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教室の隅のヒペリカム  作者: 滋賀ヒロアキ
6/13

嘘告白

 結論から言うと紛れもない現実だった。次の日、午後に誕生日パーティーを控えた小学生みたいな笑顔でやってきた戸塚を見て悟った。

 そのまま、休み時間になるなりアイツの机へと呼び出される。


「昨日は説明しきれなかったからなぁ、今説明しといてやるよ。ちなみに見つけるの糞遅ぇから教えとくと、お前の上靴は一階のトイレのゴミ箱な」


 聞きたくもない情報を入れてくる。体育館にいる時より長く履いてる気がする体育館シューズを軽く踏んでから、戸塚は話し始めた。


「だからさぁ、二組のアイツに告白しろってこったよ。あの清崎……マジで誰だっけ下の名前が出てこねぇ……とにかく清咲ナントカって女子に」


「……なんで僕が?」


 とりあえず聞いてみる。戸塚は昨日僕から盗った金で買ったパンを食べながら笑うだけだ。


「いや大丈夫だってみなまで言うな。お前、その清咲ナントカって女子のこと好きなんだろう?」


「いや、別に」


「いーからいーから。誤魔化さなくてもお前が事あるごとにソイツを熱い目で見てたのは知ってるって。だからお前のその恋を、俺たちが後押ししてやろってことさぁ」


 意味がわからなかった。僕は現時点で誰かに恋なんてしてないし、『キヨサキ』という苗字にも心当たりが無い。

 完全に余計なお世話だし意味不明だ。いや、いじめとは基本的に意味不明なものなのだけれど。


「ふははっ、落城の一世一代の勝負か!胸が熱くなるねぇ!」


「オレらも影で応援しといてやるから!なんならビデオも撮っといてやるよ」


 取り巻きである今宮と本山の盛り上りを見てると、大体コイツらが何をさせたいのか理解してきた。

 要するに、これも典型的ないじめだ。今までは金銭関連や暴力事、犯罪教唆(さすがに何がなんでも拒否した)だったが、ついにここまで来たかと妙な感慨さえ感じてしまいそうになる。

 しかもビデオを撮るあたり、また僕のオモシロイ光景がSNSの裏グループにでも流されるのだろうか。今度はせめて目元は隠してほしいものだが。


「……嘘の告白するのなんて、趣味悪いからやだよ。キヨサキさんにも、迷惑がかかるじゃん」


 声にだけ、出してみる。

 追い詰められた猫がとりあえず威嚇だけはするような、小さな抵抗だった。


「はぁ?」


 その抵抗は、戸塚たちの前では何の意味もなさない。彼らのゲラゲラ笑いが止まり、三方向から僕を囲む。


「拒否権あると思ってんのか?お前ごときに」


 最初に動いた戸塚の手が、僕の肩を思い切り突き飛ばした。金の都合から昼飯抜きとなっている体にそれは堪える。

 ……仮にも人の目が多い教室であるためか一応の手加減はされていた。だが目はいつものいじめの時と同じようにつり上がっている。こないだの思わず足を振り払ってしまったときの一件からもわかるが、戸塚のような人種が一番嫌うことは格下の人間から下手に反抗されることなのだ。


