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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
一話 湯屋の釜焚き
13/63

13 呆れ話なのだけど

「……どうかしたの?」


加代は背の高い千吉を見上げるようにして尋ねる。

 ちょっと前であれば、千吉がどのような態度であっても、細かな様子を気にするなんてしなかった加代であるというのに、ちょっと交流を持つと気になってしまう。

 人の気持ちとは、なんと簡単にころりと変わるものだろうか? と我ながら己の単純さに呆れてしまう。

 そんな風に思っている加代に、千吉が口を開く。


「加代さん、なんぞありましたか?」


尋ねたのは加代なのに、逆に問い返されてしまった。


「なんぞって、なにが?」

「いや、そのなにがというか……」


これに加代がさらに問い返すと、千吉は言葉を選びかねているようにしている。


 ――そうだ。


 その様子を見ていて、加代はふいに夜中のあの話をしてみたくなった。

 誰かに話して、「寝ぼけたんだなぁ」と笑い飛ばしてほしかったのだ。


「なんぞっていえばね、実は夜分のことだけど……」


加代はそう切り出し、笑い話として月夜の化け物の話を披露する。


「きっと、なにかの影を見間違えたのね。

 おかしいでしょう?」


そう話を締めくくって小さく笑ってみせた加代だが、しかし千吉はというと、話を聞くうちに被った手拭いの奥で眉間に皺を寄せてくる。


「……」


黙ってそうしていると、千吉の体格の良さも相まって、鬼のように怖い形相に見えてしまう。


 ――そんな、怒るくらいに呆れた話だった?


 それとも、こうしたしくじり話を千吉が嫌いだったのかと、加代は訝しむ。


「加代さん、物騒だから絶対に夜に外へ出ないでくだせぇよ?」


すると千吉からの真面目な口調で真っ当な忠告をされた。

 これに、加代はまるで親に叱られた子どもの気持ちになってしまい、いささかムッとしてしまう。

 千吉は自分とそう年頃は変わらない、もしかすると加代の方がお姉さんかもしれないくらいなのに、叱られるとは決まりが悪い。


 ――あたしだって、好き好んで夜に外をうろつかないのよ。


 昨日はそう、たまたま目を覚ましてしまっただけなのだ。

 内心でそう強がってみたものの、加代とてそれこそ好き好んで怖い思いをしたいわけではない。


「けどそうね、夜の外はやっぱり怖いもの。

 気を付けることにする」

「そうしてくだせぇ」


加代がそう言って頷くと、千吉はホッとした顔になったかと思ったら、塀越しに片手を伸ばしてきた。

 「なんだろう?」と思う間もなく、その手が加代の首の後ろの付け根のあたりに触れる。


 もぞり……。


 加代はなにかが這ったような、もしくは風に吹かれたような、妙な心地がしたが、すぐにそれもなくなる。


「糸くずがついていましたんで、払っておきました」

「あら、そう?」


千吉がそう言うのに、加代もなんとなく首のあたりをサッサと払う。

 洗濯物を干した時に、風で飛んだのかもしれない。


「それじゃあ、それを持って行ってね」

「へぇ、ありがとうごぜぇます」


加代がそう話しを切り上げると、千吉はペコリと頭を下げた。

 それから千吉はガラガラと車をひいて去り、加代も掃除の続きを始める。

 しかし、千吉がしばらく車を走らせたあたりで、ふいに屋敷の方を振り返り。


「これで、災難が避けていくといいんだが」


そう心配そうな顔で呟いたなんて、加代は気付くはずもない。

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