五日目 ガラム金物店へ
昨日と同じように、ガラム金物店の裏に回り勝手口から入る。鎚を打つ音が聞こえないなと思いつつ扉をくぐると、丁度ガラムさんが鍛冶場から出てくるところだった。
「あ、ガラムさん丁度良かった。晩飯持ってきたよ」
「そうか、ありがとう。俺も丁度一息入れるところだった」
汗を拭きながら壁際のサイドテーブルの上の水差しでコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。もう一杯飲み干してから、ふーっと長い溜息を吐いた。
「かなり根を詰めてやってるみたいだけど、今の作業大変そうだね」
テーブルの上に持ってきた包みを解きながら聞く。
「ああ、あの罠は結構な数の歯車を使うからな。それでもワイヤーや鎖、長いレールなんかは鍛冶ギルドに丸投げできたから、全体の数からしたら俺の作る量は大したことないんだ。それよりも俺しか知らない防錆びのための配合や処理を人に教える方に時間がかかってな、帰ってきたのも二時間くらい前か?」
言いながら壁にかかった小屋型時計に目を向けると、丁度八時を指した時計から小鳥が飛び出し、「ポポー」と鳴き始める。
「朝からさっきまでかかったんだ。この街の鍛冶師って腕が悪いのか?」
包みの中は今回も二段の木箱が入っていて、上の箱を持ち上げガラムさんの座る椅子の前に置き、蓋を開けると、ジュワァァ……という音とともに白い湯気と香ばしい香りが部屋に広がる。
「いや、腕自体は悪くない。ただ知らない技術だったから……。これはまた凄いな」
こちらに近づきながら話すガラムさんの言葉が、ロージルさんの料理の威力に途切れる。
「今日も張り切り過ぎたってさ……」
木の盆の上に載った黒い熱々の鉄板がジュウジュウと音を立てる。
鉄板には、小さく刻んだ色とりどりの野菜と一緒に炒めてあるご飯と、その上に衣を付けてカラッと揚げてある大きな鶏の一枚肉が切り分けて載せてあり、一緒に半熟の黄身の目玉焼きも載っていて、脇には綺麗にカットされた人参にブロッコリーが載っている。
木箱には一緒にフォークとスプーン、上にかけるのだろうソースが入った小瓶が入っている。
見た目にも色鮮やかで、配置も完璧。ソースをかけたらどうなるのだろう?
いかにもスタミナがつきそうなボリュームたっぷりの料理で、音とスパイシーな香りで、空いていない俺の腹でさえ食欲をそそられる。
「食べて……くれるよね?」
ガラムさんも料理を見て生唾をごくりとを飲んでいるので、さすがに断られることはないだろうけど一応聞いてみる。
「あ、あぁ。俺が頼んだんだしな。折角だし冷める前にいただくよ」
椅子に座り、小瓶を取ってコルクの蓋をキュポンと抜いてソースを料理に回しかける。
ジュワァァ……と、鉄板がソースを焼く音が高まり、同時に香りが変化して、俺達二人は思わず「おぉ……」と感嘆の息を漏らした。
視覚・嗅覚・聴覚・おそらく味覚でも完璧な料理が目の前で俺らを誘う。
だが、この料理は完全にガラムさん一人に向けて作られたみたいだ。空腹感がまだ来ない俺よりもガラムさんの方が惹き付けられているので間違いないだろう。
ガラムさんはカトラリーを手にとって、揚げ鶏をフォークで突き刺しかぶりつく。
熱そうにハフハフと食べるのを見て一安心だ。
水筒の蓋を取ると、蓋がコップになっているらしいので、そちらに白っぽい冷たいスープを注いでガラムさんの前に置く。
「ん、悪いな」
鶏肉をごくんと飲み込んで、スープに手を伸ばし一口啜ると、ガラムさんは目を見張り、ほぅ……と溜息を吐く。
「大したものだな彼女は。昨日の料理にも驚いたが、これは人気店を出せる腕前だぞ」
