初日 街へ
河原から土手を上がり遠くに見える街まで、取り敢えず草原をまっすぐに進んでみる事にする。
街までは目測で二十キロ位のもんだろう。荷物も装備も重いがその距離ならいつも歩いている。
今のこの世界の季節は分からないが、太陽の傾き方を見ると二時か三時と辺りをつける。三時間もあれば着けるかな? と、後ろの物凄い黒煙を見ないようにどんどんと足早に進む。暫く進むと目の前を横断するようにある小路に出た。左右を見渡し、右は森の中を割って入っていき、先程の川の下流に出そうだ。左の道はやや下りこちらが街に続いてそうなので、左に行くことにする。
道なりに二キロほど進むと、左右の草原が畑になり、穀物らしい青く細く尖った葉の植物が広い土地にびっしりと茂っている。植物の背の高さは俺の腹ほどまで伸びていて、少し周りの見通しが悪くなる。不意に道に矢印の付いた柱が現れて、矢印の指す方角を見ると、集落のようなものが見える。この農地の持ち主だろうな。第一異世界人との初の接触か? と少しワクワクしながら進んで行くといきなり声をかけられた。
「おい、そこのあんた。この村に何か用か?」
声のした方を見ると、畑の切れ目が細い用水路になっていて、その中に立って水路の掃除をしている男性を見付ける。年は五十代だろうか。麦わら帽子を被り、肩に農具の柄を立て掛け首に巻いたタオルで汗を拭きながら立ってこっちを見ていた。プレイヤーの言った通り言葉が理解できて助かる。
「あぁ、いや、驚かせてしまってすみません。大きな街に行きたいのですが、迷ってしまって。そこに矢印の柱が立っていたものですから、ついこちらに来てしまいました」
こちらは武装した男だ。さらに怪しげな動物の皮に内蔵で作った袋、焼き肉を木の棒にぶら下げて現れたら誰だって警戒する。なるべく怪しまれないように丁寧に答える。だが男性はそれほど警戒せずに、脇に農具を置きこちらへ歩いて来た。
「ああ、あんたは見たところ冒険者か? ならこのまま村を突っ切って道なりに行けばカレイセムという街がある」
男性は村の方を指差してみせてくれた。冒険者? こちらで言うハンターの事か? だとしたらギルドもあって何とかなりそうだが。
「道の途中にいくつか道が交わるが、道標が立ってる。ここから大体十二キロくらいだ」
え?っと驚く。距離の単位も一緒なのか? いや言葉が違うんだから、なんか無理矢理合わせられてそうな気がする。プレイヤーがくれた能力だもんな、多少の誤差があっても分かりやすければいいって感じかもな。
「どうも丁寧にありがとうございます。では行ってみますね」
俺は極力丁寧にお礼を言い頭を下げた。こちらの誠意は伝わったようで、男性もにこやかに「おう、気を付けてな」と手を振ってくれた。
最初の異世界人接触から好感触だ。このまま行きたいなと、気分もよく進む。
木々に囲まれた村に入ると、もうそこが村の中心広場で、真ん中に井戸があり、ご婦人達が洗濯をしたり、野菜を洗ったりしている。周りに立ち並ぶのは木製の家で、白い漆喰のような壁で出来ている。木の柱や屋根、扉などの材木は全て緑色に染めてある。防虫効果でもあるのだろうか? 雨戸の内側にガラス窓もあり、玄関の扉も覗き窓がガラスで出来ているところを見ると、ガラスは素材として安価なようだ。出窓やテラスに花を植えた鉢を置き、小さな可愛らしい家をより一層華やかに飾り立てている。そんな綺麗な家が、井戸の周りをぐるりと六件立ち並び、何本かの脇道に入った先にもチラホラと家がある。あまりにも鮮やかで綺麗な村の造りに、俺は立ち尽くし溜め息を吐いた。
「あら、見かけないお兄さんだけど、どうしたんだい?」
井戸端で洗濯をしていたおばさんが俺に話しかけてくる。
「あ、あの、あまりにも美しい村だったもんで、つい魅せられてしまいました」
