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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
一話 湯屋の釜焚き
19/63

19 違う姿

「あの、それはどういう……」


詳しく聞こうとした、その時。


「火の用心~!」


見廻りがこちらへやってきている声が響く。

 ここで騒いでいては物音に勘づかれて、遠山様に迷惑をかけるかもしれない。

 しかし、ここで千吉たちを追い返してもいいものなのか?

 少なくとも、ちょっとでも事情は聴いておかないと、これから眠れもしないだろう。


「とりあえず、こっちに来て」


なので加代は話を聞くために、千吉を部屋へ入れることにした。

 ただし、烏モドキは千吉の手で縄でぐるぐる巻きにされて床下に放り込まれてしまい、「ゲギョ!」と不気味な抗議らしき悲鳴を上げているが、千吉は全くの無視である。



部屋へ入ると、加代は布団を隅へと寄せてから、今更だが、寝間着のままだったことを思い出した。

 年増の烙印を押されている身であるとはいえ、未婚の女が男に寝間着姿を晒すのは駄目だろう。

 慌てて上から羽織をひっかける加代の一方、千吉は部屋の障子の傍で、居心地悪そうにあぐらをかいている。


 ――女の所へよく出入りしている風ではないのね。


 加代は千吉の様子から、そう察する。

 これが漁師連中でも女にだらしない男であったなら、女の住まいに上がり込んでもずうずうしく振舞っていて、少なくともあんな隅に座ったりはしない。

 千吉は三助にならないのかと女たちに乞われる男であるので、ちょいといい顔をすればとたんになびく女も多いだろうに。

 案外身持ちの固い男で、それが嫌だから釜焚き役に逃げているのだろうか?

 加代は奇妙なことのあったばかりだというのに、どうしてか冷めた頭でこんなことを考えていた。


「そのツノって……本物?」


そして、最初に加代の口からついて出たのが、この疑問である。


「まず気にするのは、そこですかい?」


千吉も少々呆れた様子で言ってくるが、気になるのだからしょうがないだろうに。

 加代がそう思って、一人むくれていると。


「気になるなら、触ってみますかい?」


なんと、にやりと口の端を上げた千吉がツノを指さして、そう言ってくるではないか。


「触って、いいの?」

「ええ、どうぞ」


目を丸くして驚く加代に、千吉はこちらに突き出すように頭を下げる。

 加代はこれに頷いていいものかと迷いはしたが、それも一瞬のことだ。

 すぐに好奇心に負けてしまい、膝で千吉ににじり寄っていく。

 そして胸をどきどきとさせながら、目の前の頭に手を伸ばす。

 手を出してきた加代のことを、千吉は本当に触って来るとは思っていなかったのか、ぎょっとした風に目を丸くして見ていたが、頭を突き出したまま動かないでいた。

 まず指先が触れたのは千吉の赤いくせ毛で、柔らかいソレをかき分けてツノへと触れる。


「……ざらざらしている、それに温かいのね」

「そりゃあ、俺の身体の一部ですから」


加代が感想を漏らすと、千吉がそう述べてクスリと笑う。

 その声と距離が近いのは、加代の腕一本分しか離れていないのだから当然か。


 ――家族以外の男の人の頭を触るなんて、ここしばらくあったかしらね?


 そして、ふとそんなことを思う。

 ここしばらくどころか、生まれてこの方なかったかもしれない。

 なにしろ子どもの時分から幼い弟妹を育てることに追われていた加代である。

 好いた相手ができて恋をして、逢引きをして、なんていう経験をする暇もなかった。

 そんな話はともかくとして。

 加代がその感触を確かめるように、ツノを何度も撫でていると、千吉がすうっと深く息を吸う。


「ああ、やっぱりいい匂いだ。

 加代さんからは、極上の精気の香りがする」


すると千吉がどこかうっとりとした口調で、そう言ってきた。

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