六日目 進攻開始
「うおお!」
俺は気合いを入れて、ハチェットに『ハードシフト』をかけ、一番近いキリバチの群れの羽根を横なぎで潰し、ハチェットの軌道を変えながら、次々と回転刃を砕いていく。
盾を使って『バッシュ』で群れごと弾き飛ばし、空中に空間が出来た隙に地面を這うヒラグモの脚を踏み潰して、バチバチと電撃を放とうとする口をハチェットや盾で叩き潰す。
一匹を一度に行動不能にしようとすると、どうしても時間がかかり他の衛兵に群がられるので、瞬時に周囲の敵の順位付けをして、何手も先を読んで動く。まずこいつの左足、次にこっちの羽根を切って、ここであっちの口を砕くって具合だ。
前方に行動不能になってもがいている衛兵が重なり出したので、それを踏みつけながら前へと進む。
どんどん倒しながら、左右後方の中将と大佐の様子を伺う。
中将の使うエストックは刺突専用の武器で、先端の方には刃があり斬撃も可能だ。しかし、長さが俺の剣よりも少し長いので、狭い通路では取り回しが難しい筈なのだが見事に衛兵を寄せ付けず左右の切っ先で精密な軌道を描き、次々と行動不能にしていく。
大佐の右手の細身の片手剣は俺の剣よりも短く、レイピアとショートソードの中間のような形状をしている。濃紺にぼんやりと光を纏う刀身は特殊な金属みたいで、衛兵を斬る度にバチッと火花が弾けた。
一方左手のショートソードだと思っていた物は、鍔に鍵棒の付いた刃の無い極太の錐のような武器だった。
細長い円錐形の先端で貫き、丸い刀身で叩いて砕き、鍵棒でキリバチの回転刃を受け止め、捻って腕ごと捻り砕く。攻防一体型の変わった武器だ。
それに加え足技も見事で、左右の武器と同様のペースで衛兵を蹴散らしていく。
二人はまだ余裕がありそうだ。シャルを守る研究員三人にまで衛兵の攻撃は届いていない。後ろを守るザンタさん夫妻はまだ戦っていない。後方には衛兵がまだ湧いていないようだ。
「少し進むペースを上げます!」
「おう! 任せた!」
ガシャガシャと衛兵を踏み越えながら、通路を埋める衛兵を切り崩していく。
ペースを上げたので、衛兵の攻撃がこっちの鎧にかするようになり、研究員達にも届くようになった。
「ひぃ!」
と小さく悲鳴を上げるも、ガッチリと盾で守る研究員さん。チーダスさんは余裕があるようで、盾で弾きモーニングスターで部位破壊をしている。
シャルの付与魔法の効果は絶大で、こちらに届く攻撃のほとんどを無効化してくれていた。気を付けなければならないのはキリバチの毒針だけだ。食らえば麻痺して行動不能になる毒針は絶対に防ぐ必要がある。それのせいでこれ以上のペースアップは無理っぽい。
「魔法のかけなおしをします! いっしゅん効果が消えますのでちゅういしてください!」
シャルの戦場には似合わない可愛らしい声が響く。
もう十分経ったのか。大体十五メートルは進んだ筈だ。結構いいペースじゃん?
シャルの魔法かけ直しのタイミングは完璧だ。付与魔法が切れる数秒前に体を包む光が明滅を始め、消える瞬間にかけ直しの魔法が体を包む。
効果が切れる瞬間を先読みし逆算して詠唱を始めてるんだ。それを三連続、違う魔法で狂いなくこなしている。
ウチのメイフルーじゃあ、ここまで正確な付与魔法の管理はできないんじゃないか?