そう、俺達の世界では普通小さな農村ってのは、朝から晩まで働いて、農作業が終わっても内職をし、家は安全に住めればいいくらいで、こんなに拘って造ったり美観を気にしたりなんて暇はないのだ。特にこの村はそのまま観光地にでもなりそうなほどで、村の設計段階から景観を計算して作っているのではないかと思うほど美しい。
こんな小さな村までゆとりある生活を送れるということは、俺達の世界よりも文化レベルが高いのかもしれない。
「そうかい? そう言ってもらえると嬉しいねぇ。私達の自慢の村だよここは」
おばさんはそう言って他のご婦人達と笑い喜ぶ。
「もっと見ていたいところ残念ですが、急ぎの旅なので失礼しますね」
俺はそう言ってお辞儀をし、村の出口を目指した。「良かったらまたおいで」と手を振ってくれるご婦人達に手を振り替えし村を出ると、また暫く穀物畑が左右に広がる。
平和ってだけであんなにも心豊かな生活が送れるのかな。と、元の世界ではなかった思考を巡らせる。確かに元いた世界は『ゲート』が発現するまでは各国で戦争をしていて、『ゲート』以降では頻発する魔物の湧出に、エリアごとなら数年に一度の、大陸単位では数ヵ月に一度の大型の『ゲート』発現で、世界はいつも危機に瀕している。
そんな中ではこんな美しい村をじっくり造る事もなく、魔物の潜む地域への農業開拓は諦められ、ギリギリのところまで農地を広げて、魔物の被害に遭いそうならハンターに依頼する。つまり生き残りと農作物の確保が第一で、美観など思いもよらない事だろう。
俺にとってはほんの数時間前に、俺の暮らす街は滅びかけた。いや、赤竜石隊のみんなが来てくれなかったら間違いなくみんな死んで滅んでいたに違いない。元の世界に戻れたら、ただ魔物狩りに明け暮れるのではなく、世界のあり方も考えなくてはいけないんだろうなと、この緑豊かな農道を歩きながらつくづくと思った。
農道を抜け分岐点や交差点の度に道標があるので『カレイセム』を目指して進む。先程馬に乗った兵士が三人、早馬で駆けていくのとすれ違った。何か事件や事故でもあったのだろうか?
そういえば水筒の用意がなかったなと思ったが、こちらに来た時点で容器や器になるものもなく、トカゲの皮や胃袋等で水袋を作る時間も技術もなかった。幸いにも水に恵まれた国だったので、綺麗な小川を見付けては手や顔を洗い、水を掬って飲む。
トカゲの肉も最後のひとつを齧りながら進んでいると、最初に見えていた街の手前の牧場に入った。左右に牧草地があり柵で囲われていて、その間を街道が街まで続いているようだ。奥の方には家畜舎らしき大きな建物があり、サイロへ牧草の入れ換えをする人達の姿が小さく見えた。
遠くから見て白い点々だったのはやはり家畜だったみたいで、見たことのない牛と馬の間の子のような大きな動物が、牧草地に放されている。こういう風景を見ると、異世界なんだって実感が湧いてくる。
毛色はさまざまで、赤毛、黒毛、白に斑と色々いて、牝には大きな乳房があり肉用だけでなく搾乳もしていそうだ。牡牝ともに角が生えるらしいが、根元から切ってあり伸びきった姿が見れないのを残念に思いながら先へ進む。
そろそろ夕刻に近付き、東(?)の空が青から紫へと変わっていき大きな星と、大小ふたつの月が並んで上がっているのが見える。もう大分近くなった街の外壁も、西陽が当たりオレンジ色になり始めていて綺麗だ。
街に近付くにつれ、街道の左右には大きな畑と小さな集落が増えてきて、その家々からも灯りが点り始めている。あと少しなので俺は城壁まで駆け足で行くことにした。
外壁の門はふたつあり大きい門は恐らく軍の出入りの為で、こちらある小さい門の方に検問所があるので、普段の出入りはこちらのようだ。小さいと言っても馬車が余裕ですれ違える大きさなので十分に大きい。馬車や団体はそちらを通り、俺のような個人は更に小さい扉から通される。
夕刻だからなのかいつもこうなのか知らないが、行列が十人ほどできていたのでその最後尾に並ぶ。
俺の番が来る前から周りの兵士がチラチラと俺の方を見て、胡散臭そうな顔をしているのが気になる。やはりすんなり入ることは出来ないか?