「コイツさぁ……最近チョーシ乗ってねぇ?」


 それは取り巻きの二人も同じらしく後ろから指が指される。姿は見えないが、表情は手に取るようにわかった。

 それに軽く答えてから、戸塚はまた僕を突き飛ばす。さっきより力が強く、尻餅を付く形で僕は倒れてしまった。

 その時の音に反応した近くの男子と女子グループが、『またやってるよ……』という呟き混じりにそそくさと離れていった。

 それも気にせず、戸塚は僕の登頂部あたりの髪を掴むと無理やり上を向かせた。


「らくじょーの癖に俺に歯向かってんじゃねぇよ。ならアレか?なんか別の物でも使って遊んでほしいか?」


 戸塚は僕の肩越しに別のものを見ながら言っていた。つられて僕も首を向ける。

 そこには掲示物を留めるための画鋲が入ったケースがあった。というか、もう今宮がケースを開けて一つ取ろうとしていた。


 ……さすがに背筋が冷えた。


 脅しなんかじゃない。

 左手がブルッと震えた。

 やる。

 戸塚の僕に対する倫理観の程度なら、皮膚に直接突き刺したり爪と指の間に押し込むぐらいのことは平気でやる。

 画鋲の傷は深くて痕が残りやすいという。下手にナイフなどを持ち出されるよりもよっぽど生々しい恐怖を感じられた。


「昨日はああ言っちまったけどさぁ、俺にも良心はあるわけよ。画鋲使ったららくじょー君が可愛そうだなーって思ったから、それを使わず楽しめる方法を考えた結果なんだよ。なんか文句あるか?」


 まず僕で楽しむという発想をやめたらどうなんだろうか。普通にゲームするとかじゃダメなんだろうか。昨日もゲーセン行ったらしいし。

 ……そう言い返したかったが、したら今日も放課後に殴る蹴るのパーティーが行われ、画鋲もその仲間に加わることになるだろう。

 ……ハッキリ言って選択の余地は無かった。

 しかし、僕はどうしても根っこの部分で首を縦に振りきれなかった。

 その理由はなんというか……無駄なプライドと言われてしまえばそれまでだが……せめて人間の営みの中で最も尊ばれるべきものである恋愛関係だけは、戸塚ごときに下手に弄ばれたくなかったというような、そんな無意味な尊厳の防衛だった。


