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五日目 三度『冒険野郎ザンタの店』へ

 教会を出るとかなり陽が傾いていた。

 まだ夕方までにやっときたいことがあったんだけど、今日も時間に追われて動き回ることになるとは思わなかった……。

 今日三度目となる『冒険野郎ザンタ』への道をコニスと歩く。

 どの屋台や(かまど)ももう組み立て終わり、その場で働く者は誰もおらず、街を歩く人々は夕飯の買い物目的の女性や観光目的の旅装の姿が多く溢れる。

 一本道だし店の場所はお互い知ってるからはぐれても問題ないが、ちっこいコニスを人混みに放置してさっさと行くのも気が引けるので、速度を合わせて人ゴミを縫うように歩く。


 「いい人じゃねーか。『通常モード』のエリ公は」

 「でしょ? だから見限るなんてできないんですよね~。わたしからどうこうする前に、あそこまで積極的に来られたことなんて初めてでしたし……」


 頬をほんのり朱に染めて恥ずかしそうに言うコニス。

 好かれて嫌なわけでは無いのだろう。ましてやコニスだって惹かれてるのだから尚更だ。


 『ド変態紳士モード』の時はさておき、『通常モード』ではコニスへの気遣いが溢れていた。しかもアレの時にやり過ぎた反省からか、コニスを目で追うことすら遠慮してたように見えた。


 「別れる時のエリ公の顔見たか? 捨てられて置き去りにされる仔犬のように哀れだったぞ?」

 「も~、それ言わないで下さいよ~。わたしだって毎回心痛めてるんですから」


 そうか、コイツは週に一度の休みの度にあの表情を振り切って帰っているのか。もしエリ公が可愛い仔犬や仔猫だったら、俺なら離れられないかもしれない。




 教会を出る前に、エリ公呼ばわりしたことや、かなり嫌で失礼な態度をとったことを謝っといた。


 「改めてエリィと呼んでもいいかな?」


 と、聞いたが、


 「エリ公のままでお願いします。アレの時の私は、まさに盛りのついた猿そのものです。自分自身の戒めにもなりますので、どうかそのままでお願いします」


 と、苦笑して深々とお辞儀された。

 エリ公が『エテ公』をモジって『猿同然』という意味を込めたのも判っていたらしい。まさかこっちの世界でも同じ言葉があるとは思わなかったが。

 シャルからも、


 「お兄様をおサルさんや猛毒のお魚さんにたとえた人、マビァさんがはじめてですよ。やっぱり他の人とはちがいますね」


 と、褒めてんだか怒られてんだか判らないことを言われた。楽しそうに言われたので皮肉を込められた訳では無さそうだったけど。


 エリィとコニスがおばちゃん達の方に行った後、ちらりとコニスの場所を確認したシャルは少し悩んでから、俺の袖を人気のない隅へと引っ張る。


 「なんだ?」

 「これ、コニスお姉ちゃんにはないしょにしてほしいんですけど……」


 そう言って教えてくれたのは、これまでの経緯と毎週の礼拝終わりにコニスが教会を離れた後のエリ公の様子だった。

 コニスは今回のように仕事で来るのはエリィがああなってからは今回が初めてで、いつもは週に一回、非番の日の朝に欠かさずお祈りに来ている。

 約八ヶ月前、コニスがカレイセムの冒険者ギルドに赴任してきてからの最初の一月は他の者と同じように普通に礼拝していたのだが、エリ公が『ド変態紳士』を発症してからは、毎回大勢人がいる教会堂でコニスを襲わせるわけにはいかないので、特例の措置が用意された。

 最初の一回目の暴走を礼拝中にやってしまい大騒動になった。さっきのように愛の言葉を大声で(のたま)いながらコニスの前で跪き、手を取り抱き付きキスを迫ったところで他の神官達に引き剥がされ退場させられた。

 大勢の前で晒し者になったコニスを、シャルとシャルの母親が庇うように退出させ、別室で謝罪。しばらく経って正気に戻ったエリ公からも謝罪があり、コニスが赦したのでその場は一旦収まった。


 しかし、次の週の礼拝でまたもやエリ公が暴走。嫌がるコニスがひっぱたいて殺しかけた。次の週の参拝をコニスが休んだら、コニスが参拝しないことにエリ公が落ち込みまる一日仕事をしない。翌日シャルがギルドまでコニスを迎えに来て、説得して教会に連れてきたらエリ公が暴走。なんとか事なきを得て場を落ち着かせた直後、通常モードのエリ公が交際を申し出た。そこでコニスにきっぱりと断られて衰弱し自殺を謀った。


 大勢の前で醜態を晒したエリ公だが元々が聖人君子で人望が厚いので、彼を慕う者の中には新参者のコニスのせいだと言うヤツも出たらしい。まぁその意見には俺はすっげぇ共感できるんだよな。でもさっきの教会に集う人達を見た感じ、そんなヤツはごく一部みたいらしいけど。

 礼拝に赴けばエリ公に襲われ、抵抗すれば殺しかけ、交際を断れば勝手に自殺しようとする。そしてエリ公が傷付けばコニスのせいにされるのだ。しかし、何らかのスキルで相手の隠された感情さえ読み取るコニスはエリ公を憎めない。八方塞がりになってしまう。

 そんなコニスの負担を減らし、エリ公を守るためにシャル達が必死に女神に祈り、与えられたのがあの聖書だ。あれのおかげで平静な礼拝が続けられるようになった。

 礼拝前に密かにエリ公とコニスを別室で会わせ、シャルや大神官の監視の元、エリ公を暴走させて聖書でぶん殴って正気を取り戻させてから、それぞれ時間をずらして礼拝堂に入れるという、クソめんどくさいことをやっているそうだ。

