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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
二話 湯屋の清水
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21 朝も早くに

そうして、明けて翌朝。

 朝も早くに、千吉が狐を小脇に抱えて裏木戸から訪ねてやってきた。


「朝早くに、すんません」

「一体どうしたの?」


遠山様の朝餉もまだ出していない頃だったので驚く加代だが、千吉に抱えられた狐は口を紐でぐるぐる巻きにされていて、ふがふがという声だけが漏れ聞こえてくる。

 千吉が言うには。


「この狐めが、『甚右衛門はどうしているのだ』とうるさくてかなわねぇ。

 福田様だって大の大人なんだから、心配するこたぁねぇって言っても、聞きゃあしねぇんだ」


とのことで、なるほど、狐があのように口を括られているのは、うるさかったせいらしい。

 加代はとりあえず福田を呼ぶと、あちらは朝の鍛錬の棒振りをしていたところであった。


「千吉殿、面倒をかけてまことに申し訳ない。

 これ喜右、あまりわがままを申すものではない」


福田が深々と頭を下げて謝りつつ、喜右を叱りつける。

 だがそれに、喜右はぷいっと顔を背ける。


「……昔はよくいじめられては泣き、寝小便をしては泣いていたというのに、大きな態度をとるようになったものよ。

 甚右衛門を慰めてやっていたのは我だぞ」


そして括られた紐の隙間から、そのような不満を漏らしてきたのに、福田が呆れる。


「幾つの頃の話をしておるのだ。

 それに態度というが、今はこういう喋りをせねば叱られるのだ。

 決して喜右を見下そうというのではない」

「ふん、どうだかな!」


福田がそう説くのに、喜右はさらにそっぽを向く。


「こりゃあ、狐の方が子どもだなぁ」


このやり取りに、千吉がため息を吐いた。


「そうね、だだをこねる大介によく似ているわ」


加代もそう述べて同じくため息を吐く。

 そんな喜右に、福田はこのままでは埒が明かないと考えたらしい。


「喜右よ、拙者と腕比べをしようではないか。

 それで拙者が勝てば、お主は里に帰るのだ。

 どうか?」


そんな提案をした福田に、喜右はその大きな耳をぴくぴくと動かした。


「それならば我が勝てば、お主は一緒に帰るのか?」

「よかろう」


問いに福田が大きく頷くのに、喜右はさらに問う。


「甚右衛門は昔から我に勝ったことがないというのに、さようなことを言っていいのか?」

「うむ、約束しよう」

「まあ……!」


福田がそう告げると、加代は驚いて目を見張り、千吉も無言で眉を上げていた。

 お殿様に仕えている身の福田が、そのような約束をしてしまってよいものなのか?


「約束と申したな、きっとだぞ?」

「くどいぞ、二言はない」


喜右が尻尾をぶん、と振ってそう述べるのに、福田がそう返す。

 すると、その時。


「お前たち、面白いことをやっておるのぅ」


そんな声が響いてきて、加代はどきりとしてそちらを振り向く。


「まあ遠山様!」


するといつからそこにいたのか、遠山様が離れた所からじぃっとこちらを眺めているではないか。


「こりゃあ、お邪魔しております」


千吉も遠山様がいることに気付かなかったようで、慌ててぺこりと頭を下げ、福田は驚きで固まっている

 そんな一同をじろりと見渡し、遠山様が言うには。


「知っておるぞ、お前たち、昨日なにやらこそこそと話しておっただろう。

 儂に内緒を通そうなんぞ、百年早いわ、かっかっか!」

「それは、なんとも申し訳ありません」


加代はそう言って謝罪を述べたが、遠山様は内緒をされたことに怒っている様子ではない。


 ――もしかして遠山様、話に混ぜてほしかったのかしら?


 それで話を持ってこられるのを待っていたが、我慢がきかずに自ら出てきてしまったと、そういうことかもしれない。

 そういう子どもっぽいところがあるお人なのだ。

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