第十四話 御使い アマデウス
全員で青色になったダンジョンコアに触れる。すると次の瞬間には別の場所へと移動していた。
壁も床も真っ白な何もない空間。ダンジョンでもこんな光景は見たことがないし聞いたこともない。
「ここはいったい……?」
愛華がそう呟いている。なんだかなりゆきで巻き込んでしまって申し訳ないが、万が一あの場に残して試練の魔物が復活した場合は大変なことになる。それにもしかしたらこれらのことは色々と知ったら不味いことの可能性もあり得た。
だから下手に一人で帰すわけにはいかない。そういう思惑もあって彼女にもここに来てもらうことにした。
「待っていたよ、よく来てくれたね」
そこに唯一色を持った人がいた。その声には聞き覚えがある。そしてその姿にもどこか見覚えがあった、
「あんた、試練の魔物か?」
「まあおおむねそうだね。少なくともその記憶を持ってはいる。ちなみに先ほどまで君達と会話していたのも私でコア越しだとうまく言葉が伝わらなくて困ったよ。ああ、長い話になるから適当に座ってくれ」
奴が手を振ると五つの椅子がどこからともなく現れてその内の一つに奴が座る。
「改めて自己紹介をしておこう。私の名前はアマデウス。君達に試練の魔物と呼ばれていた存在の中身、みたいなものかな。厳密には滅んだ異世界の御使い……では分かり難いか。まあ別世界の天使みたいな存在だと思ってくれればいいよ」
背中に天使の羽を持たない御使いのアマデウスは人間臭く笑いながらそう言った。
◆
異世界の御使い。まあダンジョンなんて不可思議な存在があるのだ。異世界や天使だって存在してもおかしくはないのかもしれない。
「それでその御使いとやらのあんたは何を話してくれるんだ?」
「我々御使いは試練を乗り越えた対象には最大限の敬意を持って対応する。要請があれば可能な限り応えるし質問には嘘偽りなく答えることをここに誓おう。そしてその対象とはつまり君だ、八代夜一。私が知ることで君が聞きたいことには何であろうと答えるよ。ただいきなりこう言われても何を聞いていいか分からないだろうから、我々がこの世界に来ることになった経緯から説明しようか」
アマデウスはそうやって自分達が滅んだ経緯について話し始めた。
「我々の世界は天神族と地神族という存在が世界を支配していた。神という名がついているがまあそう呼ばれるだけの特別な力を持った種族だと思ってくれたらいい。それらの二大神族は長年対立しており、それぞれの神族に仕える御使いと呼ばれる存在もいた。分かり易く言うならば神に仕える天使のようなものだね。そしてその内の天神族に仕える一人が私という訳だ」
神に天使とは、まるで神話の物語のようだ。
「天神族と地神族の争いは長い年月の果てに激化していき、最終的にはその世界そのものを破壊することとなってしまった。この世界風で言うなら核戦争の果てに地球が荒れ果てて生命が活動できない死の星になってしまったようなものだね」
アマデウスは終末戦争と呼ばれる神族同士の最後の大戦で命を落としたと軽く言う。
「大戦の影響は本当にひどくてね。二大神族も生き残りはほんの僅かしかいなかったらしい。また仕える御使いもほとんどが死んだこともあって我々の社会システムは完全に機能不全に陥った。戦争によって荒廃した世界は神族でもまともに生きていける環境でもなくなって滅びは確定的。神族も御使いも絶滅する運命が定められたのさ」
大戦によって生き残りは僅かな上に文明崩壊どころか生きていける場所すら消滅してしまっていて、もはやまともに生きることが出来なくなった世界。
そこにいてももはや先はない。
「それでもそこで生き残っていた一部の神族は滅びの運命に抗うべく荒廃した故郷を捨てて旅立った。君たち風に言うと死の星となった地球を捨てて宇宙に旅立ったのさ。そして長い年月の果て、奇跡的に自分達が生きていけそうな世界を見つけた。それがここの世界さ」
だが待望の新しい世界には既に原住民が存在していた。
俺達のことだ。
更に果てしない長旅をしてきた神族は疲弊し切っていた。それも手段を選んでいられないくらいに。
「その結果、早急に神族が活動できる環境を整えるための地球異世界化改造が行われることとなった。それこそ君達がダンジョンと呼ぶ施設のことさ」
それがダンジョン発生の理由。俺達はその天神族や地神族によって知らず知らずの内に侵略されていたというのか。
「ただ余程切羽詰まっていたのか神族も焦っているのだと思うよ。ダンジョンではどういう訳か君達に神の力の一端を分け与えるようになってしまっている。ステータスやスキルなどのことだね。君が私を倒したように、それらの能力は我らに死を齎すことが出来る力だ。普通はそんな危険な力を易々と与える訳がない」
だがそれは現在でも継続している。それほどまでに生き残っている神族は追い詰められているのだろうか。時間がないのか、はたまた何か別の理由か。
「神族の中でも意見が割れているのかもしれない。原住民を排除して自分達が新たなこの世界の支配者となるか、そんな力はもう残っていないから共存の道を探っているのか。あるいは新たに同胞たる神族を生み出そうとしているのか。まあその辺りのことは私にも分からないので確定的なことは何とも言えないけどね」
「あんたにも分からないことがあるのか?」
「当然さ。そもそも元の私は大戦時に死んでいる。それでも保管していた魂を使ってこの世界で再生しようと試みた結果が失敗作のあれだよ。まともに言葉も交わせない化物になっていたのを君も見ていただろう?」
それが試練の魔物。
では他の試練の魔物も同じような御使いなのだろうか。
