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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
二話 湯屋の清水
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13 湯屋にて

その日のもうしばらくで暮れの六つ鐘が鳴ろうかという頃。


「狐か、まさかな、しかし……」


福田はぶつぶつと独り言を漏らしながら、湯屋「あいあい」への道を歩いていた。

 そしてやがて湯屋にまでやってくると、湯屋から出てくる客たちが、皆どこか気分の良い顔をしていたのが、なんだか気になってしまう。


 ――はて、一体どうしたことか?


 湯屋の客は塵埃を落としてさっぱりするのだから、気分の良い顔をするのはいつものことなのだけれども、それにしてもいっそう気分がよさそうにしているのだ。


「御免」


福田は不思議の思いつつ、今日は番台に座っている主のところへ湯銭を置くと、脱衣場で着物を脱いで洗い場に行く。

 するとその時、ふと心地よい風のようなものを感じた。


「おや、どこからか風が入っているのか?」


今の時期は冬の冷たい風を遮ろうと締め切っているため、どうしても臭いなどが籠ってしまっていたのだが。

 それが、なんだか気持ちのいい心地がするのだ。

 それなのに、冷えた風で震える様子もない。

 福田は不思議に思いながら、洗い場でぬか袋で身体を磨き、湯槽の奥へと動く。

 するとこちらもまた、心地よい風を感じる。


 ――これはなんとしたか?


 福田は首を捻りながら湯に浸かると、今日もあの小柄な先客がいるので、そちらを避けていくと。


 ジャリ


 福田の足先になにか小さなものが当たった。

 なんだろうかと、それを拾い上げて手に取ってみる。


「なんだ、小石か?」


暗いので手触りだけでしかわからないが、これはまさしく小石である。


「こりゃあ珍しい、水底に小石が敷いてあるだなんて、まるで河原みたいじゃあないか?」


福田は思わず、あの小柄な客にそう話しかけた。


「イシ、イイニオイ」


すると、珍しくそんな声が返ってくる。

 少々甲高く、聞き取りにくい声である。


「ほぉ、確かに河原の香りが残っておりますなぁ。

 気分が変わって、なんだかいい心地だ」

「シシシ!」


福田が小石の匂いをくんくんと嗅いでいると、その小柄な客が妙な笑い方をした。

 そういえば、心地よい風の匂いは、この小石の匂いのように思える。

 やがて他の客同様に気分良く湯から上がった福田は、身支度をして湯屋を出た。

 湯上りに当たる冷たい風の、なんと心地よいことか。

 川の冷たい水に浸かっても風邪をひかなかったことで承知なように、この福田はそのあたりの頑丈さには自分でも自信がある。

 なので福田が夜風を存分に浴びながら、下屋敷への道をゆったりと歩いていると。


 グワゥー!


 どこかでそんな妙な獣の声が響いた気がした。

 犬でもない、猫でもない、鳥でもないその鳴き声は、聞きなれない者からすると、大層気味が悪く思う事だろう。

 しかし、福田にはその声に耳覚えがある。


 ――いやいや、まさかな、ここいらにも野良くらいおるだろうさ。


 福田はぶるぶると頭を振り、妙な想像を消そうとするが、「まさか」という思いがなかなか消えてくれず。


 グワゥー!


 しかも、あの鳴き声が先程よりも近くで聞こえた。

 どうやら鳴き声の主は、ここいらのどこかにいるらしい。


「野良だ、野良」


あのような鳴き声は気にせず、とっとと戻るとしよう。

 福田が自分にそう言い聞かせ、足をこれまでよりも早く動かしていると。


「ギャン!」


そんな甲高い鳴き声がしたかと思ったら、近くの屋根の上から犬よりも多少大きな獣が飛んできたではないか。


「なんと!」


福田は驚いてそれを見れば、毛におおわれた体躯に、大きな耳とふさふさとした尻尾、あれは間違いなく狐だ。

 しかも、福田にはその狐に見覚えがあった。

 いや、狐はどれも同じような姿かたちではないか? と思われるだろうが、福田には確かに覚えがあるのだ。


「そなた、喜右きすけか?」


狐に名を誰何するとは、傍から見ると奇妙だろうが、この時の福田はじつに真面目であった。


「いかにも」


しかも、なんと狐が人の言葉で答えたではないか。

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