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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
二話 湯屋の清水
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10 何者か

「それよりも福田様、どうしてあんなにずぶ濡れだったんですか?」


加代はなんだか恥ずかしくなったものの、そこはあえてなにも言わないことにして、話を福田の事情の方へと向ける。

 なにも言わない加代に「大した話ではないらしい」と思ったのか、福田もそれ以上加代になにも問うてこないで、素直に経緯を話す。


「それが、信じられぬかもしれぬが、拙者は河童と相撲をとりましてな」

「河童?」


しかし話された内容がまた奇想天外である。

 加代は「千吉のあの話は本当だったのか」とびっくりしてしまう。

 てっきり冗談の類かと思っていたのだ。

 しかし、その河童についてもとりあえずは後だ。


「福田様、今のところはお休みくださいませ。

 後ほどお食事はお部屋に運びますから」


今は福田に風邪をひかせないことが大事だ。

 この時期の風邪はやっかいなのだから。


「うむ、今はお加代殿に甘えるとしよう」


これに、福田は素直に頷いた。



その日、夜分になって遠山様が戻ってきた。


「お帰りなさいませ」


出迎えたのが福田ではなく、加代一人であったことに遠山様が訝しんだ。


「福田はどうしたかね?」

「それが……」


そこで加代が部屋に入った遠山に温かいお茶を出しながら、福田がずぶ濡れで千吉に担がれて帰ってきたことを告げると、遠山様も大変に驚いていた。


「千吉にはなにか礼をせねばなぁ。

 だが礼に金子というのも洒落ていない。

 なにか美味い飯でもたんと食えるように、慎さんに取り計らってもらうとするか」


千吉への礼について、遠山様がそのように述べるが、金をちらつかせるようなことを嫌う遠山様らしいことだ。


「しかし、どうしてそんなことになったのか?」


この問いに、加代も首を横に振る。


「あたしにも、詳しい事情はよくわからないんです。

 福田様は『河童と相撲』だなんて妙なことは言っていましたけれど」

「なんとな、河童だと!?」


遠山様もこの話に驚いていたものの、すぐに「ふぅむ」と唸る。


「いや、あの福田ならばあり得るものかなぁ」

「まあ、どうしてです?」


なんと納得されてしまうとは思わず、加代は思わず尋ねた。

 すると、遠山様が語るには。


「あの福田甚右衛門という男はな、あやつの爺様がちょっとした曰くのあるお人なのだ」


なんでも、あの福田の祖父殿というお人は、かつては今のお殿様の先代からの信頼の厚かった御仁で、遠山様も若い時分にとても世話になったのだそうだ。

 しかしそのお人が、いつだったか神隠しに遭ったのだという。


「神隠し、ですか?」


これまた、河童に続いて妙な話が出たものだと、加代は目を丸くする。


「それもな、姿をくらましたのは数日で、無事に戻ってきたのだ。

 しかし戻るなり急にお役を辞したいと殿に申し出てな」


真面目なお人だったのが突然そのようなことを言い出して、周囲はとても驚いたそうだ。

 当時のお殿様も頼りにしていたお人だったので、懸命に引き留めた。

 しかしどんなに乞うても頑として意思を曲げない福田の祖父に、お殿様もやがて怒ってしまう。


「辞めるならば勝手に辞めてしまえ!

 その代わり、禄はびた一文たりとも払わぬからな!」


お殿様は、さすがにこれはあんまりだと懇願してくるだろうと思って、そう言ったことだった。

 けれどそのお人は「それでよろしい」と頷くと、さっさと辞めてしまったのだそうだ。

 こうなってはもう、お殿様にはもうどうにもできない。


「郷里に帰ると山奥に居を構え、一切顔を見せなくなってなぁ。

 あの頃まことしやかに言われたのは、神隠しの際になにかよからぬものに憑りつかれ、人がかわってしまったのだとさ。

 まあ、本当の所は本人がなにも語らなかったので、なにもわからんよ」


それ以来便りも届かず、どうしているかと思っていたところへ、その孫がある時『仕官をしたい』と現れたのだという。

 しかしすでにお殿様は代変わりをしており、福田の祖父を見知っている者もほとんどいなくなっていたため、この新たに出仕することになった新顔が何者か、最初はわからなかったのだという。

 それが武術の腕比べで大層な槍の腕を見せたので、「これは一体どこの誰だ?」となり、身の上を聞いて、あの唐突に出奔した男の孫であると判明したのだという。


「あやつの爺様もな、槍の名手であったのよ」

「まあ、そうだったのですね」


遠山様の語りにそう相槌を返しながら、加代が気になったことは。


 ――千吉さんは、なにかわかっているのかしらね?

 福田のことを妙に気にしている千吉のことを思い浮かべるのだった。

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