む姿に目を奪われます。

 美しい所作で一匙口にした瞬間、また表情が輝いたのです。


 ベルダール団長様は、とても朗らかで食べるのがお好きな方なのだわ。なぜ惨殺伯爵などという恐ろしい二つ名が付いたのかしら?


 私もまたほっこりしつつ、豆のポタージュを頂きます。

 お互いの皿はあっという間に空になりました。

 シアンが扉に向かい、新しい皿を受け取って戻って来ます。

 

「川魚のポワレです」


 ハーブが香るソースに、皮がパリッと焼けた白身魚が眩しいです。

 一口食べると、皮の香ばしさとふっくらした身が舌を喜ばせます。

 幸せに浸っていると、同じく幸せそうなベルダール団長様と目が合います。なんだか楽しくて笑ってしまいました。


「……可愛い笑顔だ。好きだ」


「……え?」


 かわ?聞き間違いでしょうか?小さな声でなにか聞こえたような気が……。

 ベルダール団長様は咳払いをしました。心なしか顔が赤いような気がします。


「話を戻そう。アンブローズ侯爵は、ほんの少し脅……説得すれば言うことを聞き……適正な条件で取引に応じてくれた。

ただし、ポーション職人に会うことは許してくれなかった。残念だったが、これも予想はしていた。腕のいいポーション職人はいわば財産だ。囲い込むことはよくある。

……ただ、アンブローズ侯爵がポーション職人を大切に扱っているか。俺は心配だった」


 このお方は、見ず知らずのポーション職人のことを想って下さっていた。

 ああ、それだけで充分です。そう言いたくなりました。


「取引の細かい折衝に入ってからは、心配は疑惑に変わった。俺たちは、特級ポーションをアンブローズ侯爵領から直接輸送することを提案した。現状の王都を経由するルートだと、直通ルートの倍以上の費用と時間がかかっているはずだからだ。しかも『やけに頻繁に往復している』からな。だが、これも拒否された。

俺は、その場では追及はしなかった。が、アンブローズ侯爵に様々な疑念を抱いた」


 疑問を抱いて当然です。

 私が七歳までに学んだ知識の中に、ヴェールラント王国の地理があります。今でも大体の位置関係は把握しています。

 ヴェールラント王国中央に位置する王都、西部のアンブローズ侯爵領、北部辺境のミゼール領は、三角形を描く位置関係にあります。

 我がヴェールラント王国は他国よりも流通網が発達しています。また、アンブローズ侯爵領とミゼール領の間には交通の難所も無かったはずです。

 わざわざ迂回路を選ぶ必要はありません。

 何か意図がない限り……。


「俺は調査をはじめた。そして宮廷舞踏会でララベーラ嬢の……」


「!」


 ララベーラ様の名前にどきりとすると同時に、ベルダール団長様の表情に冷水をかけられた思いになります。


 なんて悩まし気なお顔なの。


 ララベーラ様のお気に入りの使用人たちが、よくこんな顔でララベーラ様を見つめて讃えていました。

 ベルダール団長様も、ララベーラ様を想っているのでしょうか?


 ララベーラ様はお美しく、私のような魔力無しではないから……。


 私がうじうじと落ち込んでると、ベルダール団長様が白ワインを煽りました。


「……あんな外道の下らない言葉を、君の前で言いたくないが……」


「え?」


「今から言うのは俺の言葉じゃない。外道、いや、ララベーラ嬢が話しているのを聞いた言葉だ。いいね?」


「は、はい。わかりました」


「彼女は『ポーションは、魔力無しのクズが裏庭の小屋で作っている』と、話していた。

聞いた瞬間、九年前の『蕾のお茶会』に参加していた女の子……ルルティーナ嬢、君が浮かんだ」


「っ!ベルダール団長様も参加されていらしたんですか?」


 やはり、このお方が『お茶会のお兄様』なのでしょうか?私がたずねるか迷う間に、ベルダール団長様が頷きました。


「ああ、俺もあの事件の目撃者の一人だ」


「事件、ですか?」


「……ララベーラ嬢が、派閥の者たちの前で君を『魔力無し』と罵り、怪我を負わせた事件だ。

多くの目撃者がいたため、後日問題となった」


「あの時のことですか。目撃された方が何人もいたのですか?」


 ララベーラ様と周りの皆さまは、誰にも見られないようにしていたと思いましたが……。


「貴族というのは、見ないふりと気づかないふりが得意なものだ。あの外道……ララベーラ嬢程度の浅知恵が通用するものか」


 フン!と、ララベーラ様を鼻で笑いながら川魚を食べる姿に、何故か安心してしまいます。

 それはともかく。


「何故問題になったのでしょう?あの……貴族世界では私のような『魔力無し』は蔑まれて当然の存在だと……」


「馬鹿馬鹿しい価値観だ。魔力が無いからなんだ。この世が魔法だけで出来ている訳でもないというのに」


「!」


「ましてや、そんな理由で暴力を振るい、差別し、虐待するなど……。ルルティーナ嬢、これだけははっきりと言っておく。理由があろうと無かろうと、暴力を受けるのは当たり前では無い。異常であり犯罪だ。君に暴力を振るった者たちは犯罪者だ。許されざる外道どもだ」


 ベルダール団長様は、治癒魔法が使えるのでしょうか?私が生まれた時から、私の心に繰り返し与えられていた傷が癒えていきます。

 シアンたちからも似たような事を言われましたが、ベルダール団長様のお言葉はそれ以上に心に響きました。


 私は胸がいっぱいで、言葉が出ません。なんとか頷いて同意と感謝を伝えました。

 

「君に恥じることなど何もない。

そもそも、魔力が無い者が忌避されたのは、魔法が使えない以上に、『魔力無しが生まれると血筋が絶える』という迷信が理由だ」


 私は今日、何度驚くのでしょうか。そんな迷信が理由とは知りませんでした。


「当たり前だが、その他の迷信と同じく何の根拠もない。よくもまあ、『雨の日に子を産むと貧しくなる』だの『双子の王族は乱を呼ぶ』だの『淡い色合いの髪や瞳は愚者の証』だの、下らない迷信を増やしてくれたものだ。

だから我が国は迷信を理由に差別することを法で禁じている。違反したと判明すれば罰を受ける」


 ただの迷信で、くだらない理由で、私は生まれた時からあんな目にあっていたの。

 今ならわかる。私のためだと言っていた。躾だ罰だと言っていた全ては、ただの異常な暴力だと。


 じわじわと、悲しみとも喜びとも違う感情が湧きます。激しい熱を持ち、血が茹るような感情です。

 私がその感情を抑えている間に、話が進みます。


「だから九年前、ララベーラ嬢の暴力と君の境遇は問題視され、国王陛下自らが調査をお命じになった。

調査の結果、アンブローズ侯爵と夫人は厳重注意を受けた。だがこれはララベーラ嬢が事件を起こしたことに対しての処罰で、夫妻は君に対する明確な差別と虐待はしていないとされた。

ララベーラ嬢に至っては、若年を理由に処罰無しだ。適切な教育と指導を受ければ良しとなった。

そして君は、調査を担当した貴族の監督のもと保護された事になっていた」


「は?」


 心臓が嫌な音を立てました。


 虐待も差別もない?保護されていた?


 何もかもが嘘だらけです。

 つまり……アンブローズ侯爵家は、不正を行っていたということでしょう。


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