感心したガラムさんは料理をじっくり眺め、鉄板でジリジリと焼かれ、カリカリに香ばしい風味の炒めご飯をスプーンで掬い頬張る。
「本人は商売には興味がないらしくて、趣味でいいって言ってるらしいよ。ギルドの事務室長としても優秀過ぎるくらいで、仕事も趣味も両立できて本人も満足してるんだからいいんじゃない? お陰でガラムさんも今、美味しいところを独占してるわけだしさ」
俺がからかうと、二口目の炒めご飯を口に入れたところで「むぐっ!」とむせるガラムさん。
もぐもぐしながら照れながらもこちらを睨み「茶化すな」と、むくれる。
食欲に任せ、一口、二口と食べ進めるも、何かが気になったのか口の中のものを嚥下して動きが止まり、俺に聞いてきた。
「……なぁ、マビァ。ここまで良くしてもらっておきながら疑うのも失礼な話かもしれんが、ロージルさんは本当に俺の事を……その……選んでくれているのか? 彼女のような優秀な女性がなんで俺なんかを……。どうしても信じ切れないんだが」
必要以上に自分を卑下しているように見えるガラムさんにも色々思うところはあるのだろう。なんとなく自分を責めて、戒めている感じがする。だからこそ優秀過ぎるロージルさんの好意に疑問を感じているのかもしれない。
その理由は前に話してくれた故郷を捨てた件なのかも。でも自分をそんなに蔑まなくてもいいんじゃないかな? ガラムさんは素人目に見ても一流の鍛冶師を名乗って良い技量があるし、人から後ろ指差されるような生き方はしてないと思うんだけど。
でもそれは俺がガラムさんと関わった短い時間で感じた一方的な感想であって、ガラムさんにだって俺に隠しておきたいことだってあるだろう。全てを解った気でいるつもりはない。だからこそ、ガラムさんの疑問にできるだけ答えたい。
俺が今までに見聞きしたロージルさんについての情報を、できるだけ多く伝えよう。
「俺が見聞きしてきた印象だと、ロージルさんはたとえ国の政務官に推薦されるような才能があったり、料理で一旗上げられる技量があったとしても、それを活かしてのし上がろうって野心が全くないみたいなんだ。あの人は自分にとっては最低限の技量を活かして、自分の理想の居場所に居られるように努力して、冒険者ギルドの事務室長という立場に居るんだと思う。 才能を活かして登り詰めた先が国の中枢のトップなのか、一流レストランの料理人なのかは知らないし、それが可能な人なんだろうなとは思うけどさ、ロージルさんにとっての幸せはそこにはないんだろうね」
どんなに優秀で己の才能を思う存分発揮できる場に居たとしても、それが幸せに直結しているとは限らないのかもしれない。
俺程度の凡人の若造が偉そうに語る話ではないのだろうけど、もし俺がSランクハンターで、ひたすら強い魔物を狩り続けて周囲から英雄扱いされたとしても、それを幸せとは感じないだろう。
いや、今より強くなりたいって欲求はあるからSランクにはなりたいけどさ。
むしろ、そこそこの仕事をした終わりに仲間とワイワイ食べる食事や酒の方が幸せだ。その為にハンターをやってると言っても過言ではない。
そしてこっちの世界に来て、その思いが一層強くなった。それは全て『翡翠のギャロピス亭』での完璧なもてなしのせいでもあるんだけど。
美味い飯に大浴場、石鹸にシャンプー。寝心地良いベッドに朝のシャワー……。こっちの世界には元の世界では想像すらしなかった理想の全てが揃ってる。天国に等しいこの環境を味わった今、元の世界での臭い安宿生活に戻れるのか心配でならない。こちらの環境をそのまま元の世界に持ち帰る方法はないものだろうか?
