表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
二話 湯屋の清水
44/63

11 頑丈な男

それから、加代もようやく床に就くことができた、その夜のこと。

 福田が河童と相撲を繰り広げた河原にて、ひとつの影がうごめいていた。


「臭う、臭うぞ。

 あいつめのものだ」


その影はそう言いながらふんふんと臭いを確かめていたが、すぐに鼻をしかめる。


「なんだ、鬼臭い!

 なんでこんなに鬼臭いんだ!?」


この臭さはたまらないとばかりに、ぶるぶると顔を振った影は、どうも狐のように見えた。


「あいつめ、この我を捨て鬼などとつるもうなど、絶対に許さぬからな!」


狐はそう叫ぶと、「グワゥー!」と夜空に向かって吠える。

 その様子を、遠目から眺めている姿があった。


「また、騒がしいのが入り込んだもんだ」


そうぼやいているのは、千吉である。

 その狐は千吉が見ている前で、ひとしきり騒いでからどこぞへと姿を消した。

 その夜、その河原の辺りで鬼火を見たという話が、ちらほらと聞かれたそうだ。



日が明けて、翌朝。


「昨日はまこと、迷惑をかけて済まなんだ」


朝一番に、台所で朝の支度をしていた加代のところへ顔を見せた福田が、そう言ってぺこりと頭を下げた。


「おはようございます、福田様。

 風邪をひきませんでしたか?」

「うむ、なんともない」


加代が心配をしてそう尋ねるのに、福田はけろりとした顔でそう返す。

 冬の川で濡れたというのに、なんとも頑丈なお人である。


「それにしても、昨日は河童と相撲をとったなんて仰っていましたけれど、どうしてそのようなことになったんです?」


加代が昨日聞きそびれたことを聞くのに、福田は目を丸くしていた。


「お加代殿は、拙者の話を信じるのですかな?」

「そりゃあ、まあ。

 嘘かもしれないとは思いますけど、本当かもしれないとも思いますもの」


逆に驚かれてしまった加代だが、なにしろこちらは鬼や烏天狗などというものをこの目で見たのだ。

 なので河童がどこぞの河原にいたところで不思議ではない。

 けれど、普通このような話をしても作り話だろうとされてしまうのも、またわかる。

 そして福田は、真面目に加代に答えようとしていた。


「何故と言われましてもなぁ。

 拙者にも何故あのようになったのか、とんとわからぬ」

「まあ、わからないまま相撲を?」

「そういうことになる。

 ただ挑まれたから応じただけであるな」


あっけらかんと言ってのけるのは、なんとも豪気というか、それとものん気というべきか、わからないお人である。


「結果としては勝ったのだが、どうやらあちらの方が勝負に不満があったのやもしれぬ。

 急に河童たちが拙者を囲みはじめましてな、そのままずるずると川の方へと連れていかれて、途中で気を失ってしまったというわけだ。

 いやぁ、最後が締まらなくて面目ない」


福田はそう語ると頭を掻く。


「それはまた、大変な目に遭いましたねぇ」


河童に囲まれるところなど、加代には想像もできないが、この頑丈そうな男が気を失うくらいなのだ、きっとたいそうな揉みあいになったに違いない。

 実際のところ、福田は怖くて気を失ったのだが、そこは語らぬが吉である。


「それはそうと、昨夜お戻りになった遠山様が、たいへん心配していらっしゃいましたよ」

「余計な気苦労をかけてしまったものだ。

 これからご挨拶をしてこよう」


加代の言葉に福田はそう告げて、遠山様の居室へと向かう。


 ――変わったお人だこと。


 加代はその後姿を見送りつつ、そんな風に考える。

 そして昨日の遠山様の話も思い出され、余計に不思議な男だと感じてしまうのだが。


「わ、いけない、こぼれちゃう!」


しかしすぐに竈の鍋が吹きこぼれそうになっているのに気付き、料理に戻るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