「よし、次」と呼ばれ、俺の番が来る。名簿に名前を書くように求められたので、元の世界での文字を書いてもいいものか少し悩んだが、いざ書いてみると勝手に手がこちらの文字での俺の名前を書き出す。読めるし書ける、便利なスキルを貰ったな。
「名前はマビァ君だな。格好からして冒険者か?」
村の男性と同じ事を聞かれるが、冒険者と言うものを俺はよく知らない。こう言う装備でいる冒険者がいるなら、この格好のまま成れそうなので都合がいい。ハンターとどう違うのか分からないが目指している事にする。
「いえまだですが、これから成れるのか試してみたいと思ってこの街にやってきました」
「そうか、中々いい装備を揃えているが、それはどうしたのかね」
確かにこれから何かしようってぺーぺーの装備じゃあない。とはいえここの兵士達と俺の装備は随分と違う。彼らの鎧は俺の様な重そうな金属製ではなく、革製ジャケットを少し硬化した感じの、より洗練されて軽量そうな物だった。これも文化レベルの違いか? あちらの武装の方がこっちのより良いような気がする。もしかして俺の鎧はこちらでは時代遅れの骨董品だったりする? そんな場合も考慮して適当に嘘を吐く。
「はい、親父の形見で兄が家督を継ぐ際に、形見分けで譲ってもらいました。幸いにも俺しかサイズが合わなかったので誰からも反対されなくて…」
おお! ペラペラとありもしない嘘を吐いてる。俺って詐欺師になれる?
「そうか、それは良かったのか悪かったのか。冒険者は確かに成功者もいるが、危険も大きい職だ。剣に自信があるなら軍への入隊もいいぞ? 収入は安定するし戦争もないしな」
普通なら魅力的だ。だが俺は異世界人だし安定が目的じゃない。
「あはは。冒険者をやってみてどうにも食って行けそうになかったら門を叩いてみます。俺が受かれるかは別でしょうけどね」
と、愛想笑いをしておく。兵士さんも本気では無かったらしくしつこい勧誘はなかった。
「じゃあ後ひとつ、その木の棒に担いでいるのはなんだい?」
やはり怪しまれたか。素直に答えると何となくヤバい気がする。なんとかはぐらかしてみよう。
「こちらに来る途中で獣に襲われそうになったところを何とか倒したんですよ。これを冒険者ギルドに持っていけば少しは金にならないかなって出来るだけ持ってきてみたんです」
「ほう!それは凄いな。それはどんな獣だった?」
やはり食い付いてきたか、俺は倒したトカゲとは違う印象を与えるために言葉を選ぶ。
「森の側を歩いていたら森から飛び出して来ましてね。二本の足で立って歩く羽のない鳥みたいなヤツでした」
「…そんなヤツは見たことも聞いたこともないな。川や水辺にいたとか、ワニ型の大きな魔獣じゃなかったんだね?」
兵士さんは顎に手を当て首を捻って、俺が言うデタラメな動物の姿を記憶から探ったようだが、当然そんなものいるわけがない。でもやはり俺が倒したトカゲだと疑っているみたいだ。ワニってのは本当に知らないからこちらからも探りを入れておく。
「そのワニってヤツはどんなヤツなんですか?」
「『バーンクロコダイル』って言うワニだよ。今この街の近くに結構繁殖しててな、大きくて五~六メートルにもなる巨体なのに結構素早くて炎も吐くんだ。君が倒したのはソイツじゃないんだな?」
兵士さんは俺を探るように見詰めるが、俺は軽くすっとぼける。いい情報ありがとな。
「いやー、俺みたいな駆け出しにもなってないヤツが、そんな凄そうなの倒せるわけないじゃないですかー」
「それもそうだな!」と兵士さんも言って、ふたりでガッハッハと揃って笑う。
