五日目 カイエン中将への報告
「じゃあ俺、このままカイエン侯爵に報告してくるわ。多分まだ基地にいると思うし」
「分かりました。わたしは先輩達に報告しておきますね」
中央広場まで戻ってきたところで、俺はコニスと別れて駐屯基地へと走った。
太陽は西側の防壁に隠れたが、空はまだ夕焼けで明るい。街灯や酒場の灯り、生活の灯りが街を照らし、夜の色彩へと移り変わっていた。
通りに溢れていた人達は、それぞれ酒場やレストランに入ったのかまばらになり、走りやすくなったのでちょっと速めに走る。
中央広場から駐屯基地までは約五百メートル。軽い駆け足なら一分足らずで、ちょっと息が上がる程度で汗もかかない。昼飯とお菓子のエネルギー消化には全然足りない。このままだと晩飯いらんかも? でも明日朝早いしなぁ……。と悩みながら門番をしている兵士に近付いて声をかける。
「あの~、カイエン侯爵……中将ってまだいるかな? マビァが来たって伝えてくれない?」
訝しげにこちらを見た二人の兵士は、俺が名乗った途端に「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げて一歩下がる。なんで?
「は、はい。いえ、マビァさんがいらしたらお通しするように言われております。ご案内致します!」
一人が通用門を開けて通してくれる。
「あ、あの……、それは?」
なにやらビクビクしながらこちらの右手を指差して聞いてくる。
「ああこれ? さっき貰ったんだ。……もしかしてここに預けた方がいいのかな?」
広い場所なのでブンブン振ったりクルクル手の中で回したりしてたら兵士がビビって離れるので聞き返した。前に来た時は剣持ってても通れたのに、手斧がダメってことはないだろうに。
「いえ、そういうわけでは。マビァさんが手に持って振るえる状態なのが恐ろしいというか、あの、できれば腰にでも取り付けて戴ければ……」
ああなるほど。抜剣状態でなきゃいいわけか。確かにこのままだと、刃にカバー付いてても人に襲いかかって殴り殺せるもんな。兵士としたらそんな物騒な者をそのまま連れて歩くのは良くない。
「悪い悪い。気が回らなくて」
すぐにベルトの後ろ側へ留め金を通して固定する。それで安心したのか案内を続ける兵士。
「ありがとうございます。いやぁ、マビァさんが武器を振っているとさっきの模擬戦を思い出しまして……」
愛想笑いで答える兵士。ってことは……。
「じゃああんた、さっきの模擬戦に参加してた兵士なんだ」
「は、はい。最初の大技の回転斬り……ですか? まとめて斬り飛ばされた時の外側の方にいまして。左脇腹から右肩へ斬られた感触がまだ残ってますよ」
あの時は全員脆そうな兜を被っていたので、誰も彼も区別がつかなかったが、この兵士は俺と同じくらいの年頃に見えた。
彼は脇腹を擦りながら苦笑する。
「痛みは無かったんだろうけど、剣で斬られる感覚はキツいよなぁ」
「自分はまだマシな方だったんだと思います。面と向かって斬られてないですし、何も分からない内にあっという間でしたから……」
「やっぱり酷い状態のヤツが何人か出た?」
「正面から斬られた連中の中の四十人くらいですかね……。ヤーデン中尉も含めてまだ意識が戻ってません。かなりうなされているようですよ」
「あー…………。やっぱやり過ぎたのかなぁ……」
「やり過ぎた自覚は無かったんですね……」
額をぴしゃりと叩いてほんのちょびっと反省していると、兵士に半眼で呆れられた。
「で、あんたはなんで大尉の反対派に居たんだ? やっぱり軍人至上主義なのか?」
「いやぁ、自分は下っ端ですし先輩達に逆らえなくて半分は渋々でしたけどね。さっきの百人の半分以上はそんな奴らばっかですよ。自分もそこまで軍人が一番だって考えはないんですけど、今まで冒険者達のことを見下してたのは確かなんですよね」
恥ずかしそうに頬を掻く兵士。
「だって大抵ガラ悪いですし、酒場なんかでヘタレなくせに他の客に絡んでいくし、結構迷惑な奴らが多いんですよ。精々言い争い程度で暴力沙汰にまでは発展しないんですけど、大抵奴らからケンカをふっかけるんです」
「そうなのか?」
聞き返すと、彼は強く頷いた。
むぅ、なんかロージルさんから聞いてたのと話が違うぞ? これはまた片方の言い分しか聞いて無かったことによる誤解か?
彼の言う件が最初にあって、兵士達に迷惑をかけた後なら見下されても仕方がない。
そういうのが長年積もり積もって『冒険者はクズ』ってレッテルを貼られていたとしたら、本当に反省するべきなのは冒険者の方なんじゃなかろうか?
