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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
二話 湯屋の清水
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9 ちゃっかりな千吉

「風呂が焚けましたぜ。

 おや、目を覚ましましたか、そいつはよかった」


千吉は福田の様子に気付いて、安堵の顔になる。


「風呂とは?」

「千吉さんが身体の冷えた福田様のために、お屋敷の風呂を焚いてくれたんです」


千吉の言葉に疑問を浮かべる福田に、加代が教えた。


「なんと、そのような贅沢を……!」


すると驚愕の表情で布団からかばりと起き上がった福田は、どうやら元気そうに見えて加代はほっとする。

 しかしこのまま冷えたままでいて、質の悪い風邪にでもなったら大変だ。


「贅沢でもなんでも、福田様は温まらないといけません。

 さあさ、そのようにお元気ならば、風呂へどうぞ」


起き上がったならばちょうど良いので、加代はそのまま福田を立ち上がらせて、風呂へと連れて行くことにした。

 福田も焚いてもらった風呂に入らないというのはもったいないので、素直に風呂へと向かう。


「福田様、拭くものなどはこちらに置きますよ」

「それはかたじけない」


加代が湯槽に浸かる福田に声をかけると、のんびりとした声が帰ってくる。

 しかしなにかってはいけないので、加代が一応風呂の近くに付き添い、そこいらに腰かけている加代に、千吉が声をかけてきた。


「俺ぁこれで帰ります」


ぺこりと頭を下げる千吉だが、頭を下げるのはこちらの方だろう。

 千吉も湯屋の釜焚きという仕事があるだろうに、わざわざ余所の屋敷の風呂の世話をしてくれるとは、人のよいことだ。

 いや、彼の場合は「鬼のよいこと」と言うべきだろうか?


「千吉さん、本当にありがとう。

 この恩は、遠山様にもお伝えしておきますからね」


遠山様が留守の間のこととはいえ、それでもこの屋敷でのことは遠山様が全て責任を持つことになるのだ。

 ましてや世話になった事などを、知らせないわけにはいかないだろう。


「いえ、そんな大げさにしなくてもいいんです」


両手を振って恐縮する千吉だが、すぐに「いや、けれど」と言葉を続けたかと思ったら、ひょいっと一足で加代のすぐ隣にまでやってきて。


 ふうっ!


 加代の首筋に、千吉の吐息がかかった。


「……!」


 ――今、食べられた!


 喰われたあたりを片手で押さえてから、加代は顔を怒らせる。


「千吉さん!」

「礼はこれで十分でさぁ、ご馳走さんでした」


加代の怒鳴り声に、にやりとしてからぴゅっと早足で駆ける千吉の、その逃げ足の早いことといったらない。

 しかしすぐに取って返してきた千吉が、言ってくるには。


「あの福田というお人のことで、ちょいと気になることがありますんで、明日にでも顔を見に来ます」

「勝手にすれば!」


この不意打ちに腹が立った加代はそう言い返すと、そこいらの小石を拾って投げてやった。


「おお怖い」


千吉は小石を大げさに避け、怯えたようにしてみせて、今度こそ駆け去ったらしい。


 ――まったく、ちょっと気を緩めたらこれだわ!


 「喰われる」のがこれで二度目である加代は、自分に対しても怒りが収まらない。

 ちょっと親切なところを見たからといって、あの人が「鬼」であることを忘れてはいけないだろうに。


「次は、もうないんだから!」


加代がもういない千吉に向かってそう文句を言っていると、ちょうど風呂の戸が開いた。


「いや、生き返った心地でござった」


そう言って出て来た福田は、確かに風呂あがりなこともあって、ずぶ濡れで戻ってきた時よりもずいぶんと顔色がいい。


「そういえば、怒鳴り声が聞こえましたが、千吉殿と喧嘩ですかな?」


加代たちは近くで話していたのだから、やりとりが福田に筒抜けであったらしい。

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