第七話 社長の判断
特別品には思わぬ特性が秘められていた。
そのことを知った社長が下した判断は、
「問題ない。通常品も特別品も予定通りのペースで販売を続ける」
というものだった。
「いいのかよ? これを使えば他の企業もダンジョンアイテムを活用した新商品の開発が容易になるんだぞ?」
場所は会議室で常務や副社長などの事情を知る人物しかいないので口調も普段通りで問いかける。
いずれバレるにしても初めの内はウチで独占して利益を得るべきではないか。
俺はそう思ったのだが社長の判断は違ったらしい。
「完全に隠せるのならそれもありだったかもしれないが、既に幾つかを売り払った後だ。今更隠したところで発覚するのは時間の問題だろう。世界ダンジョン機構にも現物を渡してしまったからな」
あるいはもうバレている可能性すらあると社長は言う。
「この件で楽観視はできない。既にバレていると思って行動するべきだ。その上でバレても問題はないと私は判断している」
仮に特別品を使って新たに画期的な商品が作れたとする。だがそれを量産するためには社コーポレーションが販売している特別品が必要不可欠になる訳だ。
仮にウチと敵対する企業が開発に成功したのなら特別品を売らないなり、逆に高値で売り付けて稼がせてもらえばいい。
特別品という絶対的な素材を有しているのがウチだけなら優位性はそう簡単には揺るがないということらしい。
「それよりも問題は特別品を作った当事者であるお前ですらその特性を完全に把握し切れていないという点だ。錬金真眼とやらでも分からなかったんだな?」
「ああ、分かっていたならこんな重要な情報、すぐにでも報告していたさ。残念ながら錬金真眼の鑑定能力は錬金術師の秘奥の強化の対象外で、あくまでレベル通りにしか効果を発揮しないらしい」
これは錬金真眼に限った話ではないのだが、スキルもジョブも習得したからといってその全てが分かるようにはならない。
中には習得できてもどうやって使えばいいのか分からないスキルなどもあるくらいだ。
それらを一つ一つ検証する手間があったからこそ五年もの月日があっても中々上の探索者が生まれてこなかったという背景がある。
仮にそういう手段を確立しても自分の強みをわざわざ他人に教えるような奴は少なかったし。
「ジョブやスキル、ダンジョン関連のことについてはまだまだ不明なことが多いと聞く。ならばそれはそういうものだと割り切るしかないだろう。それよりこのことを踏まえてお前にはやってもらわなければならないことが出来た」
「分かってるよ。他に負けないように特別品を量産して研究開発を進めるんだろ?」
またダンジョンが遠ざかる。
そう内心では溜息を吐いていたのだが、社長の言葉はそれとは正反対のものだった。
「いや違う。お前はしばらく特別品の作成よりもダンジョンでの活動を優先してもらいたい。具体的に言えば可能な限り早く錬金真眼とやらのレベルを上げるんだ」
「……俺は大歓迎だけど、いいのか?」
「この件に関しては俺達が対処するから問題ない。それよりも今後も同じようなことが起こる方が困る」
だから早く鑑定能力を強化して分からないことがないようにしろ、そう命令された。
なんて素晴らしい命令だろうか。
今なら社長に忠誠を誓っても良いとすら思える。
「お前さえ良いのならスキルレベルアップポーションを使ってでも早急に対処してほしいが出来るか?」
「あー……レベルⅢまでならすぐに出来るけど、その先はそれらを使ってもまだ無理だな」
レベルⅣまでならレシピ数などの条件は満たしているのだが如何せん要求ステータスに届いていない。ステータスがALL100あればレベルⅢ、レベルⅣにはALL150が必要なのだ。
でもどうやら社長の言う通りランクアップだけでのんびりそれを満たしている場合ではなさそうだ。
俺はこれまで取っておいた各種ステータスアップポーションを使うことを決断する。
現状でもダンジョンで極稀にドロップする低位のステータスアップポーションは呑めば1だけ該当ステータスを上昇させる。中位なら4で上位なら7だ。
これも品質によっては上昇値が更に上がるみたいだが今は関係ないので置いておこう。
「でもここでは使えないぞ。ダンジョン外で効果が半減したら勿体なさ過ぎるからな」
「だったら後のことはこっちでどうにかするからお前はダンジョンにでも行ってさっさとレベルを上げてこい。早上がりでいいから」
「その命令、確かに承りました。社長」
感謝の気持ちを込めて慇懃無礼に応えたのだが、その態度はお気に召さなかったようだ。
非常に嫌そうにしっしっと手を振られながら俺は追い出されるようにして会議室を後にする。
もっともすぐにダンジョンに行けることもあってその流れに逆らわずに自分から進んで出ていった面も否定できないが。
(何はともあれ久しぶりのダンジョンだ!)
ここまで来た時とはまるで違うウキウキした足取りで俺はその場を後にするのだった。
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