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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
一話 湯屋の釜焚き
30/63

30 客が多い朝

上屋敷にて、烏天狗からの贈り物ででんやわんやしている、その朝のこと。


「御免! 遠山様はおられるか!」


朝の明けの六つ鐘が鳴ったばかりという頃に、上屋敷からお侍がやってきた。

 えらく慌てた様子で遠山様と話をしたかと思ったら、不思議そうに首を捻る遠山様を籠に載せて、そのまま上屋敷へと行ってしまう。

 どうやら、上屋敷でなにか起きたようだ。

 というか、加代にはその「なにか」に心当たりがある。


 ――あの烏の子のお仲間さんが、扇を返してもらいに来たのかも。


 烏天狗とやらの子どもで、あのような騒ぎであったのだ。

 今度は返してもらわなければならないのだから、きっとちゃんと話ができる大人がやって来たのだろうし、初めて烏天狗を見た人はびっくり仰天したことだろう。

 そうそう、あの烏の子を千吉が捕まえて以来、あれだけ連日続いていた盗人騒ぎはぴたりとおさまり、静かなものだ。

 そりゃあ、江戸から悪党がすべて消えたわけではなく、小さな悪事は日々起きているわけだが、それでも平穏になったには違いない。

 おかげで夜も静かで過ごしやすいというものだ。

 昨夜は夜更けに強く風が吹いた気がしたが、それ以外は静かな夜で、邪魔が入らずぐっすりと眠れた加代は、朝からはりきって庭掃除をしていた。

 なにせこの時期、落ち葉を掃いても掃いてもきりがないのだから。

 こうして加代が落ち葉を集めて、畑のたい肥にするための置き場所へと捨てていると。


「お加代さん」


塀の方からここ最近で聞きなれた声に呼ばれ、そちらが見える方へ行くと案の定、塀の上に千吉の頭が見えた。


「千吉さん、焚き物集め?

 生憎と今日はなにも出ないわ」


加代がそう告げると、千吉は「いや」と首を振る。


「今は焚き物のことではないんで。

 実は、お加代さんと話をしてぇって奴がいるんです」


千吉が後ろを気にしながら、そんなことを言ってくる。

 上屋敷のお侍といい、今日は朝から客が来ることだ。


「話をしねぇっていうなら、断ってくれても構わないんですぜ」


千吉はむしろ断ってくれる方がいいというような顔で、そんなことを述べる。

 しかし、どうやらその「話をしてぇって奴」とやらはすぐそこにいるようだし、特に理由もなく断るのも悪い気がする。

 それで言うと話す理由もないのだが、そうした場合に後で気に病みそうなので、やはり話をした方が己のためだろう。


「話くらいするわ」


そう言って加代は塀越しに話をするのもなんなので、裏木戸から千吉を招き入れる。

 その千吉の背後に続いて入ってきたのは、僧侶の格好をした細身の男であった。

 その男の傍らに子坊主姿の少年がしがみついている。


「どうも、あなた様がお加代殿かな?」


僧侶は甲高い声で、にこやかに加代に話しかけてきた。

 どうやらこの人が、加代と話がしたいという人物らしい。

 加代はとりあえず、休憩する際に座るために置いてある縁台に座るように勧める。

 加代の隣に千吉、その隣に黒っぽい格好の男、その隣に少年が縁台の端ぎりぎりに腰かけた。


「確かに、あたしが加代ですけど。

 どういったお話ですか?」


加代が尋ねたことに、僧侶が答えるには。


「こやつがあなた様に迷惑をかけたそうで、お詫びをしたく参った次第」


そう告げた僧侶が子坊主の頭をぺしんと叩くと、少年はかなり痛かったのか、「うぐっ」と涙目になる。


「ほれ、謝らぬか」

「ごめんなさい……」


男が促すと、少年は素直に謝った。

 しかしはて、加代はこんな見知らぬ少年に謝ってもらうようなことがあっただろうか?

 不思議そうに首を捻る加代に、僧侶が続けて言った。


「あなた様のお知恵のおかげで、昨夜のうちに無事、我らが宝の扇をこの手に戻すことができたもので、厚く感謝申し上げる」

「あっ!」


加代はここで、ようやく少年が誰なのかに思い至る。


「あの夜の、烏の子!?」


加代が隣を見ると、千吉は渋い顔で頷いた。

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