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プロローグ 敗北の記憶

 何度となく見た夢を見ている。

 繰り返される悪夢、それは過去に起こった出来事だ。


 奴が放つ、触れたらその部分が消滅させられる黒い靄を躱しながら何度も何度も剣を振るう。


 敵を倒すべく、仲間を守るべく。

 時には道具を使って牽制を入れるなどしてどうにか活路を見出そうと藻掻く。


 だが俺が幾ら攻撃しても苦楽を共にした仲間が魔法を使って攻撃しても大して効いた様子はない。


 後ろに下がってどうにか効果的な攻撃はないかと考えるが答えは出ない。このままでは不味い。


 誰もがそう思い撤退を考えていたその時だった。


「後ろだ、避けろ!」


 このチームのリーダーが声を上げる。


 その声の先には魔物を魔法で攻撃したリーダーの婚約者がいた。


 一体いつの間に移動したのか。

 敵の姿はまるで瞬間移動したかのように先ほどいた場所から掻き消えていて、己を僅かに傷つけた魔法使いを最優先で始末しようとその魔の手を伸ばす。


 魔法を放ったばかりの硬直で魔法使いは回避が間に合わない。

 そのことを察したのか彼女は身を縮こまらせてどうにか死なないように身を固くする。


 だが防御が薄い魔法使いではその望みは叶うことはないだろう。


「やめろおおおおおおお!」


 リーダーがどうにか庇おうと駆けるが位置的に間に合わない。

 その必死の叫びもむなしくその魔の手は彼女に届こうとして、


「きゃ!?」


 俺は考えるよりも前に動いていた。


 手加減している余裕はないので彼女を横から蹴り飛ばして無理矢理その場から離脱させる。

 それを黙って見てくれている敵ではなく当然のことながらその魔手は庇った俺に向かっていた。


 その魔手に対して俺は切り札を切る。


 俺が持つ中で最大威力を誇るアイテムである、見た目はビー玉にしか見えないそれを懐から取り出して至近距離に迫るその手に向かって投げつけたのだ。


 これだけの至近距離で高火力のアイテムを使えば俺も無事では済まない。


 爆発と閃光、それに衝撃を感じたと思ったら吹き飛ばされて体は地面に叩きつけられていた。


 爆発の音で耳が聞こえなくなっている。歪む視界で敵がどうなったのか分からない。


 早く体力回復薬(ライフポーション)を飲まなければ、ダメージでまとまらない思考でもどうにかそうしようとする。


 だがそれは出来なかった。


「ぐう!?」


 何者かに首を掴まれ体が宙に浮く。視界がはっきりしないが何者かなんて見えなくても分かる。


 黒い靄で全身を覆った人型の魔物。

 試練の魔物と呼ばれる存在が。


 奴はあの爆発を至近距離で受けても無事だったのだ。


 咄嗟に握りしめたままだった剣でその腕を斬りつけるが弾かれる。万全な状態でも歯が立たなかったのに体にまともに力が入らないこの状態では効果など皆無。


 無駄な足掻きだとしても何もしないで死ぬなど御免だ。

 そう思って死ぬ気で喉を掴む手を剝がそうと足掻いたその時だった。


 敵の空いていたそのもう片方の手が優しくそっと、まるで撫でるように俺の右目に重ねられたのは。


 その瞬間、まるで体の中が掻き回されているかのような耐えられない不快感が全身を駆け巡る。


「が、ああああ!!」

「我、試練を課す者」


 こちらの絶叫を無視して奴は語りかけてくる。


 止めを刺すのなんて簡単だろうに一思いに殺さないのはいたぶっているのか、それともこの状況に至って何かをこちらに伝えたいことでもあるというのか。


「汝に試練を与える」


 奴に触れられている右目が燃えるように熱く何も見えない。

 残された左目だけで薄れゆく意識の中、俺はそいつがゆっくりと動かす口を見ていた。


「我、試練を課す者」

「……ごちゃごちゃうるせえぞ、クソ野郎」


 もう体に力が入らない。もうすぐ俺は意識を手放さざるを得なくなるだろう。


 出来ることは限られている。だから、


「汝に試練を……!?」

「これでも食ってろ」


 同じ言葉を繰り返すその口に向かって先程と同じアイテムを突っ込んでやる。


「くたばれ」


 またしても爆発と閃光、そして凄まじい衝撃が起こって……



 布団を吹き飛ばす勢いで起きる。


「はあ、はあ、はあ」


 呼吸が荒く苦しい。


 だがもう慣れたもので上半身だけ起こした状態で何度も何度も深呼吸を繰り返すことで徐々にそれも落ち着いてきた。


「……ふう、またあの時の夢か」


 敗北の記憶。なす術なく敗れ去って意識を手放すことしかできなかった不甲斐ない過去。

 

その過去の苦い思い出は未だに俺に刻みつけられている。それは悪夢を見ることだけではない。


 無意識の内に俺は奴に触れられていた普段は眼帯で隠している右目を触る。

 そこには外傷などは一切なく一見すると普通の目にしか見えないだろう。


 だがこの目はあの日から一切機能していない。

 回復薬でも解呪でも、可能な限りの手段を施したというのに再び瞳に光が灯ることはなかった。


 病院で検査をしても一切の異常は見つけられなかった。


 だが眼球に触れても目の方では何の感触も感じられないし涙が出ることも無い。まるで精巧なガラス玉でも入っているかのようにこの眼はその機能だけを停止している。


「……今、何時だ」


 時計に目を向けると約午前五時。


 今日は休みではないのでこのまま二度寝をしたら寝坊するかもしれない。と言うかあの悪夢のせいで眠気など吹っ飛んでいるので眠れないだろう。


「シャワーでも浴びるか」


 冷や汗で濡れた服のままでいるのは体に良くない。

 たとえ普通の人よりも頑丈な探索者でも風邪をひくことは極稀にあるのだから。


(まあ今の俺は探索者と言えるか微妙なところだけどな)


 しばらく使われていない探索者のライセンスにはC級と記載されている。


 だがそれも今は過去の話でしかない。


 片目の視力を失った今の俺にC級に値する実力はなく、周りからはこう呼ばれてバカにされているのだから。


 八代(やしろ) 夜一(よいち)こと落ちぶれた隻眼の錬成術師、と。



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― 新着の感想 ―
[一言] バトルシーンが凄くかっこよかったです!
[気になる点] > その声の先には魔物を魔法で攻撃したリーダーの婚約者がいた。  まるで瞬間移動したかのように先ほどいた場所からその姿は掻き消えていて、己を僅かに傷つけた魔法使いを最優先で始末しようと…
[良い点] 冒頭からめっちゃ痺れました!!! [一言] 評価、ブクマさせていただきます! ゆっくり読ませていただきますね。
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