「あぁー……そんなに嫌なのかよ。……じゃあ仕方ねぇな」


 だがそんな僕に対して、戸塚は後頭部を掻きながら静かに告げた。



()()()()、バラ撒くとするか」



 瞬間、背筋が凍った。

 あの写真。

 息が詰まり、まぶたがピクピクと痙攣する。

 具体性の無い、端から聞けばどれを指しているのかわからない単語。

 だが僕と戸塚たちの間では、同じ物体が正確なイメージをもって共有されていた。

 僕は口を開いた。


「……やるよ」


 我ながら今までの抵抗が嘘のように、あっさりと。


「あ?聞こえねぇなぁ?もっとハキハキ喋れ」


 戸塚は戸塚で、聞こえていただろうにわざと聞き返す。虚勢を張った小動物に、ゆっくりと距離を詰めていくように。

 観念し、僕はもう一度言った。


「嘘告白……やるよ。キヨサキさんに」


「おー!ははっ、そうかぁやってくれるかぁ!らくじょー君がやる気になってくれて嬉しいぜぇ!」


 ガシッ、と大袈裟に肩を組んでくる戸塚。

 ……その顔は、心の底から楽しそうだった。


「……代わりに」


「あーもちろんさっきの話は無しだって。お前がちゃんと命令を守るなら、あの写真は俺のスマホに永遠に封印しといてやるから」


 欠片ほどの信用もできない誓い。

 それでも戸塚の言葉に、僕は頷くことしかできなかった。



 時々、『いじめが嫌なんだったら抵抗したりやり返してみせろ』と言う人がいる。申し訳ないが、そんなんでどうにかなるならとっくにやってる。

 今ここで僕が奇声を上げながら暴れて状況が好転するならいくらでもやってやる。

 でも結局ケンカというのは数だ。妄想の中じゃあるまいし、一対三は普通にやれば負ける。よしんば勝てたとしても、今度は負けた側が教師を味方に付けての被害者面だ。

 正当防衛だと訴えても、いじめの証拠はない。対して向こうは今殴られたという現行の証拠がある。

 どちらが悪者になるかは明白だろう。

 どっちに転んでも面倒になるなら、もう何もしない。この世は正しいヤツじゃなくて、声がデカくて数が多いヤツが勝つようにできているのだ。

 どうせ逆らっても変わらない。そして、従えば今日は殴られずに済む。なら迷うことはない。付き合わされるキヨサキさんは気の毒だけど。

 僕も他人を気遣えるほど余裕があるわけではないのだ。



 さすがに今日はその他諸々のいじめは控えめになり(パシりはされた)、そのまま放課後になる。

 軽い補修を受けていた生徒も帰り、学校中から部活の声が聞こえ始めた頃。

 休み時間などの喧騒が嘘のような一組の教室の前で、僕は戸塚に強引に肩を組まれていた。


「いいか?昼休みの内にキヨサキには『お前に話がある奴がいる』て教室に呼び出しといた。今は中でお前の到着を待ってるはずだぜ」


「わかった」


 話し半分に説明を聞く。

 僕にとっては、どんなシチュエーションを組まれようが相手が誰だろうがどうでも良い。

 ただ早急に告白を終えて家に帰りたい。それだけだ。


「にしてもお前冷めてんなぁ。これから告白するんだぜ?もっと気合い入れろよ」


 強めに背中を叩かれ弱めに呻く。

 見ず知らずの女への告白に熱くなれるのはナンパ師だけだ。そう思ったが口には出さない。

 一体、どう熱くなればいいんだろう。僕はまだキヨサキさんの全貌も知らないのに。なんとなく聞き覚えはある名前だが、顔が出てこない。

 ……まぁ、これから嘘告白をする相手なんてどうでも良いか。どうせフラれるし、フラれるのが仕事だ。


「うし、そろそろ時間だ。ほら行ってこいオラ」


 また背中を叩かれる。激励にもならなかった。

 重い足取りで僕が歩き出すと、後ろから


「スマホの用意できたぞ」


「しかしどうなっかなー。フラれそうだけど」


「いやわかんねぇぜ。あいつビッチって噂あるから。ま、らくじょーがどう転んでも俺らは面白いからいいけど」


 という声が聞こえたが無視した。

 これ以上アイツらの話に耳を向けてると気分が悪くなる。

 さっさと終わらせてさっさと帰ろう。


 その一心で僕は扉を開けた。

 扉と床が擦れる。キキキキ、と錆び付きが酷い音が廊下と室内に響く。

 それに、中にいた人物がすぐに反応した。


「あ、時間通りに来てくれましたね」


 聞いたことあるような声だった。

 僕の不安も他所に、室内では戸塚の言う通り件のキヨサキさんとやらが椅子に座って待っていた。僕の姿を捉えると、背中あたりまで届く紙を揺らして立ち上がる。

 そうして目が合ったとき、思わず喉元で空気が固まった。


「あっ……!?あなた!」


「はい?」


「清咲とっ……と、とき、なが、さん?」


「時瀬ですよ。名前も知らずに呼び出したんですか?落城淘辞さん」


 キヨサキ、いや清咲さんは苦笑する。

 ようやく脳内でピーズが音を立ててはまった。目の前にいたのは、数日前ぐらいに中庭で出会った清咲時瀬さんその人だった。なんでここに至るまで思い至らなかったのか。改まって自己紹介までしたのに。

 予想外の事態、自分の鳥頭っぷりに頭が真っ白になりそうになる。


『あん?何やってんだあいつら』

『知らね。一旦止めるか?』


 どうにか我に返れたのは、薄く開いた窓から戸塚たちの声が漏れたからだった。

 い、いけないダメだ。一先ずは当初の予定通りに動かねば。


「え、えっと……お久しぶり?ですね」


「そうですね。まさか落城さんから呼び出されるとは思いませんでしたが」


「そ、その、清咲さんこそ。ちゃんと呼び出されてくれたんですね」


「……えぇ。別にお話を聞くぐらいであれば」


「あーその……すいませんわざわざ」


 適当に話しながら、さりげなく外側の窓が僕の背に、廊下側の窓が清咲さんの背に来るように移動する。影に控える戸塚たちが少しでもバレにくくなるようにと、あらかじめ命令されていた動きだ。

 夕陽の熱が僕の背に刺さり、夕陽の光が清咲さんを照らす。

 今回の光景は、案外画になるように思えた。

 その画の中で行われるのは低俗な行為だが。


「……それで、お話とは?」


 小首を傾げる清崎さん。

 そんな顔を見ると、さっきと比べて妙に早くなった鼓動を深呼吸でなだめる。


(落ち着け、別に相手が知り合いだろうと……知り合い?まぁともかく、顔見知りだろうとやることは変わらない。さっさと告ってさっさとフラれて、家のベッドに帰ろう)