二日前に俺は東の葦原で、ラクスト大尉とその部下を『碌な仕事もできない給料泥棒』と罵り、冒険者達は『自分の食い扶持をちゃんと働いて稼いでいるだけ、お前らよりマシ』と庇った。
しかしそれはロージルさんが言った『冒険者は報酬に見合った仕事をしている』という観点のみから出した答えだ。そこに人格的な評価は含まれていなかった。
……そう言われてみれば、思い当たる節がチラホラある気がする。ギルドで冒険者に声をかけただけで凄まれたし、夜中に酔った勢いでギルド職員に『幻獣召喚』をさせて迷惑かけてたらしいし……。
俺も気に食わない相手だと思えば、煽るだけ煽って相手に手を出させた後捩じ伏せるっていう、コニス曰く端から見ればかなりゲスい方法を取ることがある。
さっきの模擬戦前にもやってたしな……。
やってる本人は、その時は正しいことしてるつもりなんだけど。
あれ? これって俺が率先して冒険者のイメージダウンをしてることになるのか?
俺がこの街でいつものやり方を続けてると、他の冒険者が真似し始めるかもしれない……。ちょっと反省した方がいいのかも。
「あ、でも去年サブマスになった新人の可愛い娘が来てからはかなり苦情やトラブルが減ったような? でもまぁ冒険者の態度の悪さは変わんないですよ」
おっとそりゃコニスのことか? 意外なところで役に立ってた。
「そ、そっかー。それはダメだな。迷惑かけちゃダメだ。ちゃんと話し合って止めさせるようにするよ。ありがとう教えてくれて」
「是非ともお願いします。マビァさんの教育によって、冒険者達がマビァさんの十分の一でも強くなってしまえば、我々にはもう手に終えませんから」
そんな大袈裟な……と思ったが、冒険者達が成長して『鐘』の効果が俺同様に効かなくなったとしたら、暴力沙汰にまで発展してしまうかもしれない。
こりゃあ冒険者達の戦力強化よりも基本的なモラルを守らせることに力をいれた方がいいかもな。
「こっちもだけどさ、あんたらももっと訓練してちゃんと治安を守れるくらいの力をつけてくれよ? 中将にも言っておくけどさ」
「りょ、了解です」
連れてこられた場所は前回と同じ部屋だった。
一緒に来た兵士がノックをして俺が来たことを伝えると、中から返事があったので扉を開けて入る。
今回はラクスト大尉は居らず、カイエン中将とテイレル大佐の二人だけだった。
「やぁ、お帰りマビァ。首尾はどうかね?」
二人はテーブルを挟んでソファーに座りお茶を飲んでいた。こっちが駆けずり回ってるってのに呑気なもんだ。
「はい、教会から神官一人と前衛職を二人確保してきましたよ。どっちも少し不安要素はありますけどね」
テイレル大佐が俺に席を譲ってくれ、中将の隣へと移る。お茶を勧められたがお断りした。
「仕事が早いな。で、不安要素とは?」
「神官は能力は高いようですが実戦経験もなく、十一歳の幼い少女ってところですかね。名前はシャルンティン。神官長の妹です。今回必要な魔法は全て使用可能ですので、高性能で小型軽量コンパクト。取り回しが自在ですので緊急避難の際には誰でも担いで逃げられます。治癒魔法も俺が体験済みです。女神様の推薦ですよ?」
「う、うむ。エリンテルの妹ということは大神官ゴルディーの娘だな。まだ面識はないが有能だとは聞いている。もっぱら『カレイセムの聖女』として名高いから適任と言えるかもな」
あ、大神官ってあの兄妹のとーちゃんだったのか。ここの教会は世襲制なのかな? それにしてもシャルのヤツ、『聖女』って二つ名持ちだったのか。確かにあの優秀さと純真っぷりは、そう呼ばれても不思議はないな。
「しかし、お前の説明は人物紹介ではなく商品説明みたいだな。判りやすくて良いが」
そうかな? 要点を纏めただけなんだけど。
「前衛職の方は残念ながら現役の冒険者には任せられる人材がいませんでしたので、俺がこの街に来て知り合った元冒険者夫婦に頼みました。ザンタさんとアリアさんで……ええと姓はオーエンだったかな? 二人とも今は五十代半ばですが、現役時代は国内トップクラスの冒険者だったとか。
不安要素は引退して二十七~八年経ってますからスタミナに難有りってところなんですが、それを吹き飛ばすほどの有益な情報を持ってます。二人とも遺跡の衛兵を倒した経験が何度もあるそうで、今回の二種類の衛兵の攻略法も教えてもらえました」
「ほう、それは吉報だな。さっきもテイレルと二人でどうしたもんかと話し合ってたんだ」
身を乗り出して聞いてくる二人。俺は二人にキリバチとヒラグモの倒し方を伝える。
「なるほどなぁ。俺達二人は、武器の攻撃系統は刺突がメインだから核のジェムばかり狙って倒してたからな。そんな仕組みで復活するのなら一番やってはならない悪手だったわけだ」
二刀流による急所突きの連撃のせいで最速の討伐ペースだったから、衛兵も最速で復活してたってわけだ。
「こちらもお前が居ぬ間に研究所職員には話をつけておいた。チーダスも同行させることになった。なにやら渋い顔をしてたがな」
ええと、あ、ナン教授の息子さんだっけ?
