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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
二話 湯屋の清水

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14 現れたモノ

「見つけたぞ、甚右衛門!」


しかもその狐が、福田の名を呼んだ。

 これで福田と狐が知っている者同士だとなるが、それにしても他人からすると奇妙なことだろう。

 けれど幸運なことに、今このあたりを歩いているのは、福田一人であった。


「喜右よ、お主かような所まで何用で参ったのか?」


福田としては、まずは真っ当な疑問を投げかける。


「我がおらぬ間にかような所へ来るとは、けしからん!

 さあ戻るのだ!」


しかしこの狐というのが、人の話を全く介さず、このように己が言いたいことを喋ってくる。

 そしてこの狐の言い分を、福田はとんとわからないでいた。


「戻ると言われても、拙者は仕官している身であるぞ。

 そなたこそ、里を抜けてきては長殿に叱られるのではないか?」


それでも話をしようとしている福田に、狐は気が障ったとでも言わんばかりに首を振る。


「知らぬ知らぬ!

 さあ共に戻るぞ!」


そしてそう叫ぶ喜右の周りに、ぼうっと火の玉がいくつも灯ったのだから、福田はぎょっとして目を見張る。

 

「これ、火なんぞこの江戸で使うのではない!」


福田がそう真っ当な道理を説く。


「我に口答えをしようとは、甚右衛門、お前はいつからそれほど偉くなったのか!」


けれどこれで鎮まることはなく、あちらは余計に火の玉をたくさん出してくるではないか。

 

「喜右! よせというに!

 これでは直に火消しがやってきて、大騒ぎになるのだぞ!?」


慌てる福田を、喜右はせせら笑うように鼻息を吐いて告げるには。


「うるさい、そいつら全てを燃やせばいいのだ!」


この物言いに、福田は頭を抱える。


 ――話が通じん!


 これだからこの狐の相手に、昔からいつも苦労をするのだが、頭を抱えてばかりもいられない。

 こうなっては、強引にでも喜右を抱えてどこかへ逃げたいところだが、この狐は果たして大人しく抱えられてくれるものか?

 では、一体どうすればいいというのだと、福田がほとほと困り果てていると。


 ばしゃん、ばしゃん!


 どこからか水が降ってきて、火の玉が全て消えてしまう。


「なんだ、なんだ!?」


とたんに夜道の暗さを取り戻したのに、喜右は仰天したように慌てて、もう一度火の玉を出して見せた。


 ぱしゃん、ぱしゃん!


 しかし、これも降ってきた水によって消えてしまう。

 

「一体なんだというのだ!?」


わけのわからない状況に、喜右は地団太を踏みだす。


「シシシ!」


そこへどこからか、甲高い笑い声が響いてきた。


「おいこら、そこの狐」


さらには聞き覚えのある声が聞こえた。


「……!」


福田は驚いてきょろきょろと見回すと、どこぞの家の屋根から顔を見せると、ひょいと飛び降りて来たのは、やはり千吉である。

 しかも、その背になにやら背負っている。


「千吉殿! それと背中のお人は……?」

「出たな、河童め!」


福田が千吉に問うのに被せるように、喜右が叫んだ。


「それに、臭うぞ、鬼臭い!

 なんということか!」


ぎゃんぎゃんとわめく喜右に、千吉がしかめ面をする。


「うるせぇや、そっちこそ狐臭ぇんだよ。

 騒いでねぇで、とっとと山に帰りやがれ」


これに、千吉はそう言って「ふん」と鼻を鳴らす。


「河童、鬼? なにがなにやら……」


喋る狐を見たというのに、驚きもしない千吉とのやりとりについていけない福田は、目を白黒とさせていた。

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