「ぼちぼち後ろが復活してくる頃だぜ! ちょいとペースを落としてくれるか?」
ちょっと楽観的になって、ぼんやりと考え事をしていた俺に、シャルの詠唱の向こうからザンタさんの声が届き、気を引き閉めなおす。そうだ、衛兵は自己修復するんだった。
「わかった!」
俺が答えた直後に、後ろの奥からキリバチの羽音が聞こえてきた。
「きたよきたよ! 蹴散らすよあんた!」
「おうよ! ガンガンいくぜ!」
気合いの入った夫婦の声の後、派手な鈍器の打撃音が響き始める。倒した全ての衛兵が一斉に復活するわけじゃないから、前方よりは一度に対処する数が少ない筈だ。
作戦開始から、シャルの付与魔法のかけ直しの回数から見て二時間経った。
衛兵達の動きに徐々に慣れてきた即席パーティは、少しペースを上げ二百メートルくらいは進んでいると思う。
「本当にシャルちゃんの魔法はスゴいねぇ! 若い頃と同じように戦い続けられるよ!」
「おおぅ……。アリア、ぼちぼちペース落とせや。俺達ゃ若い連中と比べりゃスタミナぼろぼろなんだからよ……」
シャルの魔法によるスタミナ回復の消費と供給のバランスが崩れ始めたのか、ザンタさんが疲れをみせ始める。
アリアさんはまだまだ元気一杯だ。なんか彼らが若い時の力関係を見た気がした。
「ちょいペース落としましょう!」
俺の号令で少しだけ進む速度が弱まる。俺としてはもうちょい速度を上げたいところなんだけど、多少のかすり傷も厭わない俺のペースでは、中将と大佐とアリアさんはともかく、他のメンバーが限界だったみたいだ。今のうちにシャルの魔法で立て直す。
それに、なんかおかしい気がする。
「ねぇ、チーダスさん」
「くっ!………、てや!………な、なんだい? はぁはぁ」
「遺跡ってさぁ、どこもこんな感じに部屋もなく一本道なの?」
「あ? い、いや、そんな、ことはないよ。ふっ!………くぁ!」
「なんか変じゃないですか?」
「な、なにが? ……てゆーか、君はなんでそんなに動き回ってて話す余裕があんのよ!? 僕達いっぱいいっぱいなんだけど!?」
シャルの魔法で汗もかきにくくなってる状態なのに、かなり汗だくで必死に防戦をしているように見えるチーダスさん。他の研究員二人もちょっとヘロヘロになってる。シャルが何度も疲労回復の治癒魔法をかけているが、その効果も徐々に効きにくくなっているようだ。
ありゃ、思ってた以上に追い込んでたみたいだ。
そういえば、さっきからちょくちょくキリバチの麻痺毒を研究員の誰かが食らって、シャルが治癒する間、他二人が守りながら支えて進んでいる状況が何度もあったな。
元の世界でもこれほどハイペースかつ長時間の戦闘は俺でも経験したことはない。衛兵があちらの最弱の魔物と比べてもさらに弱かったのと、進行速度は遅いもののサクサク前進できていたので感覚が狂ったか? それにシャルや研究員の彼らが戦闘の素人だってのを忘れてた。申し訳なく思いつつ、もう少しペースを落とす。
通路を進むに連れて膨らむ違和感。
螺旋階段を降りたせいで、地上での方向感覚がまるっと無くなっているので、今どっちの方角に進んでいるのかサッパリ判らないんだけど、中央広場の石柱を一直線に目指しているのならもうすぐ着く頃だ。
なのにこの衛兵達の動きは単調で、無理をせずに進むのであれば、もはや俺達を押し留める防衛力とは言えない。何を考えてこの程度の防衛力で何を守ろうとしていたのか? 正直理解に苦しむ。
もし俺がこんな施設を造ったとして、侵入者から守ろうとした場合、こんな弱い衛兵を大量に投入するのではなく、例えば分厚い鋼鉄の防壁でも用意して通路を閉ざすことを考えるだろう。その方が高度な魔道具だかで動き回る衛兵を何百何千と作り出すよりも、低い技術力で確実に侵入者の進行を防げるからだ。
それにここまで進んできた一本道。これは何のための通路なんだ? 大昔の研究員が地下五十メートルも掘って、掘り当てた先がたまたまこの通路のどん詰まりの壁だった? そんな偶然ってあるだろうか?
