11話 辺境騎士団の過去
私の言葉にベルダール団長様が頷きます。
「そうだ。君の作った特級ポーションのおかげで、辺境騎士団は死傷者を出さなくなった」
「……過分なお言葉です。私はただ、命じられてポーションを作っていただけです」
「だが、特級ポーションは君が作らなければ、この世に生まれなかったのだろう?君の師にあたるポーション職人も、素晴らしい上級ポーションを作れていたようだが。
君がいなければ、特級ポーションは生まれなかった」
確かにその通りかもしれません。それにしても、ベルダール団長様はどこまでご存知なのでしょうか?
「どうか、我々の感謝を受け入れて欲しい。今回の討伐でも、全員が無事で帰れたのは君の特級ポーションあってのことなのだから」
「ですが、皆様が無事にご帰還されたのは、皆様ご自身のお力ではないでしょうか?」
「ああ、そうだな。君はまだこの地の実態を聞いていなかったか。納得できなくて当然か」
「はい。周囲からはベルダール団長様からお聞きするように言われております。団長様が、特級ポーションを作ったのが私だと気づかれた経緯も含めて」
「わかった。……ただ、不快な話も多い。気分が悪くなったらすぐ言ってくれ」
「構いません。教えて下さい」
ベルダール団長様は語り出しました。
「六年前。特級ポーションが辺境騎士団に下賜された。認定を受けてすぐ、陛下ご自身が買い取って送って下さったのだ。
『王都の王侯貴族の需要を満たしてからにすべきだ』との声も多かったらしいが、陛下は押し切った。
『今まさに国防のため命を賭している者たちにこそ必要だ』と、主張されてな。我々は陛下のご慈悲に涙を流したものだ。
……君は、当時の辺境騎士団のあだ名を知っているだろうか?」
「いえ……。家庭教師からは『我がヴェールラント王国のため戦う立派な騎士の軍団』だと聞いております」
「ああ、君の家庭教師殿は騎士の家系だったな。ずいぶんと良く言ってくれたものだ。彼女とて、実態を知らなかった訳ではないだろうが……。
当時の辺境騎士団のあだ名は、【あまり者の墓場】だ」
「は?」
ベルダール団長様は、どこか遠くを見ながら言葉を続けました。
「我ら辺境騎士団は、月に一度は魔境へと討伐に向かう。魔境との境には国防大結界が張られているが、定期的に魔獣を討伐して瘴気を祓って浄化しなければならない。放置すれば結界が破られ、魔境が拡大してしまうからだ。
討伐にあたるのは騎士と兵士合わせて百人から五百人だ。
六年前までは、討伐の度に少なくとも十人、多くて百人以上の死傷者が出ていた」
「そんな……。魔境とは、それほどに恐ろしい場所なのですか?魔獣と呼ばれる恐ろしい獣がいて、瘴気と呼ばれる穢れた霧が漂っているとは学びましたが……」
ベルダール団長様は重々しく頷き、グラスを煽りました。
白ワインと共に、やるせ無いものを飲み下されたように見えます。
「魔境は、異常な場所だ。俺たちの暮らすこの世界とは別物としか思えない。
魔境に無数にいる魔獣は、獣よりも凶暴だ。光を嫌い人間の肉を好む。しかも獣と違って魔法を使い、恐ろしく頑丈だ。
魔境を満たす瘴気は、毒の霧のようなものだ。人間の体力と気力を奪い心身を蝕む。瘴気に触れるか吸い続ければ、一日持たずに衰弱し内臓が腐って死ぬ」
私は震えました。家庭教師から聞いていた以上の過酷な事実に。
「もちろん討伐は結界を張りながら行うし、治癒魔法が使える者を同行させる。上級ポーションの携帯も必須だ。
だが、結界や治癒魔法など光属性の魔法は魔力消費が激しい。魔石の補充が追いつかないほどだ。その上、使うだけで光を憎む魔獣から狙われやすくなる。何人の治癒魔法使いと、彼らを護衛していた者が犠牲になったことか。
上級ポーションは便利で頼もしかったが、一定以上の重症や欠損は癒せない。即効性にも劣る」
死傷者が多いのも当然です。よく、辺境騎士団自体が壊滅しなかったものです。
いえ、維持されているのが奇跡に思えます。
「辺境騎士団の皆さまは、そのような状況でも逃げなかった。勇敢な騎士様兵士様なのですね」
私の言葉は、あまりに現実を知らない楽観的なものでした。
「君の賛辞は嬉しい。だが、逃げ出す者がいない訳ではない。それでも討伐に必要な人員を保っているのには理由がある」
