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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
二話 湯屋の清水
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18 加代と三太

 この加代の言葉に、千吉が苦笑する。


「済まねぇ、なかなか化け直しができないんだ。

 今は勘弁してくだせぇ」

「なぁにそれ、鬼って案外不器用なのね」

「全く、返す言葉もない」


加代と千吉がそんな風に話していると。


「シシシ!」


千吉の背中から笑い声が聞こえた。

 外では暗くてわからなかったが、千吉が背負っているのは奇妙な格好の子どもである――いや、よく見れば子どもではない。

 加代の視線に気付いた千吉は、背中を指さして告げる。


「こいつは河童の三太っていいやしてね、うちの湯屋の清水番ってところでさぁ」

「まあ、河童なの!?」


加代は驚きの声を上げるが、ふと思うところがあって、その河童の三太とやらをまじまじと見た。


「もしかして、いつも湯槽の奥にいた、あのお客かしら?」

「ソウ! シシシ!」


加代が首を捻りながら尋ねると、三太は気付いてくれて嬉しいというように、目を細くして笑う。


「まあ、やっぱり!

 へぇ、あなたって河童だったのねぇ」


加代と千吉が通じ合っているようであるのに、千吉がかすかに目を見張る。


「おや、知り合いだったなんて、さすがお加代さんだ。

 こいつぁ、俺よりも湯屋住まいが長いんで。

 河童のくせに、泳ぐのがちょいと下手でしてねぇ。

 それで仲間にいじめられて大川に居辛くて。

 途方に暮れていたところを湯屋の爺についていって、居ついたんだと」


千吉が事情を話すのだが、河童にも人間同様にそうしたことがあるるのだなぁと、加代は妙に感心してしまう。

 それにしても、なんとまぁあの慎さんという人は、鬼を拾ったかと思ったら河童も知らない間に拾っていたとは。

 なんとも謎なお人である。


「三太は悪戯なんてしませんで、ただ湯屋の水を張っているだけの河童です。

 目くじらを立てねぇでくだせぇ」


千吉がそんな風に言ってくる。

 世間で水際でなにか起きると、「河童の悪戯にあった」と話す人たちもいる。

 そういうのが本当に河童の仕業なのかは知らないが、河童という存在が聞こえが悪いのは確かだろう。

 千吉の心配に、加代は「ふぅん」と頷く。


「そうか、『あいあい』の湯は余所と違うのは、河童の湯だからなのね」

「シシシ!」


加代がそう告げると、三太はこくこくと頷いた。

 先に鬼という、もっとずっと存在を知ってしまった加代なので、河童だと言われても今更驚きが薄く、「そうなんだ」としか感じなかったりする。

 このように河童と和んでいる加代を見て、福田が目を丸くしていた。


「なんと、鬼であるという千吉殿といい、河童殿といい、江戸には『妖の者』が普通に暮らして居るのですなぁ。

 びくびくとしていた拙者は、一体なんだったのか……」


唐突にこのようにぼやく福田に、加代はどういうことかと不思議に思う。

 それに加代は江戸に暮らす「妖の者」とやらは、生憎と千吉しか知らず、たった今それに三太が加わっただけなのだが。

 しかし千吉からの目配せに気付いた加代は、話をまぜっかえすのをやめておく。

 福田は続けてこんな話をする。


「拙者、お加代殿のことがどうにも怖くて、近寄りがたく思っておりましたが。

 そうか、その気配は千吉殿の、鬼の気配だったのですなぁ」


福田は普段から加代のことを避けていると思っていたが、なるほど加代に千吉という鬼の気配を感じて怖かったらしい。

 確かに、ほぼ毎日千吉とは顔を合わせているが、それを言えば千吉が焚き物集めに行く先々には、同じように千吉と触れあっている人たちがいるだろうに。

 何故加代だけが怖いなどと言われるのだろうか?


 ――また臭いがどうのとかいうことかしら?


 自分では臭わないと言われたものの、加代はつい自分のことをくんくんと嗅いでしまう。

 そんな加代に向かって、福田が姿勢を正して木箱に座り直す。


「拙者、実は誰かに聞いて欲しかったのかもしれぬ。

 話して楽になりたくなったので、お二人とも、聞いてくださるか?」


そう前置きをして、福田は身の上話を始めた。

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