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五日目 今日のおさらい

 「マビァ様、お帰りなさいませ。今日は少し遅かったのですね。お食事はもう済まされましたか? まだご用意できますが」


 『翡翠のギャロピス亭』に帰った俺に、シェルツさんが声をかけてくれた。

 食堂の方から賑かで楽しそうな声と音楽が聞こえてくる。そういえば宿屋はどこも満室だと聞いたな。


 「晩飯はいいです。昼に腹いっぱい食ったのに、三時頃にお菓子を山ほど食わされて、まだ腹が減ってないんですよ」


 いや~と、頭を掻きながら答えると、「フフ、左様でございますか」と、上品に笑ってくれた。


 「カイエン侯爵閣下から明日の朝の事はお伺いしております。五時五十分に現地集合でしたら、五時半過ぎにはご出立なさるのでしょう? 朝食は如何致しましょうか」

 「五時には起きて準備したいんですけど、朝には腹が減ってると思うんだよね。でも朝飯をゆっくり食ってる暇なんて無さそうだし……」

 「それでしたら、お部屋に軽い朝食をご用意しておきましょうか? ご入浴中にご用意して、お部屋のテーブルへ置かせて戴きます」

 「そんな事もできるんだ。ありがとう、それでお願いします」


 鍵を受け取り、部屋に戻って剣と盾を置き、着替えを持ってフロントへと戻り鍵をまた預ける。


 「そういえばカイエン侯爵は? まさか風呂場でばったり会ったりしないよね?」


 なんか嫌な予感がしたので、一応シェルツさんに聞いてみた。お貴族様と一緒の風呂なんて寛げるわけがない。


 「はい、最上階にはオーナーが侯爵閣下のためにご用意した侯爵家専用のペントハウスがございます。そちらには一階の大浴場ほどではありませんが、お風呂場も完備されておりますので、いつもそちらをご利用戴いております。しかしながら……」


 シェルツさんは一旦言葉を切り、人差し指を顎に当て、視線を上に向けて首を傾げる。しばし思案したあとにニコリと微笑んで続けた。


 「カイエン侯爵閣下は気さくなお人柄ですし、破天荒なところもございますので、絶対に大浴場には向かわないと言い切れないのが悩ましいですね」

 「あぅ……」


 確かにワニ肉を早く食べたくて、城での仕事を放り出して駆け付けたし、明日早朝からの無謀な突撃作戦の段取りを余所者の俺に無茶振りするようなお人だ。もし居たら風呂は諦めて部屋のシャワーで済ませるか、あとから大浴場に入ってきたら隙を見てこっそり逃げるか、全身泡だらけにして見つからないようにやり過ごそう。




 やや重い足取りで大浴場へと向かう。こっそり脱衣所への扉を少し開けて中を見る。……ここには居ないな。

 中に入り、今度は大浴場への引戸を少し開けて侯爵とテイレル大佐を探す。さすがに満室だけあって利用客が昨日より多い。結構湯気も濃いけど顔が見分けられないほどでもない。こっちにも居ないみたいだ。

 ふーやれやれ、と一安心して服を脱いで、アワアワタイムを満喫し、今日はハーブ湯にどっぷりと顎まで浸かって全身の力を抜いた。

 シャンプーとハーブの香りに心まで解れていくのを感じながらも、ガラガラと引戸の開く音がする度にビクッとなって完全には寛げない。

 時々警戒しながらも、今日一日を振り返る。


 なんか今日はこれまで以上に色々あり過ぎたな~。街から一歩も出てないってのになんか疲れた。特に頭が。

 情報量が増え過ぎだよまったく。ロージルさんの『情報分析』と『情報管理』が欲しいところだけど、俺のおつむ程度じゃ扱えそうにない。多分『種』を出せない特殊スキルなんだろうから、ロージルさんから貰うことはできない。諦めるしかなさそうだ。


 えーと何してたんだっけ? 


 まずはロージルさんのアレを誤魔化す為に吐いた嘘が変な形で広がって、俺がワニの幻獣を倒したのまで嘘なんじゃないかって囁かれているってハンセルから聞いたんだよな。あれは正直助かった。


 で、その辺の事でロージルさん達と話してたら、コニスに部屋を追い出されて、仕方ないから『黒い三連狩り』と木製武器で練習しようとしたんだ。


 そこでアイツらの防具の貧弱さに気が付いて、ザンタさんの店に代わりになる良い防具を探しに行ったら、いい感じの鎧を見せてくれたんだけど、それは軍の横流し品だった。


 せっかくなので使いたいと思い、冒険者ギルドに帰ってロージルさん達に相談した。

 俺の金で昼飯後に買いに行くと決めて、飯を食いに宿に帰ってみると、待っていたのがカイエン侯爵とテイレル大佐だ。


 かなり緊張しながらも、ウェルと紅月も一緒にワニステーキとウナ重を腹いっぱい食べて、ギルドに戻りロージルさんとザンタさんの店に行った。

 そういやクロエのヤツ、あれからどうしたんだろ? まぁ知らんけど。


 ロージルさんがザンタさんの親父さんと横流し品のことを短時間で調べてきてくれてたから、ザンタさんの親父さんに対する蟠りが薄れて、鎧を分割で買えることになった。

 ついでにザンタさんにスキルの基礎を教えてもらう。ベテラン冒険者だったザンタさんは、俺の概念にはないスキルの修得条件を知っていて、ホント目から鱗が落ちたな。これでスキルの可能性がぐんっと広がった。ワクワクが止まらない。


