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【第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活  作者: 花房いちご
第2部

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第2部 41話 愚か者たちの末路(シアン視点)

 深夜。限られた者しか知らない王城の地下牢。

 石造りのその中では、陰惨な光景が繰り広げられていた。


「ぎえあああー!ぎいぃっ!ぐぎあああーーーっ!」


 パーレスは獣じみた悲鳴を上げ、穴という穴から様々な物を垂れ流していた。

 秀麗だった顔は、アドリアンから殴られた傷と体液と局部の激痛でぐちゃぐちゃだ。


 ああ、顔の傷は綺麗にしておかねば。


【治癒魔法】をかけて顔だけ治してやったが、局部はそのままだ。治癒の間も後もパーレスは苦しみ続けた。


「いぃいいっ!いだいいぃ!だず!だずげ……!ぎえええーっ!」


 もがいて逃げようとしているが、首から上しか動かない。

 裸のまま寝台の上、大の字になるよう両手両足を拘束されているからか?いや、それだけではない。


 パーレスを見下ろす人物……顔と声を変えたシアンが、手に持つ針で薬を刺したからだ。

 シアンは茶色くした瞳で冷静に見下ろしながら、時折、手を掲げて魔法をかけた。

 精神に作用する闇属性魔法を。


 幾許かして、シアンの隣に背の高い黒衣の人物と、シアンと同じくらいの背丈の令嬢が現れた。

 黒衣の人物の顔はフードで見えない。


「流石は【毒針】。いい悲鳴だ」


 黒衣の人物は、低く艶やかな声で嗤う。男の嘲りにも女の囁きにも聴こえる不思議な響きだ。


「あ……ぱ……れす、さま……?……ひっ!」


 その隣の令嬢……マリーアンヌ・イオリリス侯爵令嬢は、ガタガタと震えて涙を流した。

 どんな目に合わされたのか、美しく整えられていた髪もドレスもグシャグシャだ。

 シアンはマリーアンヌを無視し、黒衣の人物に慇懃に返した。


「お褒めに預かり光栄です」


「うむ。なるほど。薬で首から下を動かせない状態にしてから、あの断種薬を与えたのか。

 さらに闇属性魔法で精神を操ることで、失神や発狂を防いでいるのだな」


「左様でございます。今回の断種薬は激しい痛みをともないますので、このような処置を加えました。

 今は痛みだけのようですが、間もなく高熱でも苦しむでしょう」


 断種薬は、三日三晩の激痛と高熱と共に子種を殺し尽くす薬だ。

 もっと苦痛の少ない薬もあるが、刑罰として最も苦痛をともなう薬が使用されている。

 いかにパーレスの罪が重いかわかるというものだ。

 特に重い罪は、準王族という身分にも関わらず王族とグルナローズ辺境伯家の威信に傷をつけた罪。

 その次は、限られた者だけが知る『薬の聖女であり【新特級ポーション】の作り手であるルルティーナを害そうとした』罪だ。

 王族とグルナローズ辺境伯家はもちろん、シアンとアドリアンも怒り狂っている。

 他にも様々な罪を犯し、数多くの怒りと恨みを買っている。血の尊さを理由に庇おうとした者たちも、即座に諦めたほどだ。


「ふふふ。妄想癖で下半身の緩い強姦魔に相応しい刑罰だ。

 後は私たちが引き継ごう。お前は主人の元に帰るといい。

ああ、若手たちも連れて帰っていい。二人とも良く働いてくれたよ」


「かしこまりました」


 シアンは震えるマリーアンヌを冷ややかに眺めながら、分かりきったことを聞いた。


「断種後の去勢は、どなたが処置されますか?」


「この娘に去勢させる。良く切れる剣を渡してやるから、すぐ済むだろう」


「ひっ!いや!そんなのいやああ!たすけ……!」


 マリーアンヌは逃げようとしたが、黒衣の人物はそれを許さない。あっさりと片手でマリーアンヌの両腕を後ろ手に掴み、動きを封じた。


「嫌なら、あの男と共に白磁国の奴隷になれ」


「っ!」


「もちろん貴様も薬で子を孕めぬようにする。貴様は愚かだが見目はいい。教養もそれなりにある。高く買い取られるだろう。

 飼い主に死ぬまで可愛がってもらえ」


「ひぃっ!ゆ、ゆる……し、し……て……!ゆ……るしっ……て……!」


 恐怖で歯の根が合わない。顔は青白いを通り越して土気色になりつつある。


 これが『イオリリス侯爵家の宝玉』の成れの果てかと、シアンは内心で呆れた。


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい!ごめんなさいい!」


 涙と鼻水を垂れ流して謝り続けるマリーアンヌ。シアンはますます呆れ、嫌悪した。


「許しを請える立場だとでも?パーレスといい貴女といい、軽率にもほどがある。高位貴族たるもの、己の言動には責任を伴うというのに」


「全くだ。それに考えが浅い。自分の行動がどれだけ醜悪で危険か、周囲にどれだけ悪影響を及ぼすか。同じ目に合わなければ想像もつかないらしい」


「なるほど。だからドレスが悲惨なことになっているのですね」


「ああ。性犯罪者の檻に入れて襲わせた。途中でやめさせたがな」


「それはどうしてですか?」


「パーレスの去勢を引き受ければ、再教育と更正の機会を与える予定だったからだ。

 しかし、どうやら娘は奴隷になりたいらしい。

 ならば奴隷になる予行練習として、もう一度檻に入れてやろう」


 マリーアンヌは最早悲鳴すら出せない状態だ。

 シアンは心から(わら)った。


「それは良い考えでございますね!

