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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
一話 湯屋の釜焚き

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9 捕まえた小悪党

「掏りですよ、親分さん」


第三者の登場にホッとした加代が手を振って呼ぶと、太助親分が十手を握って近付いてくる。


「おう、お加代ちゃん、災難だったなァ。

 掏りってのは、千吉が持っているソイツかい?」


太助親分が十手で千吉と手をつながれている男を突く。

 ちなみに、この生白い男は顔を赤くしたり青くしたりしていたが、太助親分の顔を見たところでもう逃げられないと悟ったのか、がっくりと肩を落とす。


「ちくしょう、抜けていそうな女だと思ったのに」


この期に及んでまだ加代の悪口を言う男を、加代が何かするより前に、千吉がぐいっと帯を掴んで持ち上げた。


「往生際が悪いし、お加代さんを悪く言うもんじゃあねぇ」


千吉はそう言って男を帯からぶらんぶらんと振ってやると、「ひいぃ」と悲鳴を上げてばたばたと暴れたところで、ぱっと男の帯を掴んでいた手を放す。


「うぎゃあ!」


すると当然、男は地面にドシン! と落ちて、「イテテ」とうめいている。

 その男を、太助親分の手下が素早く縄でぐるぐる巻きにし始めた。


「おう千吉、お加代ちゃんを助けたたぁお手柄だ。

 漁師連中自慢の娘っ子だからなぁ」


太助親分がそう言って、千吉の腰のあたりをバシバシと叩く。


 ――あたしはもう、娘っ子なんていう歳じゃあないんだけどね。


 加代は内心でそう独り言ちる。

 己が嫁き遅れなのは周知の事実であるし、太助親分の言葉は嫌味ではないとわかっている。

 けど、なんだかいい気はしないものだ。

 しかし太助親分は加代の心の機微には気付かないまま、ぼやきを漏らす。


「最近、こうした小悪党が増えちまって、嫌になるったらありゃしねぇぜ」

「おやまぁ、そうなんですか?

 最近のお屋敷盗人の件は聞いていますけれど」


加代は太助親分の話に驚く。

 その話を聞いたのは、ここにいる千吉の口からであるが、それは言わなくてもいいことだろう。

 これに「おうよ」と太助親分が頷く。


「おかげで旦那方もそっちにかかりっきりになっちまって、その隙を好機だとこういうしみったれた連中が湧いているのよ。

 よりによってお加代ちゃんの懐を狙うなんざ、馬鹿な奴だなぁ」


そんなことを話していると、手下が生白い男の縄を巻き終えたらしい。


「それじゃあ、コイツは連れて行くぜ。

 あとで二人にゃあ、話を聞くかもしれねぇが」

「あたしならお屋敷を訪ねてくだされば、いつもいますよ」

「俺ぁ、湯屋の裏を覗いてくだされば」


太助親分の言葉に、加代と千吉はそう返す。


「わかったよ。

 おう、ほらとっとと歩け!」


太助親分と手下は生白い男を連れて、番屋へと行ってしまう。

 すると野次馬たちも散り散りになり、その場に残されたのは、加代と千吉である。

 離れた所に焚き物を積んだ車が置いてあるので、千吉は焚き物集めの最中だったのだろう。


「千吉さん、どうもありがとう」


加代はそう言って頭を下げる。

 あのままだと預かった羊羹代を持っていかれて、困ったことになっていたはずで、掏りに気付いてくれた千吉には感謝しかない。


「……いや、何事もなくてよかった」


礼を言われた千吉はボソリと小さな声でそう告げて、「それじゃあ、俺ぁこれで」と挨拶をしてから、立ち去ろうとする。

 これが妙な男になると、ここから「礼をしてくれ」と言って茶屋あたりに引っ張り込む輩もいるのだが、千吉はそうした質ではないようだ。

 加代としては、やはり心の奥が千吉を厭っているものの、そうしたところは好感が持てる。


 ――嫌だっていう気持ちと、親切への感謝は別ものよ。


 そう考え、己の「嫌だ」という感情をぐっと呑み込む。


「ねえ、千吉さんはこれから、急いで湯屋に戻る?」


そして加代がそう尋ねた。


「……は?」


これが唐突な話題に聞こえたのだろう、立ち止まった千吉は加代を振り返ると、戸惑うように眉を寄せる。


「いえ、いつも通りにぼちぼちと帰ろうかと」


そしてそう返されたのに、加代は手を叩く。


「ならちょうどよかった。

 あたし、これからお使いで羊羹を買いにいくところだったの。

 ついでにお饅頭を自分のために買うから、さっきのお礼といってはなんだけど、千吉さんもお饅頭をおひとつどうぞ?」


加代の提案に、千吉が目を丸くした。


「いや、俺ぁ別に……」


千吉が断ろうとするのを察した加代は、身を引こうとしているその手を強引にむんずと掴む。


「さあさ、行きましょう」

「ちょっ……!?」


加代はびっくりしている千吉の手を引いて車が止めてあるところまで行くと、車を引くのに合わせて歩いて、菓子屋へ向かうのだった。

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