11 頑丈な男
それから、加代もようやく床に就くことができた、その夜のこと。
福田が河童と相撲を繰り広げた河原にて、ひとつの影がうごめいていた。
「臭う、臭うぞ。
あいつめのものだ」
その影はそう言いながらふんふんと臭いを確かめていたが、すぐに鼻をしかめる。
「なんだ、鬼臭い!
なんでこんなに鬼臭いんだ!?」
この臭さはたまらないとばかりに、ぶるぶると顔を振った影は、どうも狐のように見えた。
「あいつめ、この我を捨て鬼などとつるもうなど、絶対に許さぬからな!」
狐はそう叫ぶと、「グワゥー!」と夜空に向かって吠える。
その様子を、遠目から眺めている姿があった。
「また、騒がしいのが入り込んだもんだ」
そうぼやいているのは、千吉である。
その狐は千吉が見ている前で、ひとしきり騒いでからどこぞへと姿を消した。
その夜、その河原の辺りで鬼火を見たという話が、ちらほらと聞かれたそうだ。
日が明けて、翌朝。
「昨日はまこと、迷惑をかけて済まなんだ」
朝一番に、台所で朝の支度をしていた加代のところへ顔を見せた福田が、そう言ってぺこりと頭を下げた。
「おはようございます、福田様。
風邪をひきませんでしたか?」
「うむ、なんともない」
加代が心配をしてそう尋ねるのに、福田はけろりとした顔でそう返す。
冬の川で濡れたというのに、なんとも頑丈なお人である。
「それにしても、昨日は河童と相撲をとったなんて仰っていましたけれど、どうしてそのようなことになったんです?」
加代が昨日聞きそびれたことを聞くのに、福田は目を丸くしていた。
「お加代殿は、拙者の話を信じるのですかな?」
「そりゃあ、まあ。
嘘かもしれないとは思いますけど、本当かもしれないとも思いますもの」
逆に驚かれてしまった加代だが、なにしろこちらは鬼や烏天狗などというものをこの目で見たのだ。
なので河童がどこぞの河原にいたところで不思議ではない。
けれど、普通このような話をしても作り話だろうとされてしまうのも、またわかる。
そして福田は、真面目に加代に答えようとしていた。
「何故と言われましてもなぁ。
拙者にも何故あのようになったのか、とんとわからぬ」
「まあ、わからないまま相撲を?」
「そういうことになる。
ただ挑まれたから応じただけであるな」
あっけらかんと言ってのけるのは、なんとも豪気というか、それとものん気というべきか、わからないお人である。
「結果としては勝ったのだが、どうやらあちらの方が勝負に不満があったのやもしれぬ。
急に河童たちが拙者を囲みはじめましてな、そのままずるずると川の方へと連れていかれて、途中で気を失ってしまったというわけだ。
いやぁ、最後が締まらなくて面目ない」
福田はそう語ると頭を掻く。
「それはまた、大変な目に遭いましたねぇ」
河童に囲まれるところなど、加代には想像もできないが、この頑丈そうな男が気を失うくらいなのだ、きっとたいそうな揉みあいになったに違いない。
実際のところ、福田は怖くて気を失ったのだが、そこは語らぬが吉である。
「それはそうと、昨夜お戻りになった遠山様が、たいへん心配していらっしゃいましたよ」
「余計な気苦労をかけてしまったものだ。
これからご挨拶をしてこよう」
加代の言葉に福田はそう告げて、遠山様の居室へと向かう。
――変わったお人だこと。
加代はその後姿を見送りつつ、そんな風に考える。
そして昨日の遠山様の話も思い出され、余計に不思議な男だと感じてしまうのだが。
「わ、いけない、こぼれちゃう!」
しかしすぐに竈の鍋が吹きこぼれそうになっているのに気付き、料理に戻るのだった。