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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
一話 湯屋の釜焚き
25/63

25 二人並んで

 ――まったく、しょうのない人たちねぇ。


 加代は二階を少々睨みつけてやるが、こちらを眺めている連中には娯楽なのだろう。

 これこそが湯屋なのだから仕方ない。


「や、そんな話じゃあなくて……」

「いいから、行った行った!」


困った顔で千吉がなにか言おうとするのを、しかし慎さんが遮って再び「しっしっ」と追い払う。

 これは、どうにも二人で連れ立って出ないと収まりそうにない。

 そんなわけで、加代と千吉の二人そろって湯屋から出ることとなった。


「なんだか、妙な事になっちまって申し訳ねぇ」


出たところで、千吉がぺこりと頭を下げて来た。


「爺さんは、俺がお加代さんを気にしていたのを上から見ていたんだ。

 それであんなことを言ったんだろうが」


申し訳なさそうに事情を話す千吉曰く、加代が湯屋に入った時に話しかけようと思ったのだが、えらい剣幕だったものだから、声をかけることができなかったという。

 それで話しかける隙を窺ってずっと様子を目で追っていたのを、ああやって湯屋の二階から覗かれる羽目になってしまったと、そういうことだろうか。


 ――なんだか、巡り巡って自分が悪いってことなのね。


 加代が意味不明な怒りを持て余していたから、今千吉を巻き込んだのだ。

 本当に、自分は一体何をそんなに怒っていたというのか? と我ながら呆れてしまう。

 けど、まあいいだろう。

 どうせ夕飯を済ませて行こうと思っていたのだ。

 この際だから、それに千吉に付き合ってもらおうではないか。


「あたしね、遠山様から今日はお夕飯の支度をしなくていいって言われて、外で済ませるつもりなの。

 どうせなら、それに付き合ってよ」

「そのくらい、お安い御用でさぁ」


加代がそう言うのが、いつもの調子であるように見えたのだろう、千吉がホッとした顔で頷いた。

 というわけで、浜の方に一応心配をさせないために、そこいらで知り合いの子どもをつかまえて「今日は顔を出さない」という父への伝言を頼む。


 ――そうだ、せっかくだし、いつもは行かない飯屋に行こう。


 実は以前から洒落た料理を出すと評判の店に、一度料理の勉強のために行ってみようと思っていたのだ。

 加代の作る料理はどうしても漁師飯のようになってしまい、見た目の洒落さがない。

 遠山様に恥をかかせないためにも、やはり勉強は大事だろう。

 知らない店へ入るには、女一人だと妙な輩に絡まれないかとちょっと不安だが、千吉が一緒であればそうした不安もなくなるというものだ。

 そう決めた加代は、いつもはあまり通らない方へと道を進み、向かった先は橋を渡った先にある店だった。

 店先も小奇麗にしてあり、戸を潜ると「いらっしゃい!」という娘の元気な声をかけられる。


「空いている席に、お好きにどうぞ!」


にこりとした笑顔でそう勧めてくる娘は、加代の妹よりもいくらか若いくらいの年頃で、この店の看板娘といったところだろう。

 まだ込み合う時間ではないらしく、川を望める席が空いていたので、千吉と向かい合ってそこに座った。

 

「お酒もあるのね、せっかくなのでお酒もつけましょうか。

 千吉さんも飲む?」


加代がお品書きを見つめながらそう話を振ると、千吉は首を横に振る。


「いえ、俺たちにとっちゃあ、人の飲む酒は水みたいなもので、全然酔えないんでさぁ」


つまり、水と同じであるのなら、酒を飲むよりも水を飲んでいた方が金がかからないと、そういうことのようで、加代もそこは頷けるので無理強いはしない。

 けれど、女が一人で飲むのは見た目がよくないだろうからと、最初の一杯だけを付き合ってもらうことにした。

 そしてどの品を頼むかを決めて、加代は季節の天ぷらを、千吉は魚の煮込みを頼む。


「先に熱燗を持ってきてちょうだい」

「はい!」


加代の注文に、娘は頷いて奥の台所へと行く。

 そちらには料理人であろう年嵩の男がいて、その男に「おとっつぁん」と話しかけているので、この店は家族でやっているのだろう。

 それから間もなく熱燗が持ってこられて、言った通りに加代は一杯目だけ千吉に付き合ってもらう。


「どうぞ」


千吉が加代の杯に注ぎ、加代も注ぎ返したところで、チン、と互いの杯を慣らす。

 杯をぐっとあおって酒を喉に流し入れると、湯上りだったとはいえ、秋の風に吹かれて少々冷えた身体が温もる。

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