 そのあと鎧を十セット、ギルドへ持ち帰った。あとはギルド専用に改造すれば堂々と使えるようになる。ロージルさんのお母さんが改造してくれるらしい。

 で、俺だけすぐに軍の駐屯基地に向かった。カイエン侯爵に呼び出されていたからだ。

 待っていたのはラクスト大尉の説得の失敗と、反発する百人の軍人至上主義者達。

 カイエン侯爵が俺に求めたのは、ヤツらの腐った主義主張をぶっ潰すことだった。

 これは本来、カイエン侯爵が俺を基地に呼び出した理由では無かったようだけど、色々あって百対一の模擬戦に突入。

 俺はこれ幸いと状況を利用してスキルを一つゲット! これはめちゃありがたかった。

 

 そのあと、カイエン侯爵からの本当の依頼を聞く。『鐘』についての長い歴史の話を聞かされたけど、この街の現状に直接関連していたので面白かった。

 で、俺に明日の早朝に遺跡攻略決行なんて無茶振りと、追加の戦力とサポート役の神官の手配を丸投げしたんだよな。

 あとになって、俺がザンタさん夫婦と教会に伝があると知っていて押し付けたってのが分かったけど、普通はどこの馬の骨か分からない俺なんかに任せる仕事じゃ無いよなぁ。

 結局カイエン侯爵の思い通りに事が進んだのだから、ちょっと腹立たしい。


 ギルドに帰った時、コニスのアホがやらかしてくれたのには呆れ果てた。あのロージルさんが鼻血噴いてぶっ倒れたなんて、どーしたらそーなる?

 アイツの優秀な面も見ている筈なのに、何故かやらかした件ばかりが目に付く。ホントに残念なヤツだ。

 ロージルさんの無事も確認し、明日の調整もできたけど、いらぬところでイルマさんを怒らせてしまったらしく、ドーナツとパイをこれでもかと食わされた。

 いや、元の世界にはないメチャクチャ美味しいお菓子だったよ? でもあんなに食わされたら当分いらないし、俺ってやっぱり甘いものはあんまり好きじゃないかもと感じた。


 コニスの案内で教会に行くと、エリ公との強烈な初対面を体験する。男の俺でさえ清楚で美しいと思うほどのエリ公なのに、あのド変態っぷりには驚かされた。シャルもコニスも苦労しているみたいだからなんとかしてやれればいいのだが……。


 女神サスティリアによってシャルンティンがサポート役に選ばれたので一安心。ってゆーか、他の神官が十一歳のシャルより劣るって教会の現状に不安を感じるが、異世界人の俺が気にすることじゃないか。


 しかしエリ公のヤツ、あれほどの醜態を晒しといてあの人望の厚さとは恐れ入る。美形など関係なく、礼拝堂に集まっている人達に愛されていた感じだ。

 初対面での印象は最悪だったが、人達の態度を見て嫌な印象は吹き飛んだ。何か俺にもできることがあればと思うが、原因がなんなのか、解決法があるのか何も解っていない。


 次にザンタさんのところに行って、アリアさんと共に明日の作戦の参加を依頼すると、快諾されて助かった。

 若きザンタさん達のパーティは、遺跡の衛兵(ガーディアン)キリバチとヒラグモの攻略法を知っていたので、この上ない戦力になってくれるだろう。

 帰り際に、ザンタさんがバトルハチェットを譲ってくれた。これはもう嬉し過ぎて、はやくスキルの一つでも修得したいくらい浮かれていたけど、今思えばザンタさんの店から駐屯地までの一キロあまりを、右手に持ったまま移動したんだよな。

 コニスと一緒だった中央広場まではまだいいけど、そこから駐屯基地までは全力で走ったから、周囲の人は怖かったのかもしれない。妙に人に避けられていた気がするし、門番の兵士もビビってたし。


 駐屯基地でカイエン侯爵とテイレル大佐に、ザンタさん夫婦とシャルを雇えたことを報告する。

 

 しかし、模擬戦で気を失ったままの奴らはどうなるんかね? 現状では役立たずの連中だけど、鍛えていっぱしの兵士にできるんなら辞められるよりはいい。

 平和な国だし戦争も無さそうだけど、曲がりなりにもここは国境沿いの街だ。兵士の数は減らすべきじゃないだろう。


 ギルドに帰って『黒い三連狩り』に単発縦斬りスキルのコツを教えてやったけど、筋肉痛で明日はみんな休むみたいだし、明後日はアオムー狩りに行くらしい。アイツら明日は何の問題も起こさずに、肉を沢山食えるといいんだけどな。