「彼にはマビァに見せて良い範囲の極秘資料を自宅に持って帰るように言っておいたぞ。このあと会うのだろう?」
「はい、ありがとうございます」
それはホントに助かる。もしここで目的のスキルを見つけられなくても、沢山の情報があれば次に向かう指針を定めやすくなるからな。
「しかしオーエン夫妻は随分と優秀な冒険者だったようだな」
「中将は俺があの夫婦の名前を出したから、俺が彼らに依頼すると思って任せたんですよね? 彼らのことを知ってたんじゃないんですか?」
「俺は領主だし軍の中将だぞ? 領地内の有能な者くらい把握しておる。とはいえ面識があるわけではないしな。彼らが国内トップクラスの冒険者だったというのも極一部しか知らないことだ。どうやら当時のギルマスが彼らに口止めされていたらしくてな。俺の父上、前領主も説得され国王に通達されるのを止められたらしい。まぁもともと、国外での冒険者の功績はギルドへの報告の義務はない。此度のキマイリャの件のように、国際問題に発展しかねるものでない限りな。
つまりだ。今はどうか知らんが、彼らは冒険者時代の功績を隠したがっているようなので、領主としても協力を頼みにくいわけだ。父上が口止めされたくらいの人物らしいからな。そんな人物の名前がお前の口から出たから、お前に依頼させることにしたわけだ。日数的に付き合いは短そうだが、仲良くしてそうだったのでな。俺が権力振りかざして頭ごなしに命令するよりは心証が良いだろう? 結果は上々のようだしな」
フフンっと余裕の笑みを浮かべるカイエン中将。
すっかりとこちらの内情を読み取られていたらしい。自分の予想以上に事が上手く運んだようなので、中将はご満悦だ。
しかし今のザンタさんからすれば、引退当時国内トップクラスの冒険者だったことを隠したのが不思議に思う。
そんな立派な看板を掲げれば、冒険者専門店にとってこの上ない宣伝効果になる筈だからだ。
引退当時の心境が今と違ったのか、それとも長い年月の間に商売のスタイルが変わったのか……。
まぁ俺程度の若造では理解できないほどの人生観があの夫婦にはあったんだろう。そう思って流すことにする。
「では明日、戦闘経験豊富な彼らの意見を聞いて編成を組むとしよう。マビァにも期待しているからな。ソレは明日のために新調したのだろう?」
中将は俺の腰の黒い手斧を指差して言う。
「はい、ザンタさんが持っていけとくれました。このあと、慣れるためにちょっと練習しておきます」
腰を捻り手斧の柄に手をかけ見せながら言うと、中将は「ほう……」と呟いた。テイレル大佐もじっと手斧へと視線を向けている。
気になり視線を向けると、それに気が付いたテイレル大佐は、「良い物のようですね」と、にこりと微笑み返した。
その後、この部屋に来る途中で聞いた、模擬戦後の兵士達の様子も聞いてみた。
あの兵士が言ってた通り、大技で纏めて斬り飛ばした連中は六十人ほどで復帰も早く、中将の説教とラクスト大尉による説得により、こちらへ協力する事と真剣に訓練を始めることを了承したようだ。
残りの四十人ちょいの『リヴァースウィンド』修得の為に一人ずつ斬った連中や、『ネイキッドダガー』で腕と頭部を貫かれたヤーデン中尉は、まだ意識が戻っていないらしい。
冒険者達の素行の悪さについても聞いてみた。中将が言うには、
「冒険者達が荒っぽいのは確かだが、兵士達が横柄なのも否めん。軍人至上主義の連中は市民に対しても高圧的に振る舞うのだからな。もはやどちらが先とは言えん。これから先、どちらも訓練をし強くなった時、増長していれば被害を被るのは一般市民だ。俺もお前もこの街に留まって居られる身ではないのだから、冒険者ギルドと軍のどちらにも、規律を守らせ治安を任せられるリーダーの育成が必要だろう。ここはラクスト大尉にやってもらうしかあるまいな」
と、ラクスト大尉に丸投げする気満々だ。
ギルド側はどうだろう? コニスがかなりの統率力を持っているし、イルマさんの脅しに抗える冒険者も居ないだろう。ロージルさんも調子が元に戻れば二人よりも職員からの信頼度は高い。色ボケさえなんとかなればなぁ。
あとは『黒い三連狩り』に任せればなんとかなるか? こう考えるとギルドの方は上手くいきそうだ。問題が多いのはやはり軍の方か。
「ラクスト大尉だけじゃキツいんじゃあないですか?」
「そこは俺やテイレルが時々引き締めてやれば良い。どうせウェルの計画が進めば何度もこの街に視察に来ることになるだろうしな」
中将がニヤリと笑いテイレル大佐に視線を送ると、大佐はやれやれと肩を竦め苦笑した。
「それじゃあ俺、ギルドに戻ります。またウェルの宿で会うかもしれませんけど、明日の作戦成功させましょうね」
「ああ。今日は色々と世話になった。感謝する。明日も宜しく頼む」
俺が立って別れの言葉を言うと、二人も立って敬礼してくれたので、真似をして返す。三人でふっと笑った後、俺は部屋を出て冒険者ギルドへとまた走り出した。




