幕間 勘九郎の交渉
明日も9時と17時に更新するのでお見逃しなく。
なお1000ptを超えたみたいですね…汗
イェーイ!
全ての準備を整えてから私は決戦の場所へと向かっていた。
場所は相手側から指定された協会本部の会議室。今回私は体調不良で来られなくなった八代夜一の代理人という形で副本部長と一連の件の処罰についての話し合いをすることになっているのだ。
夜一君でもこの話し合いはできなくはなかっただろうが、万が一にでも真偽看破などのスキルで嘘を見抜かれる訳にはいかない。今の彼が抱える情報はあまりにも影響力があり過ぎる。
下手にその一端でも漏れれば日本どころか世界中で大混乱が起こりかねないほどに。
だから当事者ではない私が間に挟まることで、本当に辿り着かれたくない情報は何としてでも隠し通さなければならない。
(幸いなことに私の探索者としての一番の目的は達成されたのだからね)
通された会議室で出されたお茶に口をつけながら待つこと30分ほど、ようやく待ち人がやって来た。
大柄で肥えて太ったその明らかにだらしない身体は怠惰な生活を送っているのが簡単に窺える。
朱里達の調査でも裏で色々と悪さして稼いでいるのは確定しているのでこれは根も葉もない暴言ではない。
「待たせたね。それで君は一体何の用かね?」
約束した時間から大きく過ぎているのにそれだけ。こちらを対等な相手と思っていないのだろう。尊大な態度だけでもそれが察せられる。
それに処罰についての話し合いを行う予定のはずなのに、何の用とはどういう意図があっての発言なのか。
「事前に連絡していたと思いますが私は中川原勘九郎という者です。今日は薬の副作用で来られなくなった八代夜一の代理としてここに来ています」
「それは分かっているよ。私が言いたいのはいくら弁護士や代理人などを用意しても無意味だということだ。何をしようと私は決定を変えるつもりはない」
そんなことを言いながらこうして私達以外の誰もいないところで話し合いに応じているのには理由がある。
「それではあなたが例の期間中にどこへ出張していたのか表沙汰になっても良いということですか?」
「確かにそれをバラされたら面倒ではある。だがそのくらい揉み消すことはいくらでも可能なんだよ、君」
こうして一対一で会えたのでその手札の効果はあったようだが、これだけでどうにかなるほど甘くはないらしい。
あるいはこの話し合いまでの間に揉み消す算段が付いたか周囲への根回しが終わったのか。
「それよりも君こそこんな写真で脅しを掛けるなんてどうなるのか分かっているのかね?」
「分かっているとはどういう意味ですか?」
「ダンジョン協会本部副本部長の私に逆らっておいて今後探索者としてやっていけるとは思わないことだよ。それにしても可哀そうに。君が医者という立場を捨ててまで助けようとしている細君だが、君が探索者として活動できなくなったら万が一でも目覚めることはないだろうね」
この時点で確定した。こいつは必ず潰す。
徹底的に潰して地獄を見せてやろう。例え夜一君があまりの俗物に興味を失って放置すると言い出してもその時は私がやる。
実際にはその脅しはもう何の意味もない。既に妻は彼から提供されたこの世に数本しかない貴重な中位体力回復薬で目覚めているからだ。念のためにその事実の発覚を遅らせるために社コーポレーションと縁が深い病院に移動してから秘密裏に行なっておいて正解だった。
だが何の意味がないとしても妻を脅しに使った時点で私の逆鱗に触れたことには違いない。
それにこんな奴が本部の副本部長という地位に居座っているなどダンジョン探索において害悪以外の何物でもないので、なるべく早めに退場してもらうことにしよう。
「それは……困ります。私はそのために探索者になったのですから」
「残念だが私に逆らった罰だよ。今更後悔しても遅いね」
「ま、待ってください。私はあくまで薬の後遺症で来られない彼の代理で話をしに来ただけです。副本部長のあなたに逆らうつもりでは決してありません」
