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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
二話 湯屋の清水

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12 妙な問いかけ

遠山様は今日も上屋敷に出かけなければならないようで、籠に乗って出ていった。

 もう直に大晦日であることだし、きっとそのあたりの色々な準備というものがあるのだろう。

 庶民の大晦日だって迎えるには大事だが、それでも偉い人のそれに比べれば、大変さも知れたものだなぁと加代は思ってしまう。

 一方で、福田はというと。

 昨日倒れたこともあり、大事をとって一日休むようにと、遠山様から言いつけられていた。

 なので、福田も屋敷にいるのだが、一人棒を振って鍛錬をしている姿が見られて、あれは果たして「休む」という言葉を守っているのか? と加代にとっては謎である。

 そんなわけだが、加代はいつものように庭掃除をしていると。

 

「湯屋ぁ、湯屋でござい~」


千吉の声が聞こえてきたかと思えば、こちらが呼び止めてもいないのに、大男が屋敷の裏木戸の辺りで止まったのが見える。


「お加代さん、福田様はどうなさいましたかね?」


千吉が塀越しに顔を覗かせて尋ねてきた。


「とてもお元気よ、風邪もひかなかったらしくて、今はあちらで懸命に棒振りをしているところ」

「冬の川に浸かったってぇのに、頑丈なことですなぁ」


加代がそう答えてやると、これに千吉も感心するやら呆れるやら、という顔である。

 鬼だとてやはり人と同じく、冬の川というのは寒いもののようだ。

 けれど、風邪をひかないことはいいことだし、健康でなによりだ。


 ――家の中に病人が出ると、どうしても気分が塞いでしまうものね。


 加代がひとり頷いていると。


「お加代さん、昨夜はこちら、何事もなかったですかい?」


唐突に、千吉にそのように問われた。


「……? ええ、あれからなにもなかったけれど」


千吉の言わんとすることがわからず、加代は首を捻りながらもそう告げる。

 その時。


「おお、やはり」


加代たちの話し声が聞こえたのか、鍛錬をしていた福田が顔を見せた。


「千吉殿、昨日は面倒をかけて済まなんだ」

「福田様、お元気そうで安心しましたよ」


生真面目な顔で頭を下げる福田に、千吉も頭を下げてそう返す。


「昨日の件はお元気でおられるので良かったですが、くれぐれも気を付けてくださいよ?」


千吉の忠告に、福田は面目なさそうに頭を掻く。


「うむ、千吉殿の言う通りだな。

 拙者も好き好んで冬の寒空で、全身びしょぬれにはなりたくはない」


そう語る福田は、どうやらちゃんと反省しているようである。

 けれど昨日は力持ちの千吉がいたからすぐに屋敷にまで運んでもらえたが、気を失った大の男を運ぶなんて、たいそうな難事なのだ。

 運が悪ければそのまま冷たくなったまま、なんてこともあり得るのだから、本当に気を付けてほしいものだ。

 ところで、千吉は福田にも問うていた。


「福田様は、昨夜は何事もなかったですんで?」


これに、福田は不思議そうにするでもなく、素直に答える。


「ふむ? なにを問われているかわからぬが、夢も見ずにぐっすりと眠った」

「そりゃあよかった、それならばいいんで」


なにかに納得したらしい千吉は、そう言って頷くと、仕事に戻るのは車を握った。


「ああ、そうだ」


しかし、千吉は思い出したようにまたこちらを振り向く。


「どうもここいらで、妙な狐が入り込んで騒いでいるようですぜ。

 お二人とも、お気をつけてくだせぇ」

「……!」


千吉の言葉に、福田がぴくりと顔を強張らせた。


「まあ、狐だなんて」


一方で加代はそんな福田に気付かず、「ほう」と息を吐いていた。

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