 ……ちょっと心配になってきた。冒険者の素行の悪さは折り紙付きなので、俺だけでも見回りをした方がいいかもしれない。


 明日はロージルさんとイルマさんは休みだって言ってたな。ロージルさんの天然タラシの件で、イルマさんの旦那さんに相談するって言ってたけど、大人の方が俺なんかより助けになるのは確かだろう。

 そもそも何で俺がロージルさんの恋愛相談を主導でしてんだっけ? …………あぁ、俺がロージルさんにガラムさんのことが好きなのか? って聞いたからだ。

 で、どっちも歳上なのになんか危なっかしいし、このまんまじゃ気持ちがすれ違って絶対に上手くいかないと感じたから、共通の知り合いになった(よしみ)で、余計な首を突っ込んでるんだった。

 ガラムさんの気持ちがロージルさんに惹かれているのを感じるんだけど、仕事との両立ができるほど器用じゃなさそうなんだよな。

 どんどん危険度の増すロージルさんは、ちょっと突っつけば弾けそうなダイオウホウセンカの様だ。

 駆け出しの頃、弾けて飛んだ種の散弾に皮鎧を貫かれて、結構酷い怪我をしたことを思い出す。

 まぁロージルさんの場合、アレになって気絶したりで危ないのは本人だけなんだけど、予想外の言葉で反応してイッちゃうから心臓に悪いんだよな。


 ナン教授とチーダスさんの話はすっげぇ役に立った。好奇心に任せて質問してたら、話が脱線しまくってたけど。

 教授には焦るなって言われたけど、そろそろ本気でスキルを探さないといけないんだよね。

 なんか手掛かりでもあればなぁ……。 


 ……などと、つらつらと思いを巡らせていると、あっという間に十一時前になってしまった。

 結局侯爵は来なかった。緊張感ある入浴だったけど、また湯船で寝てしまわなかったので、まぁ良しとする。




 風呂を出てフロントへ向かい鍵を受け取る。


 「明日の朝食をお部屋のテーブルにご用意してございます。お召し上がりの時にドームカバーを開けて下さいませ。美味しくお召し上がりになられる状態を魔道具で保存してございます。今開けてしまわれると、朝までに冷めてしまいますよ?」


 鍵を出しながらシェルツさんが注意してくれた。……が、?? よく分からない。


 「え? それって料理の時間を止められるってこと? すっげぇじゃん!?」


 時間を止める魔法や魔道具なんて初めて聞いた。

 俺が興奮して身を乗り出して聞き返すと、シェルツさんは困ったように身を少し引き、苦笑して胸の前に両手を立てる。


 「いえ、わたくしも原理までは詳しく存じ上げないのですが、その魔道具のドームカバーの中では、物体の分子の活動を、一定時間かなり遅くすることができるらしいので、厳密に言えば時間の停止とは違うのではないかと……」


 ブンシの活動? よくわかんないけど便利な物があるもんだ。

 そういえば、さっきのロージルさんの弁当も鉄板が火から下ろしたばかりのように熱々だった。あれもそんな魔道具だったんだろうか?


 「そうなんだ。よくわかんないけど朝まで開けるのを我慢した方が楽しそうですね。ありがとう。おやすみ」

 「おやすみなさいませ、マビァ様」


 シェルツさんにお礼を行って部屋まで戻る。

 すると、部屋の前でフェネリさんが扉を閉めようとしているところだった。こちらと目が合うと一礼してくれる。


 「あれ? フェネリさんどうしたの?」

 「僭越ながら、目覚まし時計の時刻を五時にセットしておきました。そのご報告をと思いまして。その時刻で宜しかったでしょうか?」


 あ、そっか。全然考えてなかった。


 「うん、ありがとう。助かったよ、時間のセットのことをすっかり忘れてたから」

 「それはようございました。それではマビァ様、おやすみなさいませ」


 ニコリと微笑んで、扉を開けてくれる。


 「ありがとう。おやすみフェネリさん」


 部屋を見渡すと、テーブルにドーム状の蓋が二つあるのを見付ける。あれがそうか、と近付き、触らないように周りから眺めるが、控えめな部屋の明かりを受け銀色に鈍く光る金属製の物ってことが解るくらいで、魔道具には見えない。見ているとつい開けたくなるので、窓を開けて夜風に当たり、火照った体を冷ますことにする。

 十一時近くになると、大分人通りは減ったみたいだが、まだまだ呑んで騒いでいる者もいるようで、ざわめきが風に乗って耳まで届く。

 遠くに見える南の防壁の向こうもまだ人が起きているみたいで、防壁の上の空間に、ほんのり明かりが漏れていた。


 さて、明日はどうなるかね?


 未知の体験が待つ明日に興奮しないように、冷たい水を二杯ほど飲んでさっさとベッドへ潜り込む。

 やはり結構疲れていたようで、あっという間に睡魔に襲われ、すぐに寝てしまった。

ようやく五日目が終わりました。

長かった…………。

仕事と私生活に追われ執筆もままならない状況ですが、できるだけ今のペースを守りたいものです。

それでも宜しければお付き合い下さいませm(_ _)m

六日目は新展開! 古代遺跡(ベタ設定)への突入だ!

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