そんな本心を隠して動揺している風を装う。それを見て奴はニタニタと笑っていた。
「それじゃあその逆らうつもりがないことを証明してもらおうか?」
「……私に何をさせたいのですか?」
「いいね、君。話が早くて」
自分が有利に事を運んでいると思い込んでいるのだろう。
この男は余裕たっぷりに私に命令してきた。
「君にはこれから八代夜一と社コーポレーションの関係者と仲を深めてもらって、そこで得た情報をこちらに流してもらう。それとこの写真を撮った奴らについても分かっていることがあるなら教えてもらおうか。今回の件で逆恨みされてまたこんな写真を撮られたら溜まったものではないからね」
逆恨みとは随分と勝手な言い草だが、ここは従うふりをするのが重要なので黙っておく。
「写真は私には分かりません。恐らくは社コーポレーションと付き合いのある探偵などを使ったのでは?」
「ふむ、まあそうか。それで肝心な方の返答は?」
「私に彼を裏切れということですか?」
「不満かね? それとも彼の方が君にとって大事なのかな?」
「……確かに彼は元パーティメンバーなので親交はありますが妻と比較する対象ですらありません。分かりました、その条件を受け入れます」
「実に賢明な判断だ。昔から言うだろう? 長い物には巻かれろってな」
愚か者が騙されていることに全く気付くことなく交渉の成功に喜んでいる。
私としてもその方が助かるが、こんな人物が本部の副本部長という地位にいるなんて日本の省庁や政府は大丈夫なのだろうかと素直に心配になる。
(あるいはここまで恥知らずに他人の足を引っ張れるからこの地位になれたのか)
そう言えば医者だった時も腕の良さが地位に比例するかと言えば決してそうではなかった。
派閥争いに長けていたり媚びを売るのが上手かったりなど、医者としての腕とは関係ない部分で出世している奴が腐るほどいたものだ。
そういう意味ではこんな奴が出世しているのもある意味では正しいのかもしれない。残念ながら世の中がそう回っている以上は仕方がない面もある。
(もっともあの夜一君の敵になった時点でこいつの命運は尽きているが)
こいつは私なんかよりも数倍、下手をすれば数十倍も敵に回してはいけない相手に喧嘩を売ってしまったのだから。
「スパイをすることは承知しました。ですがこのままではそれを行うのは難しいので幾つかお願いを聞いてもらいたいです」
「ふむ、言ってみたまえ」
「その前に信頼してもらうために幾つか情報をお渡しします」
そう言って私はある写真を取り出した。
「まず確認なのですがあなたの目的は、八代夜一本人というよりはその父親が社長を務める社コーポレーションで間違いはないですね?」
「まあそうだね。あの小僧も鬱陶しいから消えてもらいたいが本丸はあの会社だ」
まあ一介の探索者よりも自分と対立する会社の方が目障りなのはどう考えても明らかだったので、そこに驚きはない。やはりその過程で夜一君は巻き込まれた形になったらしい。
「現在の社コーポレーションでは回復薬の作成ができないか極秘裏に研究しているようです」
「そう噂は聞いていたがやはりそうだったか」
「彼らは薬師で傷薬が作成できた経緯から何らかのジョブやスキルが回復薬作成に必要ではないかと考えたようです。その過程で探索者であった八代夜一が錬成術師となりスキルで作成できる物質を使って研究を進めている」
これらの情報は流して良いと許可を得て流しているので問題ない。
「やはりそうか。くそ、こちらではまだ錬成術師の確保ができていない。万が一この考えが正しかった場合後れをとることになる」
製薬会社が関わっていると聞いて予想していたが、そこも回復薬を作ろうとしていたようだ。だからこそライバルと成り得る相手を何としてでも潰したいのだろう。
「錬成術師は第三次職なのでそう簡単になれるものではないですからね。ですがそれについてはご安心を」
取り出した写真を見せる。そこにはある人物のステータスカードが映っていた。
「これは!? いったいどういうことだ?」