 ルルティーナ・プランティエ伯爵は、我が国の至宝と言っても過言ではないお方!」


「ぎゃっ!いっ痛っ!」


 シアンはマリーアンヌの髪を掴み、己に顔を向けさせ、怒りと殺意を込めた。


「あのお方を私欲のため害しようとした外道め。

 魔境浄化に邁進(まいしん)する尊いお方を蔑ろにした下衆め。

 王家が寿いだ婚約に泥を塗ろうとした不敬者め。

 多くの令嬢の将来を潰した害悪め。

 己の家と派閥への利害も影響も考えられず、恋の真似事に溺れた愚か者め。

 まともに会話も排泄もできなくなるまで尊厳を踏み躙られ、死ぬまで苦しむと良い」


「ーーーっ!」


 ぐるんとマリーアンヌの目が回り、白目を剥いて気を失った。失禁もしたらしく、足元には水たまりが出来ている。


「おや。やり過ぎましたか」


 黒衣の人物はマリーアンヌを抱き抱え、苦笑いをこぼした。


「いや、良い薬だ。流石にここまで脅せば、己の愚かさを痛感するだろうし、身を守るためにパーレスを去勢して、甘い考えを捨てるだろう。

 ……お前は不満だろうが、この辺りで手打ちにしてくれ」


「構いませんよ。今後の人生は生き地獄でしょうし。

 それに一番の罪人は【帝国】の狗どもで、二番目はそこの汚物です。ご令嬢はある意味で被害者でもある。

 ところで、【帝国】の情報は搾り取れましたか?」


 黒衣の人物は顔をしかめた。


「うむ。詳細は若手に渡したから、それを確認してくれ。お前の主人たちに教えてもいい。

……やはり奴らは、現皇帝と外戚の狗だった。何十年も前から西部で暗躍していたらしい。ルビィローズの乱心も奴らのせいだ。

 見抜けなかったとは、我ら【影】の失態だな」


 シアンは、その通りだと思った。そのためにルルティーナが苦しんだことも含め、苦々しく思う。

 同時に、起こるべくして起こってしまった。とも思う。


 シアンたち王家の【影】も、主たる王家すなわち王族も、王族を支える臣下も、一部を除いて懸命に務めを果たし続けていた。

 だが、あまりにも多忙すぎた。


 ヴェールラント王国は、他国と大戦をしなくなって数十年経つ。一見、長い平和を保っているように見える。

 しかし、水面化では様々なことがあった。

 戦乱の時代で荒れた国土を整え、魔境浄化を支援し、他国と信頼関係を構築して外交と貿易をし、法を整備し臣民の意識改革を進め、悪化していた教会との関係を修復し、謀反を平定あるいは未然に防ぎ、国境付近の守りを固めて他国を牽制し小競り合いに留め、奸臣(かんしん)を粛清し王族に諫言(かんげん)できる者を中心に重臣に据え……。

 他にも問題は山積みだった。しかも状況は刻一刻と変化していく。

 そんな中、シアンたち王家の【影】は、諜報と暗殺をもって王族を助け護った。

 だが【影】の数は少ないし、対処すべき問題が多すぎる。

 特に、王族を害そうとする者たちの多さたるや。

 その中には、なんと先々王のような王族自身までいた。

 先々王は【双子の王族は乱を呼ぶ】という迷信を、熱狂的に信じていた。

 国王王妃両陛下を支えていたというのに、王妃陛下が双子を妊娠したとわかってからは己が死ぬまで刺客を送り続けたのだ。

 また、その遺志は臣下の一部が引き継いでしまった。

 華やかで平和な日々の影は、ドス黒い殺意と血で染まっている。


「ルビィローズの謀反、アンブローズの虐待、グルナローズの暴挙。

 そして身内の愚行を防げなかった。

 私は己の無力を痛感したよ」


 この人物が、ここまで不安そうな顔を見せたのは初めてだ。シアンは内心で驚きつつも、納得する。

 シアンは知っている。目の前の人物の冷静さと優秀さを。

 そして同時に、忠誠心と責任感が強いことを。

 だからこその自嘲であり不安なのだろう。


 シアンは敬意を込めて頭を下げた。


「過去は変えれませんが、未来に備えることは出来ます」


 表情から不安な揺らぎが消える。感情の見えない凛とした目付きだ。

 そうでなくては。


 シアンは知っている。この人物が、特に王妃陛下への忠誠心があついことを。

 王妃陛下を守るため、何度も死線をさまよったことを。

 そのため、美しい顔の下は古傷や毒による痕だらけで、内臓を幾つか喪っていることを。

 シアンたち【影】を使いつつも、待遇を改善してくれた恩人だということを。


「あまり気弱なことを(おっしゃ)りますな。士気に関わります。

 貴方様は、両陛下と王太子殿下を今日まで守り抜いた我らが頭領。表の役職でも裏の役職でも大活躍ではありませんか」


「はっはっは!お前の言う通りだ!」


 顔を上向かせて大笑いしだした。その動きのせいで、フードが落ちて顔があらわになる。


 豊かな青い髪、黄金色の瞳……。

 王妃付き近衛騎士であり、王家の【影】の頭領ブリジット・ラピスラズリ侯爵は猫のように目を細めた。


「先程の言葉は忘れろ。我らは我らが主君がため、ひいては我がヴェールラント王国のために身命を尽くすのみだ」


「御意」


 シアンは満足して頷きその場を去った。

 その足取りは軽い。


 早く、ラピスラズリ侯爵に貸していたニトとリルを連れて、アメティスト邸に帰ろう。


 今から帰れば、主君であるアドリアンに報告する時間も取れる。そしてなにより、ルルティーナの目覚めに間に合う。


 シアンは愚か者たちのことは頭の片隅に追いやり、敬愛する主人たちの元へと帰ったのだった。


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

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