そっと、シアンがベルダール団長様の前にスープ皿が置きました。水色の瞳が、ほんの少しですが心配そうな色味を帯びています。
「辺境騎士団は、名誉と褒賞で報いているので入団希望者は多い。
ただし、訳ありばかりだ。貴族だと俺のような次男以下か事情のある者、平民だと褒賞目当ての貧しい者か減刑目当ての軽犯罪者が多い。家族から強要されて入団する者も多いな。
もちろん、高い志を持って入団する者もいる。だが彼らも、現実を前に絶望していった。帰る場所がある者は、一年保たずに去っていくのが現状だ。
六年前までは」
鮮やかな青い瞳に光が戻り、私を映します。
「陛下から賜った特級ポーションは、魔獣から受けた傷も欠損も、瘴気からの悪影響も病もたちどころに癒した。しかも、それだけではない。
消耗した魔力を回復する効果まであった」
「!」
その効果は聞いていませんでした。今度は私の前にスープ皿を置いていたシアンは、知っていたのか動揺はありません。
さっと私に耳打ちします。
「ルルティーナ様が混乱されてたので、カルメ様たちと相談して黙っていました」
そういう事だったのですね……。
情け無い。私はもっと、しっかりしなければなりませんね。
密かに落ち込んでいる間も、お話は続きます。
「我々は希望を抱いた。大いに奮起し、討伐に邁進するようになった。魔獣の討伐と瘴気の浄化が加速した結果、辺境騎士団は大いに潤った」
「潤った?資金が増えたということでしょうか?」
討伐と浄化になんの関連があるのでしょう?
「討伐した魔獣は、肉以外は全て高値で売れる。しかも、中には宝石を体内に持つ魔獣もいる。これらの売買は辺境騎士団の権利だ」
「どちらも知りませんでした。宝石とは、山や海の奥で採れるものだと思っていました」
「通常はそうだ。魔獣の中にある宝石は、大粒で美しいことが多い。中でも水晶は、上質な魔石の原料となる」
知らないことばかりです。私がポーションに使った光属性の魔石も、元は魔獣から生まれた物もあったのでしょうか?
想像すると少し怖いですね……。
「魔境が浄化されると、その分国防大結界を張る範囲が狭まる。つまり国防大結界の維持費が減り、我が国の領土が増える。このため、浄化した土地の面積に応じた褒賞が国から得られる。この二つの財源によって辺境騎士団は潤い、設備投資や物資補充はもとより、団員に報いても有り余る財を得た。
この美味い食事もそのおかげだ」
ベルダール団長様は微笑み、銀の匙でスープをすくって口にしました。幸せそうなお顔に、私もほっこりいたしました。
全てが特級ポーションのおかげとはとても思えませんが、私の作ったポーションでこの微笑みがあるのかと思うと誇らしく思えるのです。
「財源を安定して維持できるようになったため、特級ポーションを直接購入することにした。俺が騎士団長に就任するにあたり真っ先に取り掛かった仕事だ。
三年前の春、俺は騎士団長就任の儀のため王都に上がった。
両陛下との謁見の際、「これからは、アンブローズ侯爵家から直接購入したい」ことを伝えた。お二人は、我々が安定した財源を維持出来ていることに喜んで下さった」
私の、国王陛下と王妃陛下に対する敬愛がさらに高まりました。
「両陛下にお会いしたのは一度だけですが、素晴らしい御心をお持ちですね」
「ああ、俺もそう思うよ」
ベルダール団長様の笑顔がますます輝きます。眩しくて少しくらくらしました。
気を取り直すため、私もスープを口にします。
このスープもとっても美味しい!
柔らかな緑色のスープは、豆のポタージュでしょうか?甘く優しい春の味がします。
ますますほっこりしましたが……この後、衝撃で匙を落としかけました。
「俺は両陛下との謁見後、アンブローズ侯爵に交渉した。
特級ポーションの継続購入を希望することと、素晴らしいポーション職人に直接お会いして感謝を伝えたいことを併せて伝えた。
鼻で笑われたよ。『特級ポーションは高額だ。貧乏なあまり者騎士団に本当に支払えるのか?』『たかがポーション職人を有り難がるとは、卑しい生まれの者は酔狂だ。付き合ってられん』とな」
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