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続 不思議な犬

作者: つらら

自分は、みんなに嫌われている

米吉は、そのことは理解していた

してはいたが無性に腹がたっていた




優しかった妻が死に

米吉は独りきりだった。けして裕福では無かったが妻との暮らしは、米吉には充分過ぎるほど幸せだった



その幸せが終わりを告げたとき、米吉は心を閉ざしてしまった。いちど頑なに閉ざした心は開くときを忘れてしまっていた



妻が亡くなって暫くは同情の安売りだった

米吉の顔を見ると、慰め、妻の悔やみを言い、笑顔を撒き散らす



米吉は、うんざりしていた

「お前らに何が分かる、もっともらしいことばかり言いくさって」



(これからは嫌われてやる、とことん嫌われてやる、同情と哀れみでしか、わしを見ないお前らに、嫌われてやるわい)



何にでも首を突っ込む、人から聞いた話しは、より大袈裟に振れまわる、人の悪口も平気で言う

みんなから好かれる筈は無かった



妻を失った悲しみから、意固地になってしまったと始めはみんな思ったが、

卑屈さが酷くなるばかりの米吉は相手にされなくなってしまった




小さな街だった



米吉は独りきりだった





そんな街に




一匹の柴犬が現れた




柴犬は首を傾げ米吉のことを見つめていた










米吉は散歩に出かけた

近くの河川敷を歩くのが好きだった

妻が元気な頃には毎日のように来てた場所だった

今日は天気も良く、風が心地良かった



一服しようとした米吉のそばに犬が近寄って来た


茶色の柴犬だった

首輪はつけていなかった


「珍しいな、野良犬か、お前、」


この辺りに野良犬はいなかった

いつ、どこから来たのか、米吉には知るよしも無かった


柴犬は、いち度米吉の顔を見てから脇に座った


「人なっつこい奴だな」


そう言いながらも、嫌な気はしなかった

みんなから嫌われ、話す相手もいない米吉は相手が犬のほうが良かった


(犬はよけいなことも言わんし、人間よりよっぽどいいわ)


久しぶりに、珍しく微笑んでいた

そんな米吉を首を傾げ柴犬は見ていた




家に向かって歩き出した米吉の後を柴犬はついて来ていた


ついて来ても構わないと米吉は思った

独りきりだし犬は嫌いでは無かった


(この歳になって子供ができたか、)


