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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
一話 湯屋の釜焚き
12/63

12 寝ぼけただけ

「……うん?」


加代はぐっすり寝ていたはずなのだが、ふいに意識が持ち上がって目を開ける。

 外はまだ暗く、朝が近いわけでもなさそうだ。

 そしてなんだか、胸がざわざわする。

 こうした気持ちになる時が、加代には昔からたまにある。

 そういう時、なにかの不幸があったり、運がないことがあったりと、大なり小なりの悪い事が起きるのだ。


 ――嫌だなぁ。


 しかしこの「ざわざわ」というのは天災のようなもので、加代の気合で避けられるものではないのは、これまでの経験で知っている。

 すっかり目がさめてしまった加代は、起きたらお小水をもよおしてしまう。

 こうなっては朝までどうにも我慢できず、厠へ行こうと障子を開けてそうっと部屋を出る。

 加代に与えられた部屋は、お屋敷の隅にある住み込みでの下働き用の離れで、ひと間と水場のあるだけの狭いところだ。

 だが狭いと言っても、これまで長屋で父親と弟妹とで身を寄せ合って暮らしていたことを考えると、ひと間を独占できるなんて贅沢である。

 しかも厠とて、そう離れたところにあるわけではない。

 加代は草履を履いてぺたぺたと厠に向かうが、今夜は月が明るい夜で、行灯の明かりがなくても辺りがよく見える。

 無事に厠で用を足して、部屋へ戻ろうとした、その時。


 バサバサッ!


 大きな羽ばたきが聞こえた。


「鳥……?」


けれど今は夜であり、夜に飛ぶ鳥で、こんな大きな羽ばたきをする鳥なんて、果たしていただろうか? 訝しんだ加代が、羽ばたきの方へ視線を巡らせると。


「……ひっ!」


そう短く悲鳴を上げてしまう。

 月明かりで地面に照らし出された影に、大きく翼を広げた、しかし鳥っぽくない奇妙なものが映ったのだ。


 ――化け物!?


 加代は恐怖で足をもつれさせながらも、なんとか部屋へと駆けていくと草履を脱ぎ捨て這うように布団へと戻り、布団に飛び込み中に籠ってブルブルと震える。


「なにあれ、なにあれ……!」


厠から部屋までが近くて、本当によかった。

 でないと、あの化け物の影に襲われたかもしれない。

 恐怖でもう眠れそうにないと思った加代だったが、そうしていると布団の温もりが心地よく次第にうつらうつらとなり、また寝てしまった。



 そして、朝になり。


「……いいお天気」


朝の秋晴れの澄んだ空を見ると、加代のあの夜中の恐怖が遠いものになっていくのがわかる。

 羽ばたきの音はなにかを聞き違ったのか?

 影だって、見間違いだったのかもしれないと、そんな風に考えるようになった。

 ちょっと怖がりすぎて、ありもしないものを見たように、勘違いをしたのだ、きっと。


 ――あたしったら、子どもみたいで恥ずかしい!


 夜中に厠に行って化け物を見ただなんて、まさしく寝ぼけた子どもがいいそうなことだろう。

 恥じ入った加代は、朝の支度をしているうちにも、すぐにそのことを忘れてしまい、いつも通りに仕事をこなす。

 今日は突然の来客もないようで、遠山様は早速湯屋へと出かけてしまう。

 そして加代がいつものように庭掃除をしていると。


「焚き物はありゃせんかぁ~」


そんな、千吉の声が聞こえてきた。

 ちょうどいい、昨日大勢の客がやってきたので、焚き物に出したいものが出ている。

 人が動くと、色々な物も一緒に動くため、焚き物だってたくさん出るのだ。


「寄ってちょうだいな。

 昨日お殿様御一行が訪ねていらして、焚き物がでたの」

「へえ、ありがとうごぜぇます」


加代が塀越しに声をかけると、その声を聞きつけた千吉が車を止めた。

 今日の焚き物は軽いものばかりなので、塀越しの手渡しで十分である。

 そうやって焚き物を全て渡してしまうと、千吉が微かに眉をひそめて加代を見ていることに気付く。

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