「まあ、冒険者やるならいずれヤツにも会うだろうから気を付けることたな。俺達兵士も駆り出されて戦ってはいるが、まだ一匹も討伐出来ていないんだからな」
よわっ! ここの兵士弱すぎるだろそれは! Cランクハンター最弱と自負する俺がソロで倒せたんだぞ? ここの兵士大丈夫かよ。
「さっきここは平和だからって、兵士に勧誘してきませんでしたか?」
「俺は戦争はないって言っただけだよ あと今日は丘の方で火災があったくらいか」
この人、中々食えない性格してるな。しかし火災…? どこか心に引っ掛かる言葉だ。
「まあいい、これで質問は終わりだ。今回は市民でないから、初めて街に入るってことで通行料二千カルダを支払ってくれ。ドライクル銀貨二枚だ。次回から冒険者を証明するタグを持っていればタダになるから、冒険者にならないなら身の振り方考えるように。市民だったらタダだからな」
…ここでもう金の出番かよ。絶対に使えない貨幣しか持ってないけど、取り敢えず見せてみるか。
「すみません。金こういうのしか持ってないんですよ」と言って机に元の世界の銀貨を二枚出して見せる。
「なんだこれは? どこの通貨かね。文字は読めないし作りも甘いから時代的に古い外国の物か?
でも銀には違い無さそうだな。どれだけ混じり物が入れてあるかに依るが、君のヤツの方が目方は重い。ホントにこれしかないのか?」
「はい。何処のか知りませんけど、この種類の貨幣しか持ち合わせがなくて…」
そう言い、大銅貨と銅貨を机に置く。金貨や大銀貨は見せない。そして財布も見せない。残りが多いのがバレると足元見られる事があるからな。
「君は一体何処から来たんだ。この近隣の国でもこんな貨幣使えるところなんてないはずだぞ。よほど辺境の遠い国から来たのか?」
「いえ、この国出身ですよ。言葉もおかしくないでしょう? これもさっきの父の形見分けなんですよ。普通の貨幣はここに来るまでの路銀で使い果たしてしまいました。」
またするすると嘘が出てくる自分が怖い。そして媚びるように言ってみる。
「この貨幣で何とかなりませんかねぇ。この獲物を売った金で後払いってのも無理なんですよね」
「さすがにそれは無理だな。規則違反だ。……ん~。じゃあこう言うのはどうだ? その銀貨二枚と大銅貨一枚と銅貨一枚、俺が銀貨二枚で買ってやろう。その金で街に入ったらどうだ?」
確かに悪くない話だ。でも使えない硬貨なんて買っても兵士さんは損しかしない。そう言うと。
「俺は生まれて初めてこの貨幣を見た。多分他でも見ることはないと思う。俺の見立てじゃ銀の含有量は悪くなさそうだから、二枚とも鋳潰せば恐らく銀貨二枚より儲かるはずだ。それに俺は珍しい物好きなんだよ」
兵士さんはニカッと笑ってウィンクをする。
なるほど、それならこちらばかりが得と言うわけではなさそうだ。大分この兵士さんのご厚意に甘えてる気がするが、街に入れるチャンスだ。ここは乗っておこう。
「わかりました。じゃそれでお願いします」
そう言ってお辞儀をし扉を通ろうとしたらもう一言兵士さんから戴く。
「さっき倒したって言ってた獣の心臓は割ってみてないだろう? そいつが魔獣だったんなら、そこにジェムって鉱石みたいなのが入ってて、それが冒険者の主な収入源になる。次からは取り忘れるなよ!」
「それは知りませんでした。損したな~。アドバイスありがとう」
もちろん取って来てるけど。良くしてもらっているのに悪いな、と思いながら嘘を吐き兵士さんに手を振って、街の中に入って行った。
次回はいよいよ街に入ります。
5月10日(日)正午に更新予定です。
宜しければまた読んでやってください。作者も喜びます。