 一瞬だけ酸が染みたような痛みが走ったが、気にせず続行する。

 窓の隙間から光るレンズに一瞬目を向ける。

 もう撮られてることは気にしても仕方がない。今さら止めようもないし、考えないようにするしかない。

 視線を動かし、僕を見つめる清咲さんと目を合わせる。……数日前に会ったときと同じく、綺麗な瞳だった。

 不意に後ろの窓から涼しい風が入り込んできて、僕と清咲さんの髪を揺らした。……神様なりに、このコクハクを盛り上げようと頑張ったのかもしれない。そんなことしなくていいのに。


「……清咲さん」


 心の中で三まで数えてから、僕はゆっくり口を開いた。


「……あなたが好きです。僕と付き合ってください」


 台詞を考えるのがめんどくさかったから、結果的にシンプルなコクハクになった。

 対面にいる清咲さんが目を見開き、廊下から笑い声が上がった気がした。

 だがそれらもどうでもいい。

 清咲さんがなにかアクションを起こす前に目を伏せる。

 こんなの茶番だ。清崎さんの綺麗な顔が嫌悪で歪むのなんて見たくない。

 どうせフラれて終わりなのだ。そして廊下にいる戸塚たちにネタを提供して終了。

 今日はただの、いつもとは趣向が違うだけの、今までと同じようないじめなのだから。僕も戸塚たちも、明日にはこの事を忘れて別のいじめに興じていく。

 それで終わるはずだったのに。


「──いいですよ」


 一瞬、耳がおかしくなったかと思った。もしくは、前にあるはずだった言葉を聞き逃したのだと。


「へ?」


 様々な混乱をもって、思わずそんな声をあげてしまう。清咲さんは聞こえていなかったと判断したのか、薄く笑いながらまた言った。


「ですから、いいですよ。お付き合い。これからよろしくお願いしますね、落城さん」


 人生における『驚きの瞬間』ランキングを駆け上がった時だった。小五の頃の、『昨日手に入ったばかりのレアカードを学校で自慢したら翌日なぜか無くなっていた』を抑えて余裕の一位だった。

 いやいや、バカなことを言ってる場合じゃない。頭のハテナマークが増殖していく。意味がわからない。

 まさかオーケーされるなんて思っていなかった。ていうか、オーケーされたら困る。


「あっ……え、その……おーけー……なんですか?えっ、ほんとに?」


 慌てて何かしら話そうとするのだが、口から出るのはただの言葉モドキだった。対して清崎さんは平静なまま、悪く言えば何を考えているのか読みきれない表情のまま告げる。


「はい。ですが、私たちまだお互いの名前ぐらいしか知らないので……これからお互いのことを知っていくというか、友達から、という感じでもよろしいですか?」


「あっはい、あの、僕の方は全然……」


 いや良くないだろ、と大脳がツッコミをいれた。

 なんだか話が変な方向に行ってる。不味い。このまま付き合ったって彼女に申し訳ないだけだ。早く軌道修正しなければ。


「あの、清咲さ──」


「それじゃあ私、今日はもう帰らないといけないので……また明日、昼休みにでも」


「えっ、ああ。了解、です」


「それでは、これからよろしくお願いしますね」


「こ、こちらこそ」


 一度頭を下げてから、清咲さんは教室を出ていった。でていってしまった。

 僕が途方に暮れているとまた扉が開き、入れ替わりに戸塚たちが入ってくる。


「ははは……いやいやおいマジかよ……!」


 戸塚は、ドッキリが思わぬ方向へと派生した仕掛人のような顔をしていた。

 相変わらず不快な顔だが、今回はそれ反応する暇はなかった。


(本当に……僕、清咲さんと付き合うことになったの?)






 これからよろしくお願いします?

 何をどうヨロシクすればいいんだ?


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