「御覧の通り社コーポレーションの頼みの綱だった彼のスキルは使い物にならなくなっています」
その写真には八代夜一という名前とランク1という部分だけが映っていた。
「流石に堂々と写真を撮ることは出来なかったので一部しか映っていませんがそれでも十分でしょう。今の彼はランクが1。つまり第三次職の錬成術師になる資格を失っているのです」
「一体何があった?」
「彼自身も詳しいことは分かっていないようです。ですが試練の魔物と戦う際に強化薬を重複して使用した副作用ではないかと考えていますね。そのせいで何日も体が重くて入院していたようですから。今日この場に彼が来られなかったのはこれが原因です。元に戻せないのか、そしてその原因特定のために色々と密かに研究をしているのでしょう」
原因については嘘っぱちだが彼のランクが1に戻っているのは本当のことだ。
「これが本当なら奴は錬成術師ではなくなって素材を作ることはできなくなったと」
「疑うのならご自身でも確認をしてみてください。そしてこのことに嘘がなかったのなら私のことを信頼していただきたい」
「いいだろう。だがこんな物を初めから用意していたところを見ると君は元々彼を裏切るつもりだったのかね?」
「いいえ。ですがいざという時に寝返るための準備はしていました。私の前職でもこういう汚いやり方は往々にして行われていましたからね。身の振り方については常日頃から考えていますよ」
こういう時に元医者という立場が思いのほか役に立つ。そんなことは全く考えたことがなくてもそれっぽく言うと大概の人は信じてくれるからだ。
「ははは! いいね、君。その身の振り方を弁えているところは気に入ったよ」
「ありがとうございます。それでこの件を踏まえて先ほど述べたお願いですが、彼の資格剥奪は止めて降格にすることはできませんか?」
「降格だと?」
「はい。あなたが心配している錬成術師としての彼はもう存在しません。ただランクをそのままにしておくとCランクのダンジョンに潜れてしまう。そうなるとランク1の彼がかつての仲間を頼ってレベリングできてしまうかもしれない」
「確かに。上のランクのダンジョンでは手に入る経験値も高いと聞くしね」
彼を知るのならそんなことをするような人物ではないのは分かるはず。だがこいつは愚かにも自分の物差しでしか人を測れない。
だから見誤る。
「ですがG級まで降格処分にしてしまえば入れるダンジョンもまたG級までになります。こうなるとレベリングしようとも魔物そのものが弱いため効率が悪くならざるを得ない」
「だがそれも他の者の協力があれば可能ではないかね?」
「それは確かにそうです。ですがそれを言うなら他のG級でも同じことでしょう。むしろ彼のようにランク1ではないランク5か10くらいの生活に困っている探索者を金で引っ張った方が効率的のはず。ですが社コーポレーション、もっと言うのならはあそこの社長は片目を失った息子に会社で特別顧問としての立場をわざわざ与えた。それは彼がすぐに錬成術師となれる条件を満たしていたのもあるでしょうが、親としての情があってせめてそうすることで息子である彼が会社に居られるようにしたように思えませんか?」
これも実際には全く違うのだが、会社内ですらこういう根も葉もない噂が出るくらい人は勝手に物事を自分の都合のいいように思い込むものだ。
「まあそれは分からなくもない話だね。私も子を持つ親として仮に息子が苦境に陥ったのなら手助けをしてやりたいという気持ちはある」
「その社長が仮に息子がランク1になってしまって、その息子本人は探索者の夢を諦められないとしたら? 可能性の話ですが、多少は手間が掛かってもその息子を支援するかもしれません」
「そうなれば下手な奴を選ぶよりも回復薬作成の研究を遅らせることができるかもしれないということか」
「はい、その通りです。あとは資格剝奪の場合、彼の日本での探索者としての活動は終わります。そうなった時に息子に対してこれだけ情に厚い社長が何をするか私には予想できません。最悪の場合はそうなるように仕向けた人物。つまりあなたやその関連会社に報復行為をすることも完全に否定はできないのではないでしょうか?」