パーティのみんなや孤児院の連中にもこの感動を味わわせてやりたい。
……っと、考えが逸れた。今は俺の願望なんてどうでもいい。
「この料理を受け取りにロージルさんの住まいに行った時にさ、あの人が嬉しそうに鼻歌混じりで準備してるのを玄関で聞いたんだよ。この料理をガラムさんに食べて喜んで欲しいって気持ちは間違いないんだ。昨日も言ったけど付き合う付き合わないを強要するつもりは俺には全くないよ。ロージルさんの想いをどう受け止めるかはガラムさん次第なんじゃないかな?」
俺は指で料理の載った木皿をトントンと叩き、「またスキルで見てみる?」と促す。
ガラムさんは数秒料理を見つめた後、目を瞑って首を横に振った。
「いや、もうあのスキルでこれ以上、彼女のことを見るのは止めておくよ。俺の方だけ一方的に見るのは卑怯な気がするし、まるで覗き魔みたいだしな」
フッと、苦笑するガラムさん。
「あ……、そっか。ゴメン、言われてみたら確かに。そのスキルがあまりに便利過ぎるから、そういうことに気が回らなかった」
やっベー、確かにそうだ。もし将来的にガラムさんがロージルさんをしょっちゅうスキルで覗き見してたなんてのが本人に知られたら、気分がいい訳がない。下手をすればガラムさんが覗き魔の変態扱いされてしまう。
「昨日もスキルで見ろって勧めるべきじゃなかったよな。ごめん、無神経だった」
「いや、あの時はその、『ロージルさんがお前に迫っているように見える』のをチラッと見ただけだったし、その事実が見た目とは全然違うってのを知るためだったから逆に良かったと思う。……彼女とは一昨日、東門前で別れて以来会ってないんだ。もし次に再会した時に何も知らないであんな感じになられたら、俺はどうしたらいいか凄く困っていた筈だ。でもな、正直まだお前に聞いただけだから、信じ切れないんだよ……。間違いじゃないんだよな?」
照れ隠しにスプーンで炒めご飯をザクザクと崩し口に頬張る。
「そこは信じてもらうしかないんだ。ガラムさんへの想いを拗らせ過ぎて昨日より過敏になってるから、まだ直接会わない方がいいとは思うんだけとさ」
「過敏って?」
ご飯をモグモグごくんと飲み込んで、次に鶏にかぶりつく。
「昨日の弁当を作ったのがロージルさんだったって、ガラムさんにバレたって聞いただけで気絶しちゃったし。俺とガラムさんが裸でイチャコラしてるのを妄想して、鼻血吹いてぶっ倒れたりとか……」
「ぐふっ!……げほっ、げほっ」
鶏肉を喉に詰まらせて、スープで流し込みながらも噎る。
「何がどうなったら俺とお前がそんなことになる?!」
「もー色々複雑過ぎてさー。上手く説明できる自信がないよ。そんなことしないってちゃんと否定しといたから、もう大丈夫だと思うけど」
「そうでないと困る……」
難しいながらも一連の流れを思い出しながら話す。特にロージルさんの姉リーデルさんが、ロージルさんを男性同士の恋愛物語好きに洗脳しようとしていたって話なんて、男からすれば理解しがたい上に無駄に長い話だ。それでもガラムさんは飯を食いながら困惑気味に黙って聴いていた。
「……普段の彼女と違い過ぎて、何が起きてるのか想像もできんな」
「まったくだよ。ロージルさんの幼なじみの親友でイルマさんって人がいるんだけど、その人と俺の二人でどうにかできないもんかと頑張ってるんだ。ロージルさんが人前でアレになったりでもしたら、その辺の男に襲われかねないもんだから、こっちも必死なんだよ…………ん?」
ガラムさんの大きな溜息を聞きながら、もう一つの弁当箱を包みなおそうと手を伸ばして気付く。
弁当箱と包みの布との間に、何か紙のような物が挟まっているのを見つけた。
弁当箱を持ち上げてみると、小さな四角い紙があり、遠慮がちに小さな文字で、手紙とは呼べないほどの短い文章が書かれていた。
『明日もまた、食べていただけないでしょうか?』
精一杯のロージルさんの気持ちが、その短い文章に込められている気がして、思わず苦笑する。
「どうした?」
「ガラムさん、これ」
手紙を渡すと、読んだガラムさんはこちらから顔を背ける。耳が赤いので照れているようだ。
「どうする?」
「…………正直、戸惑うばかりでどうしたらいいか分からん。が、この料理は美味いし本当に嬉しいんだ。彼女が俺が食べることを望むなら、俺も助かるから引き続きお願いしたい。もちろん利用するだけ利用して、後は知らないなんて真似はしない。ちゃんと向き合って考えたいが、今は無心で仕事に打ち込みたいんだ。だからまだ時間が欲しいって伝えてくれるか?」
「うん、分かった。あ、俺もう行かなきゃいけないし、明日の朝早くから仕事があるから、今朝みたいにこれを受け取れないと思うんだ。昼には取りに来れると思うんだけど、ガラムさん寝てるかな?」
「わざわざ取りに来てもらうのも気が引ける。そうだな……七時頃にお前の宿に預けておいていいか? 本当はロージルさんに直接返して礼を言うのが筋なんだろうが、今は会わない方がいいんだよな?」
「あはは、そうだね。じゃあ悪いけどそれでお願いします」
「それはこっちのセリフだ。……ありがとな」
ガラムさんの礼の言葉に、俺は手を振って返して勝手口から出る。
微速前進って感じかな? カタツムリ並の速度だが二人の関係は一応前に進んでいるようだ。
僅かな手応えを感じながら、道を急ぐ。
次はナン教授の家だ。