米吉は、また微笑んでいた





米吉は犬小屋を作っていた

誰かの為に何かをすることなんて久しぶりだった

例え、その誰かが犬だったとしても、、

米吉は楽しくてしょうがなかった



小屋が完成し一服しながら米吉は気がついた


「名前、、つけんといかんな」


柴犬は匂いを確かめてから小屋に入っていた


「強そうなのがええなぁ、、うん、、、

テツじゃ!うん、」



「テツ!、テツ!」



柴犬は、首を傾げ米吉を見上げていた




米吉は満足げに煙草を吸っていた






柴犬に二度めの


名前がつけられた






見慣れない柴犬を連れ朝晩散歩する米吉の姿をみんなは黙って見ていた


首輪はつけたがリードは無かった

自由にさせてやろうと思った


子供を連れた母親は あからさまに嫌な表情をし、米吉達を睨みつけたが米吉は気にしなかった


人を咬むなんて思えなかった

テツは賢い奴だと米吉は思った


玄関の戸も少し開けたままにした、ふらっと出て行っても陽が暮れる頃には、ちゃんと帰って来た





その日も良く晴れていた

昼頃小屋を見たがテツはいなかった

「いい天気だし、また散歩に行ったか」

食事を済ませた米吉は昼寝をしていた



どれくらい寝ただろう、突然の声に米吉は起こされた


玄関に行くと酒屋のオヤジだった

息を切らしながらオヤジが叫んでいた


「米吉さん、、米吉さん、、」


「何ごとや、大きな声で、店に泥棒でも入ったか、」


酒屋のオヤジは一瞬米吉を睨んだが、話し始めた


「散髪屋の和也が、川に落ちたんや、」



酒屋の話してる意味が米吉には理解出きずにいた

散髪屋の孫が川に落ちたのは分かった

だが、それをわしに言いに来てどうする?散髪屋に行くべきだろう



酒屋の話しには続きがあった

川に落ちた散髪屋の孫は助けられ無事だった

いち早く散髪屋に知らせた奴がいた




テツだった




「はぁ、、テツが」


すぐには信じられない話しだった

利口な犬だとは思ったが、、、まさか、

いや、、あいつなら

半信半疑だった




テツは散髪屋の飼い犬ではない、、、、

まして、川に落ちた子供がなんで散髪屋の孫だとテツに分かる、、、




利口どころか、、、




不思議だった




不思議な犬だった






それから何日かたったある日の夜だった


タバコ屋の脇でボヤ騒ぎがあった

夕食を済ませテレビを観ていた婆さんは 店先で吠え続ける犬がいるので表に出た


脇の路地で煙りが立ち込め、新聞紙の束が燃えていた

明日は早朝から廃品回収がある為に、夕方出した新聞紙だった

犬のおかげで大事には、いたらなかった

吠えて知らせたのはテツだった



街にテツの活躍が知れ渡った

名犬テツの誕生だった



散髪屋のオヤジに続いてタバコ屋の婆さんが礼を言いに来た

米吉とテツを見る、街の人達の態度が一変した

みんなが微笑ましく見るようになった

あからさまに嫌な顔をしてた子供連れの母親も笑顔を向けるようになっていた


「やっぱり、わしの目は確かじゃった、お前は利口な奴だ」



テツは相変わらず、首を傾げ米吉を見ていた





ある日の朝

いつものように散歩に出かけようとした米吉は玄関先で心臓の辺りに少し痛みを感じていた

胸をさすり深呼吸を繰り返すと痛みが和らぎ楽になった



米吉が痛みを感じたとき、テツの表情が変わった気がした


「なんじゃ、心配してくれたんか?」



答える代わりに、、テツはまた首を傾げた



そんなテツに目を細め微笑む米吉だった







いつもの河川敷に来ていた

心地よい風が吹き、のんびりと時が過ぎていった



テツは米吉の傍に座り目を閉じていた


米吉は遠くを見つめていた




「もうすぐ、、、」

逢えそうだな、、、


もうすぐだ、、、」




呟きながら遠くを見る米吉の表情は、とても穏やかで落ち着いていた






次の日は朝から調子

が悪かった

いつになく胸が痛かった

米吉は横になったまま胸をさすり、ゆっくりと深呼吸を繰り返していた

楽になってきたら、少し眠くなってきた

米吉は目を閉じていた






テツは河川敷にいた 散歩をする親子連れを見ていた


歩けるようになって間もないらしく

子供の歩きかたは危なっかしく、今にも転びそうだった

母親は笑顔と不安が入り混じった表情で

我が子を見ていた



どこかで見た風景だった

テツは、母子の姿に自分の昔を重ね合わせていた

でも、母親の顔はぼやけて見えなかった





子供が転んでいた


慌てて駆け寄る母親


泣きながら両手を広げ、子供は母を求めていた




首を傾げテツは見ていた





「ありがとう、ね」




それが最後の言葉だった

米吉は胸の中で呟いていた

(弱音を吐きおって わしを独りにするのか、、、わしを、)

心の声は届かず、妻は逝ってしまった




米吉は夢を見ていた

妻と河川敷を歩いていた

小春日和の河川敷だった

川面に陽があたり、キラキラと輝いていた

米吉の少し前をテツが歩いていた


時おり後ろを振り返り、二人の姿を確認しながらテツはゆっくり歩いていた


幸せな時間だった





目覚めた米吉を仏壇の中から妻が見つめていた






犬の遠吠えが聞こえた



テツだった



この街に来てから、テツの始めての遠吠えだった


いつもと様子が違う

テツの鳴き声に近所の人達が集まって来ていた




テツは見ていた


集まって来た人達を




それから、ゆっくりと家のほうを向き、もう一度遠吠えした




みんなは顔を見合わせ米吉の家に入って行った






米吉は微笑んでいた


とても幸せそうに、


微笑んでいた


穏やかな、微笑みを


残して米吉は眠って


いた






一度は嫌われ者になった米吉


テツが現れてからは

以前の優しい年寄りに戻った米吉




みんなが泣いていた






家の前にいたはずのテツはいなくなっていた







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