「そ、そこまですると? 私はあくまで規則に沿って罰則を決めただけだぞ」
「恐らくはないと思いますが確実にないとは言い切れません。そしてもしその万が一の事態が起こった場合はどちらが勝っても大きな痛手を被ることになるでしょう。あるいはそれを狙って第三者が社コーポレーションを煽るかもしれません」
「むう……」
帝命製薬だけでも社コーポレーション以外のライバル企業は腐るほどいる。その中で汚い手段を厭わない奴らが折角の敵同士が潰し合ってくれるかもしれない好機を黙って見ているだろうか。
自分も同じことをやるからこそこいつは知った以上はその懸念を捨てきれない。
「そうならないために最低限の探索者として活動できる道は残しておいてください。またこうしておけば同じ探索者として私が彼に手を貸すふりをする機会が得られます。その機会を通じてあちらから情報を取ることも容易になるはず」
「……まあ話は分からなくもない。だがここまでの話は出来過ぎているようにも思える。いざという時に君が私を裏切ってあちらに寝返る、あるいは初めからこの提案を通すために詭弁を弄しているとは考えられないかね?」
流石に気付いたか。まあそんなことも分からない大間抜けではこれまで他人を貶めてきた際に反撃を受けているだろうから当然かもしれない。
だが残念ながらその返答はこちらの予想範囲内だ。
「妻のことだけでは心配だということですね。でしたら私が絶対に裏切らないという証明をさせてください」
「証明だと?」
「はい。近い内にどうにかして回復薬研究のデータを一部だけでも盗んできます。そんなことが発覚すれば私は完全に彼らからの信頼を失う上に裏切り者となった私を彼らはきっと許しはしないでしょう。その証拠をあなたが握っていれば私が裏切らないと信じられるのではないですか?」
「ふむ、そうだな。そこまでするのなら私も心配なく認められる。だが可能なのかね? あちらもバカではないから研究データの外部流出なんて最も警戒しているだろう」
それは当然だ。だからこいつに渡すのは流しても問題ない研究内容にすることになっている。
もっと正確に言うのならその内容には一片たりとも嘘偽りはないが、それを鵜呑みにすると痛い目を見るという罠のような内容だ。そしてそれに気付いた時には手遅れになるような。
「お忘れですか? 私は元医者です。そしてその気になればすぐに錬成術師になることが可能な探索者でもある。彼の推薦を受けて私が素材を提供するとしたらあちらも快く受け入れてくれることでしょう。そうなれば潜り込むことはそう難しいことではない。勿論そうなった際にはあなたの方にもこっそりと素材は流させてもらいますよ。その際は無料とはいきませんが」
「おいおい、君はこの状況を利用してそれで稼ごうという魂胆か。まあいいだろう、奴の処分については保留にしておこう。そして君が信用できる情報を手に入れてこちらに流した際は君の言う通り降格処分にすると約束しよう。期待しているよ」
「ありがとうございます」
これでこちらの目的は達せられた。
彼は罰金についてはどうでもいいと言っていた。試練の魔物からドロップしたアイテムをオークションでも出せばすぐにでも返せるだろうし、それはしなくても稼いでみせるからと。
だから私達の狙いは資格剥奪の撤回のみ。そしてとある理由でG級ダンジョンからやり直したい彼にとって降格はむしろ好都合な罰だ。
だがそれを悟られないために、帝命製薬で今よりも効果が高い回復薬が作成できた際は譲ってもらえることなど実際にはどうでもいい内容で更に交渉しておく。
(そんな日は一生来ないだろうがな)
そうして後日、私は元々渡すつもりだった研究データを流すことで奴の信頼を勝ち取ることに成功したのだった。
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