偽物は語る、満月を見上げて
満月を見るから、君を思い出してしまった。
何もかもが違う、偽物のはずなのに。色も形も材質も。鳴き声だって発してはくれない。いや、今となってはそれもおんなじか。
なのに思い出してしまうのは、満月をどこか痛々しい姿で見てしまうからだろう。宇宙に揺蕩う隕石というつぶては月に衝突し、無機質な穴ぼこを作っていく。そうして出来上がったものをクレーターと呼ぶらしい。
その姿が君と重なる。柔らかな薄茶の体に、つぶらな黒い瞳。異常者らの中で生まれた普遍的な命。
なのに隣で冷たくなっていた君にその見る影はなかった。むしろ斑のように毛が剥げ、赤い鮮血が滲んでいる姿を見た刹那、「汚い世界へ行ってしまったのだ」と失望を覚えた。
ごめんね。でも君こそが希望だったんだ。普通になれない僕からしてみれば。
もう綺麗な君には会えない。けれど醜悪な君となら会える。満月は穴ぼこの傷だらけだから。何気なしに夜空を見上げてしまうのも、きっとそのせいに違いない。
同時に生きている君も思い出してしまうのに。皮肉なものだね。正しい世界だけを僕に夢見させてはくれないのだ。まるで呪い。
まあ、ニンゲンに惨たらしく殺されゆく君に何もできかった僕には当然の報いか。そこで命を賭せれば、二度と満月なんて見ずに済んだのだ。
その命すらももうすぐ潰える。どこかのお嬢さんのように、さぞかし丁重に扱われるのだろう。せめて彼女と同じやり方で屠ってくれよ、とも思う。そっちの方が同じ惑星へ行けそうな気がする。特別な僕の無理な相談だ。
満月は今日も遠い。これからもっと離れていくらしい。今、目に焼きついている君の死に際も、脳にこびりついている思い出も、やがて僕のもとから去っていくのだろう。その空白は何かで埋まるのか? 埋まるとしても、偽物ばかりがその隙間をゴミ捨て場として使うのだろう。
月明かりが僕を照らして、影を伸ばす。地に写る自分は真っ黒で、体表の純白とはまるで違う。深紅の瞳だって、隠されている。これも偽物。いや、そもそも自分だって本物なのか?
この世界で本物だったのは、ありふれた君だけだったのかもね。
だから今はただ祈るよ。偽物の満月に。
本作品の考察ヒントはあまり書かないことにします。語り手に注目した上で、読者の方が日本に住んでいるなら分かる感覚だと思いますので。
さて今回は『なろうラジオ大賞2』への応募作品となりますが、実は同時期に友人から「満月」をテーマに小説を書いて、という課題があったのでこうして書いてみました。意外と楽しかったので、読者の方でこれをテーマに書いて欲しいというのがあれば言ってください。長編は無理ですが、1万字くらいの短編までならいけます。