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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
一話 湯屋の釜焚き
18/63

18 妙な侵入者

それにしても、その千吉になんだかおかしな感じがある気がする。

 そのおかしな感じとはなんなのか、加代は再び目を凝らす。


「お加代さん、起きちまったんですかい」


ばつの悪そうな千吉の声と共に。


「……ア!」


そんな悲鳴のようなものが聞こえたかと思ったら。


 ガタガタガタン!


 屋根上からなにかが落ちてきた。


 ガタガタン、ドシィン!


 屋根上から派手な音を立てて地面に転がり落ちたのは、黒っぽいなにかだった。


 大きさは、幼い子どもくらいだろうか?

 粗末な着物を着ているが、その全身が真っ黒な毛むくじゃらで、背には羽が生えている。

 そしてその顔は人のものではなく鳥、それも烏のものだった。

 この奇妙な生き物を例えるならば、無理やり人の格好を真似ている烏であろう。


「なにコレ?」


握った石を投げるのも忘れ、加代は眉をひそめた。

 こんな奇妙な生き物なんて見たことも聞いたこともなくて、怖いのを通り越していっそ可笑しくなってくる。


「お加代さん、そいつに近付いちゃあなんねぇ!」


そこへ、屋根の上からダン! と飛び降りて来た千吉が、加代にそう声をかけると、片足でその奇妙な生き物を踏んで抑える。

 この千吉も、人の部屋の上で一体なにをしていたのか? そう文句を言ってやろうと思った加代だったが、しかしハッと息を呑む。

 千吉は今、いつも頭に被っている手拭いをしていない。

 手拭いを被っていない千吉を、加代は思えば始めて見た気がするが、頭のてっぺんで雑に括っている髪は月明かりにも赤っぽいくせ毛で、赤っぽく爛々としている目。

 なによりも、牛のようなツノが、その頭に生えているではないか。


「ツノ……?」


呆けた顔で漏らした加代の声に、今度は千吉がハッとして、両手で頭を隠そうとするが、その立派そうなツノは手で隠れるものではなかった。


「千吉さんでしょう? その姿は……」


ツノを生やしたその姿を、目を見開いてじっと見る加代から、千吉は目を反らす。


「ああ、加代さんの目には見えちまうか。

 やっぱり夜はゆらいじまうんだな」

「それって、どういう……」


加代が問いかけたその時。


「オマエ、オマエクサイ! タベラレナイ!」


千吉の足に抑えられている烏っぽいものが、いきなり頭を加代の方へ向けて叫んだ。

 あの千吉のものではない奇妙な声は、どうやらコイツの声だったらしい。


「そのうるさい口をつぐめ。

 てめぇをひねりつぶすなんざ、簡単なんだぞ?

「グエッ!」


千吉が強めに踏んだのか、その烏モドキが苦しそうな声を漏らす。

 

「あの、千吉さん、それはちょっと……」


その妙な烏モドキな生き物がなんなのか知らないが、千吉のやり様があまりに乱暴だったので、加代は思わず声を挟む。

 加代は色々なことに驚いているはずだし、この人間ではない姿の者たちが恐ろしいはずなのに、どこか目の前の出来事が現実離れをしているように感じてしまう。

 だからこうやって、平然と会話ができるのかもしれない。

 そんな加代の傍らで、千吉は踏みつけるその足を緩めることをしない。


「同情は要りませんぜ、お加代さん。

 こいつぁね、自分の腹ぁ膨らませるために、お加代さんの精気を食べる隙を狙っていたんですから。

 まったく、夜に寝所を襲って精気をもらおうなんざ、行儀が悪い烏だ」

「クサイ! イイニオイ、ケドクサイ!」


さっきからやたらに「クサイ」を連呼する烏モドキだが、「クサイ」とはもしや、「臭い」のことだろうか?


「え、私って臭っているの……?」


加代は少々気落ちしてしまうのだが、「いえ、そうではありませんって」と千吉が慌てる。


「お加代さんは、いつでもいい香りをさせておりやす。

 それを誤魔化すために、ちょいと俺の匂いを仕込んでいるから、コイツは『臭い』なんていいやがるんで。

 烏の子どもにとっちゃあ鬼なんざいっとう怖い相手で、嗅ぎ慣れねぇ匂いでしょうからね」


今、色々と気になることを一度に言われた気がする。

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