「その可能性が高いね。あれは出来の悪いクローンに死んだ御使いの記憶を移植したような存在だ。どれも失敗作ばかりで大半は記憶が混濁して理性もほとんど失った化物に過ぎない。私がこうしてまともに自我を取り戻せたのは、奇跡的にダンジョンコアという高度な制御装置であり環境適応装置の演算領域を乗っ取ることができたからだ。だがダンジョンを使ってこの世界をいち早く異世界化したい神族側からしたらそれは絶対に避けたい事態のはず。貴重なダンジョンコアが私達のような出来損ないのクローンを生かすために使われればその分だけ本来の目的に遅れが生じるか、下手すれば目的そのものを果たせなくなるのだからね」
ダンジョンコアにも限りがある。
その内の一つでも失うのは痛烈な痛手でありそれを乗っ取られるなんてのはあり得ないことだそうだ。
破壊されるのも望ましくはないがそれなら時間を掛けて修復可能。だが乗っ取られるとそうはいかない。完全に支配権を奪われてしまうことになるらしい。
地球を天神や地神が生きていける環境にするだけでなく、その状態を維持するのにもダンジョンコアは使われる予定だから数は絶対に必要とのこと。
「とまあ私が分かることの経緯はこんなところかな。質問があれば受け付けるよ」
あまりにも壮大過ぎる話についていけないのが正直なところだ。だがそれでも聞くべきことを考えなければならない。
「……この話を知ったのは地球側では俺達が最初なのか?」
「それは分からない。けれど恐らく違うと思う。神族の中の地球との共存を望む派閥、言うなれば共生派が各国政府のどこかと接触しているのではないかな。共存するのに意思疎通を全く取らないとは考えにくいからね。どういった形かまでは分からないが」
「あんたみたいに他の御使いから聞いたって可能性はないのか?」
「私の場合は絶望的なまでに成功率の低いギャンブルが奇跡的に成功したようなものだよ。絶対にないとは言えないが狙って行おうとしない限りは難しい」
「なるほど、じゃあ狙ってやろうとすればそれは不可能じゃないんだな」
「不可能ではないよ。ダンジョンコアを試練の魔物に取り込ませた上で倒して暴走状態を止めればいい。ただ私がそうだったようにダンジョンコアを取り込むことで試練の魔物の能力が上がる。それはつまりかつての御使いとして生きていた頃の力を多少なりとも取り戻すことに他ならない。現に私だった存在も最初と比べて異常なまでに強化されていただろう?」
ダンジョンコアを取り込んだ後の試練の魔物は薬でドーピングしまくってもギリギリだった。その上ドーピングのし過ぎで死ぬ寸前まで追い詰められたのだ。もう一度やって勝てるかと聞かれたら断言はできない。
そしてこいつの言葉から御使いはそれだけ強い奴らばかりなのだと推察できる。それどころかあれで力の全てではないというのだから驚きだ。
更に言えばその御使いが仕えるという神族はいったいどれほどの力を持つのか。想像すら難しいレベルだ。
(最低でもランク100くらいか。あるいはもっと上なのか)
仮にそんな存在が今すぐに攻めてきたらどうなるか。まあまず勝てないだろう。
「ふむ……まあ神族関連のことについては保留だな。話が大き過ぎて俺に出来ることがあるとも思えないし」
別世界の神族がどうとか世界がどうだとか話が壮大過ぎて俺ごときには手に負えない事態だ。そういうのは政治家とか国際組織の代表とかの偉い人が携わるべき案件だろう。少なくとも一介の探索者の俺が積極的に問題解決に挑むことではないはずだ。
「試練を乗り越えた君がそう決めたのなら私はそれに従うだけだ。さてと、そろそろ時間が迫ってきている。残念なことにまもなくボス部屋に他の探索者とやらがやってくるようだ。その前に君達は戻っておいた方がいいだろう?」
まあ俺や救援に来た哲太の姿まで見えないとなれば騒ぎになるだろう。ボス部屋周辺はあの惨状だし事情を説明する奴が必要だ。
「ああ、あのダンジョンのコアは私が支配権を奪った形になったので、申し訳ないがダンジョンコアを破壊されたのと同様に消え去ることになる。消え去るまでの時間も破壊した時と同じで三日後くらいなので、中に居ると消滅に巻き込まれるから注意喚起するなら早めにした方がいい」
(あれ? それって結構不味くないか?)
無許可でダンジョンコアを破壊してダンジョンを消滅させるのは禁止されており、それを行なった奴には厳しい処罰が科されるはずだ。
まあ今回は事情が事情だから説明すればどうにかなると信じたい。でもこんな話をして信じてもらえるだろうか?
(……この件は哲太達とも要相談だな。隠すなら口裏を合わせる必要がある)
どこからどこまで話すのか考えなければ。こんなことをバカ正直に全て話して俺達に得があるとは到底思えない。きっと想像さえできない厄介事を抱え込むことになる。
「ああ、一番大切なことを忘れていた。御使いの試練を乗り越えた者にはその試練に応じて褒美が贈られる。ましてや君は完全な単独での勝利だ。その栄光に見合ったものを贈らなければ」
そう言ってアマデウスは立ち上がると近寄ってきて俺の右目に触れる。
「戻ったらダンジョンコアだった物とドロップアイテムは他の誰かに見つかる前に隠しておくといい。それとその眼のことも。少なくとも然るべき時が来るまでは」
その言葉について質問する前にアマデウスが消えていく。どうやら元の場所に戻されるみたいだ。
(まだ聞きたいことはあったんだけどな)
また会えるのかなど聞いておけばよかったと思いながら俺はその場から消え去った。
作中のテラフォーミングは当て字です。
本来は惑星地球化計画というらしいです。
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