第六話 秘密の精神(MID)修行
本日のダンジョン攻略は一人で行う。
というのもそのダンジョンは日本政府が把握していない野良ダンジョンだからだ。ここのことはパーティメンバーにも教えていないし愛華にも教えられない。
最初の頃は我流でダンジョン攻略をしていた俺だったが、やはりそれでは限界があると感じて幾つかの道場などを回ってきた。
その中で自分に合っていると思ったここでしばらくお世話になったことがあるのだ。
どうして自分に合っていると思ったのか。
それはこの道場主が自宅に出来たダンジョンを隠蔽しており、そこでこっそりと鍛錬を積んでいたからだ。
要するにダンジョン狂いの自分とよく似ているとシンパシーを感じたのである。
無論の事、発生したダンジョンを政府に報告しないことは違法であり罰則もある。それを知った上でこの道場の主は隠蔽をしているのだ。
もっとも転移するタイプなので氾濫の心配はないからこそだが。
そうでなければ流石の俺でも報告するように促している。
山奥にあるとは言え魔物を溢れさせたら周辺への被害や影響は避けられないのだし。
「ほうほう、随分と懐かしい顔じゃのう」
「お久しぶりです、龍道寺先生」
人里離れた山奥という辺鄙な場所にある寺。
そこの一角に道場を構えて近所の子供などに古武術全般を教えているのがこの龍道寺 天慶という老人だ。
寺の坊主でもあるそうだが、実際に坊主として働いているところを見たことはないので若干その点は怪しんでいる。
「それで今日も籠るのか?」
「ええ。色々あってしばらく来られなくなりそうなので、今の内に可能な限り潜らせてもらおうかと」
「構わんよ。以前に好きにせえと言ったのは他ならぬ儂じゃからのう」
回復薬が作れることが表沙汰になったら監視の目が付くのは避けられない。
その状態でここに来ると隠蔽しているダンジョンがバレてしまうかもしれないので、今日を一区切りにしてしばらくは来ないつもりだ。
そうしていつものように山の中の獣道を歩いていく。舗装されていない道なき道なのでこの先に行くのは偶然奇跡的に迷い込む奴を除けば俺のような奴だけ。
その獣道の先にあったのはボロボロになった地蔵を祭った壊れかけの祠だ。昔はともかく今は誰も手入れしに来ない場所なので汚れも溜まりやすい。
それでも龍道寺先生が掃除しているからかそこまで汚くなかったのは幸いだったろう。
その地蔵を持ってきた掃除道具で綺麗にしていく。別に善行を積もうとか考えている訳ではない。
これがダンジョンに入るために必要なことなのだ。
龍道寺先生があえて黙っていたのもこれが理由の一つなのだと思う。
まさか地蔵菩薩がダンジョンの入口だなんていったい誰が想像できただろうか。
汚れを拭き取って準備完了。目を閉じて両手を合わせてお祈りすればあら不思議。
目を開けた時には既にダンジョンの中に転移していた。
このダンジョンは階層などなくあるのは最初の1フロアだけで現れる魔物も一種類のみ。
「さてと、やりますかね」
目の前で黒い影が集まっていき人の形を成していく。それは他でもない俺だ。
このダンジョンに現れる黒い影は入った対象のことを写し取るかのようにして影が形を成す。
そしてその形を成した影は現在の俺と全く同じステータスやスキルになるはずだ。
つまりここはそういう数値的な面では完全に互角な敵と戦える貴重な場所なのである。
集まった影の一部が剣をとなって構えを取る。自分では見たことはないが、その構えを知らない訳がない。
誰でもない俺自身がいつも取っているのだから。
踏み込むタイミングも繰り出す斬撃の速度も軌道も全く同じ。
だからこそこのダンジョンは通常なら一人で潜ってはいけない。普通ならどうやっても相打ちに持ち込むのがやっとだからだ。
だがそんな場所に俺は悩みがあった時などよく潜ったものである。龍道寺先生に至ってはほぼ毎日ここで掃除と鍛錬をするのが日課というのだから恐れ入るしかない。
ここで相手に勝つためには入った時よりも何かしらの強みを見つけなければならないからだ。
そうでなければここでの勝負は引き分けで終わる。
(まあ今日の俺は剣技覚醒の性能を見極めるのが主なんだけどな)
G級の魔物だと弱すぎてその性能を十分に発揮することができない。その前に敵を片付けてしまえるからだ。
だからこそ今日はここで限界に挑むつもりだ。
剣技補正よりも強い剣技覚醒がどこまで俺を高みに導いてくれるのか確かめるためにも。
袈裟切りを半身になって回避される。
その隙を狙って頭に放たれた突きは首を傾けることで避ける。
薙ぎ払えば下がって範囲外に逃げられ、斬撃を放つと見せかけて繰り出される蹴りはこちらも足を上げて蹴り払う。
まるで約束組手でもしているかのように延々と決定打に欠ける攻防を繰り返す。
その速度は段々と速まっていくが、それでも中々攻撃が決まることはなかった。
(良い感じだ。集中できてる)
剣を振れば振るほど集中力が増していくのが分かる。
どうすれば今よりも鋭く重い斬撃が放てるのか、剣技覚醒のスキルがそれを自然と教えてくれるのだ。
それなりの時間を掛けて徐々にその動きを学んで実践に移していく。
しっかりと理解して自分の身に刻み込むのを忘れずに。高まったINTがそれを補助してくれる。
そうしてどのくらいの時間が経っただろうか。気付けば俺は互角だったはずの影を圧倒していた。
こちらの攻撃を必死になって防ぐ相手はもはや防戦一方。
最終的にこちらは一撃も受けることなく相手を滅多打ちにして勝利した。
「ふう、良い感じだな」
これだけ速く勝てるのはこれまでになかった。
いつもはもっと時間が掛かった上で辛勝だったというのに。やはり剣技補正よりも剣技覚醒の方が効果が高いのは間違いない。
「さてと、もう一セットだ」
あいつはダンジョンボスなので魔石をダンジョンコアに返却すれば再度出現する。
しかもそれは現状の俺のことを読み取った状態で。だからまた俺が勝つためには今よりも強くなるしかない。
そんなことを何度も何度も繰り返していたら、いつのまにかランクが上がらずともMIDが上昇するなんて奇異な出来事が何度かあったりもしたものだ。
なお、俺は五年間で上がったのは5だけだったが、龍道寺先生は8まで上げたというのだからとんでもない。
(今日で6に出来たらいいけどな)
そう思いながら過去の自分の動きを頭の中で分析して粗を探す。
高いINTがそれを容易にしてDEXがその修正を容易にする。
力強い動きを求めればSTRやVITが効果を発揮してAGIによって素早い動きもこなす。
その上でMIDによって落ち着いた精神が高速で動いている最中でもミスを誘発することを抑えてくれる。
あるいはLUCによって高まった直感とやらも影響しているのだろうか。
このように前衛だろうが後衛だろうがステータスには無駄な項目など存在しない。
どんな戦闘スタイルでも有効活用の仕方は幾らでも思いつくし、それを磨くことで更なる活用方法が生まれる。
そこに終わりなんてない。
そこに勝手に限界を作って努力を怠る奴がステータスに溺れるのだ。
俺はそうならないためにもひたすら剣を振るって振るい続ける。
残念ながらMIDが上昇することはなかったが、それでも非常に有益な収穫を得て俺は帰還するのだった。
このダンジョンは特殊でランクの経験値が溜まりません。
なのでランクアップはしないです。
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