証人喚問
「いいか!」
狭いブースに立った男が怒声を上げる。
「俺はあんたら全員に言っている」
凄まじい目つきで傍聴人席を見渡す。
「あんたらがこれを聞いてどう思うかなんて知ったこっちゃねぇ。だが言ってやる」
傍聴席には社会科見学の中学生に暇を持て余した主婦に、真面目そうな会社員。
「あいつの母親の月収いくらだったか知ってるか?10万だ。三人のガキを養うにはいくらかかるか知ってるか?俺には分からねぇ。けどよ、足りねーことぐらいわかんだよ」
男は唾を飛ばして話し続ける。
「貧乏な奴が学校でどうなるか知ってるか?あんたにはわかんねぇよな?」
検事を指差した。
「分かるはずがねぇ、わかっていいはずがねぇ。ただ、これなら分かるんじゃねぇか?貧乏で、親はいつも仕事だ。勉強するための鉛筆だってただってわけじゃねぇ、そうすっと、貧乏で馬鹿な奴の完成ってわけだ。そういう奴が人気者になれると思うか?なれるかもしれねぇな。でも、俺もあいつもなれなかった」
男は黄色い歯を剥き出しにする。
「そういう奴に一番辛く当たんのはあんたみたいなエリート様だよ。そりゃそうだよなぁ、貧乏なのはしょうがない。でも勉強しないのはそいつが悪いってな?でもよぉ、テメェが恵まれてるのを忘れんな」
低い声だった。
「テメェが努力できて、能力があるから差別して当然だよな?なぁ、パパが金を稼いで、塾に通って。通えない奴が悪いんだよなぁ?」
男の言葉にに傍聴席の誰もが眉をひそめていた。
「そうだよな、あんたは良い奴かもしれねぇし、恵まれてないからって盗みは良くない。正しいなぁ。でもよ、正しい稼ぎ方ってのを誰が俺たちに教えてくんだよ?先公か?あんな奴らが?親?そもそも家にいねぇーよ」
裁判官のほとんどが無表情だ。
「ああ、そうさ。確かにあいつは泥棒だ。でもよぉ、あいつに何ができたって言うだよ。教えてくれ。頼むよ。どうすればよかったんだ?病気がちな母親に、父のいない三兄弟。どうすりゃよかったんだ?」
物語の設定のようだった。そこから長男か三男が才能を発揮し、母親を助けるのだ。
確かに、三男は毎月五万も送金していた。物語通りだろう。
盗んだ金でなければ。
「あんたらにしてみりゃ、あいつは薄汚い泥棒で、俺はおかしな貧乏人だろうよ」
男は歯を食いしばる。
「ただな、あんたら全員の方がよっぽど狂ってやがる。俺が何を言おうが、あいつがどんな人間だろうが、画面の向こうで夢破れたお可哀そうなボンボンが、こうすれば良かったのにってありがたいご高説を垂れてくれるんだろうよ。俺に言わせりゃんなの正気の沙汰じゃねぇ」
男は首を回した。
「あんたも、あんたも、あんたも、テメェら全員が俺を笑おうが、言ってやる。あんたら狂ってる。どんなに努力しようがどうしようもない奴の隣でブクブクに太った引き籠りがのうのうと暮らしてるんだ。それが世の中だ。それが現実だ。なんと言おうがそれは変わんねぇ」
誰しもが白けた顔をしていた。下らない、言い訳だ。俺には関係ない。
「呪われやがれクソどもが」
嘲笑と無関心に喋る気力を失った男が制止の声を無視し、歩き去った。
結局、被告人は懲役十年、もはやまともに働くことは出来ない。
当然かもしれない。犯罪者で、男は犯罪者と付き合う得体の知れない低所得者、見下され、困窮するのみだ。誰が悪いと言えば盗んだ奴が悪いし、捕まった息子を思って夫のいない老婆がすすり泣こうが誰が気にするだろうか?
誰もがその発言を忘れ、日常を謳歌する。
窮鼠の爪は虚しく空を掻き、気にも止められない。