プロローグ①
階段を文字通り転げ落ちた。
世界が回り、頭がどっちかわからなくなる。段差に体をぶつける度に速度が上がっていき、地面が急速に迫ってきた。
階段を落ちきってからも数回ほど視界が回って、ようやく止まる。グラグラの視界の中で目を開けると自分の左手があらぬ方向へ曲がっていた。
その後、僕を落としたいじめっ子たちを教師がちゃんと裁いてくれなかったのが、僕が決定的に『いじめ』に絶望し、解決を諦めた話。
小学校の頃から僕───落城 淘辞はどうにもイジメの標的になることが多かった。叩くと面白いのか、面白くないから叩かれるのか。そのあたりはわからないが、とにかく僕はずっといじめられていた。
上履きを隠されるのは日常茶飯事だったし、雑誌の懸賞で当てたノートを破かれたり、提出した宿題をどこかに隠されたり、顔を殴られて鼻血を出したりするのもしょっちゅうだった。
なぜ僕がそんなことをされるのか、訳がわからなかった。他の人は普通に生活してるのに、なぜ僕だけ。
家に帰り、鏡で自分の容姿を確認してみる。三面鏡には冴えない顔が映る。
だがそれは、特別に醜悪というわけではない……と思った。少なくとも見るだけで殴りたくなるだとか、そんな顔ではないと……信じたい。
だとしたら、余計に何故なのか。
訳がわからないまま、服の袖を涙で濡らした。
やがて、僕は誰かに相談することを検討し始める。小学三年生から五年生までの二年間をもって、独力で解決するのは不可能だと遅まきながら気づいたのだ。
しかし、一体誰に相談すればいいのだろうか。色んな人が浮かぶ。
父さん、母さん、兄ちゃん、先生、ロクちゃん、マーくん……。
考えたが、とりあえず親は真っ先に却下した。
『他人に突っかかられたら、自分に非がなくてもとりあえす謝っときなさい』と息子に教育するほどの事なかれ主義の両親には、伝えたところで効果は期待できない。あなたが謝りなさい、といつものように言われるだけだ。
だから、考えた末に僕は担任の先生に相談することにした。
当時の担任は、ギャグが面白くて昼休みに生徒と遊ぶなど、距離感が近く親しみやすい先生だった。
そんな先生だったから、僕は勇気を出して相談することができた。それに、低学年の頃の先生っていうのは神様のような、何でもできてしまうような人間という偏見があったから、きっとなんとかしてくれるのだと思っていた。
「……そんなことを、されていたのか」
話を聞き終えた担任が腕を組んで下を向く。
そのまま五秒ほど唸ったあと、担任は客と接するときの店員みたいな笑みを浮かべて言った。
「よし、先生に任せとけ。色々調べとくし、あいつらにも言っとくから。だから今日はもう帰りなさい」
軽く頭を撫でながらの言葉に、胸がスッと軽くなったのを感じた。子供ながらに、この人を頼って良かったと思えた。
それ以降、その担任といじめについて話すことはなかったし、いじめは止まらなかった。