もしかして……。
戦いながら思考を巡らせて、何か思い付きそうに感じたその時、目の前の衛兵がいきなり湧かなくなって視界が開けた。少し先で通路が終わり、その先には広い空間があるようだ。
「よし! 一気に駆け抜けろ!」
中将の号令で広い部屋に飛び込みながらも、嫌な予感が膨らむのを感じる。
天井がかなり高くなり一辺二十メートルはありそうな広い部屋に、後ろから衛兵に押し出されるように俺達は入った。
「扉を見付けてこじ開けろ! 中に入ってこいつらを止める方法を探すんだ! それまで俺達が守ってやっからよぉ!」
ザンタさんの指示で俺と研究員達は周囲を見渡して扉を探す。中将と大佐は後ろを向いて衛兵達への対応に回った。しかし衛兵達はこちらを襲うこともなく、背後の通路から続々と数を増やしていく。
「…………ない。ないぞ扉なんて…………」
チーダスさんが呟いて正面の壁へと走り寄る。他の二人も左右の壁へと走り、ペタペタと壁をさわり扉を探す。俺も部屋の中央辺りで四方の壁を見渡すが、壁には継ぎ目の一つもなかった。
せめて壁の色が違うとか、叩いてみて音が変わるとか、そういった変化があればそこにスキルでも叩き込んで突き破ろうとしたんだが、ここまで何もないとどうしたもんかと思考が止まる。ここでさっきまで考えてたことが甦ってきた。
…………誘い込まれた?
バッと振り向いて衛兵の群れを見る。それらは後方で守りを固める中将達に襲いかかることもなく、大きく三つの塊に別れ、小山になって蠢いていた。もう嫌な予感しかしない。
「シャル! ザンタさん達と奥の壁まで下がれ! 研究員さん達も一緒に!」
シャルのところへ駆け寄りシャル達三人を奥の壁まで走らせる。
「チーダス! コレについての文献はないのだな?」
「もちろんです! あったら漏らさず話してますよ!」
中将の問いに悲鳴のように答えるチーダスさん。自分の命も掛かってる作戦なんだから、こんなにヤバそうなのを知っていたら黙ってるわけがない。
個々の衛兵の輪郭が徐々に崩れ、液状化したかのようにツルンと丸くて赤い塊になったと思ったら、三つがそれぞれ別の形を造り始めた。
一つは甲殻のあちこちに鋭い刺を持つ蠍。一つは大きな狼。そしてもう一つは二つ首のカラスに変化していく。
それぞれ赤く大きい。バーンクロコダイルよりも大きくなった。
蠍に狼に二つ首のカラス……。確かどれも教授の彫刻にあった筈だ。
「チーダスさん、何の魔獣か判る?」
「あぁ、多分蠍がスティールスコルピオンで、狼がフェロウシャスウルフ。二首カラスがイービルクロウだと思うよ。大き過ぎるし全部赤いけどね」
スティールスコルピオンは本来銀色で大きさも全長二メートルくらい。尾に強力な神経毒を持ち、甲殻は鉄のように硬い。
フェロウシャスウルフは、あの駄犬キラーウルフの上位種で体長二メートルくらい。あのクソ子犬よりは強いらしい。
イービルクロウは羽を広げると一メートルくらい。鳴き声には身体の感覚を狂わせる『目眩』の状態異常効果がある。羽には針があり、無数に飛ばしてくるそうだ。
「もっとも本物は、だけどね。コイツらがこの見た目でその通りに再現してるなんて考える方が危ないよ」
早口でざっと説明してくれるチーダスさん。
「マビァには蠍を任せていいか? 俺がカラス、テイレルが狼の相手をする。ザンタとアリアは入れそうならいずれかに入ってくれ。シャルは付与魔法の範囲が広がるが問題ないか?」
「はい! 魔力の消費が増えますがまだ余裕あります!」
「うむ。では状況を見ながら『ライデンマンドル』を止めて、何か他の有効な魔法に変更してくれ。他の二つは続けて頼む。チーダスは引き続き遺跡の調査を。お前達二人はシャルをしっかり守れ」
中将が的確に指示していく。武器の相性で戦う相手を振り分け、シャルやザンタさん達に指示を出す。
「はい! 『スーアラットの抗体』を掛けて状態異常耐性を上げてみます!」
シャルは元気に答えて新たな祝詞を唱え始めた。さっきまでの『ライデンマンドルの被膜』の電撃無効化と、今度の状態異常耐性上昇は重ね掛けできないみたいだ。なんで麻痺毒の耐性も上げないのかって思ってたけど、重ね掛けをすると前に掛けていた方の効果が消えるらしい。同時掛けができないから電撃無効化を優先させてたのか。
シャルの祝詞を聞いている間に、魔獣モドキの形が完成したようだ。模倣のくせにキシャーッだのワンワンだのカァーだのひと鳴きしてこちらへと動き出す。俺はハチェットを腰に戻して剣を抜いた。