 でも、そうでもしないとコニスに対する風当たりがますます酷くなるから、苦肉の策ってわけだ。


 「エリィお兄様、コニスお姉ちゃんがお祈りを終えて帰ってからも、夜までおつとめを笑顔で続けるんです。でも自分の部屋でひとりになると、声を殺して泣いてるんですよ」


 なぜコニスと出会ってしまったのか。好きになってしまった気持ちをもうなかったことにはできない。それでもコニスを傷付けたくないからエリ公自身は身を引く決意をしている。なのに会ってしまえば『ド変態紳士』が暴走して迫ってしまう。いっそ消えてしまおうと自殺を謀れば、その行為自体がコニスを傷付けてしまうと叱られ諭された。

 毎日苦悩し、泣いて女神に祈り助けを乞う。シャル達家族にも痛々しいほどそれは伝わっており、エリ公に気付かれないように祈る。それは辛い日々だ。

 それでも朝が来れば神官長としての立場で皆の前に立たなければならない。


 「救いを求めるかたたちに、女神サスティリア様の御力をお借りして施すこと。それが神官の使命ですから」

 

 そう言って誇るようにシャルは笑った。少し眉尻が下がっていたから強がっていたのかもしれない。

 エリ公にも謝ったけど、ちょっと辛く当たり過ぎたなと後悔する。なんかしてやれることないかな? 気の毒に思えてきた。


 「コニスには内緒なのに、何で俺には話すんだ?」

 「わたしにはなんとなくですが、マビァさんに希望を感じるのです。あと、マビァさんは外国から来た人ですから、わたしたちが知らない解決法を知ってるかもと思いまして……」


 頬を掻きながらえへへ~と苦笑するシャル。なるほどね。やっぱりこの娘は賢い子だ。俺が役に立つかは別の話だけど、ちょっと考えてみるか。


 「シャル、ちょっと確認だ」

 「はい? なんでしょう」

 「お前達神官は神聖魔法が色々と使えるはずだ。明日の作戦もその力を借りるために俺達はきたんだからな。俺は神聖魔法には詳しくないから聞くんだけど、エリ公のアレが何らかの状態異常だったり呪いだったりと仮定して、それらを解除する魔法をかけるとか、それらに抵抗する魔法をかけるとかも試してるんだよな?」

 「はい、アレの原因を考えてまっさきに思いついたのが呪いでしたから、解呪魔法もためしましたし、せいしんの状態異常をいやす魔法や、ていこうりょくをあげる魔法もためしましたけど、ぜんぶダメだったのですぅ。今はあの聖書だけがたよりなんですよ」


 神聖魔法もお手上げか……。あの聖書でも原因は取り除けないみたいだな。なにか別のアプローチが必要らしい。


 


 その後はおばちゃんや子供達によるエリ公説教大会が始まってしまったので、俺達はその場をそっと離れて今に至る。

 最後のエリ公の哀しげな眼はコニスだけを見つめていて、おばちゃん達から逃れたいという感じではなく、ただコニスとしばらく会えないことを惜しんでるみたいだった。


 「なぁ、俺思うんだけどさぁ」

 「なんですか?」


 前からゆっくり進んでくるトトスを道端に避けながら話す。


 「コニスがエリ公に会う度に、最初にまずあの『ド変態紳士モード』になるわけだよな? それでシャルに聖書で殴られて『通常モード』に戻ると」

 「…………まぁいつもその流れですね」


 俺が何を言おうとしてるのか訝しむコニス。目付きが悪い。


 「それってエリ公の抑え切れない欲望とかを聖書で無理矢理封じ込めてるってことで、それが次に会う時に爆発してあーなってんじゃないかな?」

 「それはまぁ……考えられないこともないですけど…………っは!」


 コニスは頭を捻って考えた後、バッと顔を上げて俺の服を掴んできた。


 「まさかわたしにエリンテルさんに心行くまで好きなようにさせろって言うんじゃないでしょうね?!」

 「それができりゃ手っ取り早いんだけど嫌なんだろ?」

 「そりゃそうでしょ!! すりすりさすさすでくんかくんかの後にペロペロチュルチュルですよ?! 次は絶対にガジガジされるじゃないですか!! わたし食べられちゃうんじゃないですか?!!」


 俺の服を掴んでガックンガックン揺するコニス。涙目になってもう必死だ。

 なるほど、コニスのエリ公に対する恐怖のイメージは猟奇的で食人的な方だったか。貞操の危機とかエロい方へ考えは回らなかったのかな?

 まぁどっちにしてもコニス本人で実験してみる訳にもいかない。


 「お、落ち着けって。原因が判れば解決法もあるんじゃないかって話だよ。なにもお前に全て受け止めろって訳じゃない」

 「……ほんとですかぁ?」


 なんとか落ち着かせ、コニスの手から逃れる。

 あー、服がちょっと伸びちまった。


 「コニスの身代りになる何かとか、幻惑魔法ってのがあるならコニスの夢を見せるとかでエリ公の欲求を発散させられないかって思ったんだよ。なんかそんな都合の良いもんないかなぁ?」


 元の世界にはサキュバスやインキュバスってのが魔物にいた。

 サキュバスが女型の悪魔でインキュバスは男型の悪魔。どちらも異性を襲い、幻惑を見せて精力を吸い尽くして命まで奪う魔物だ。

 見た目が相対する人間の好みによって見える姿が違い、倒すと醜悪な本来の姿を現すんだけど、倒すまでが厄介なんだ。見た目がモロに好みの女だったりするからな。

 でもランク的にはCと低い。だから俺達パーティも何度か倒したことがある。

 俺達が倒したことがあるのは、大抵森の中か草原とかで、そんなところに好みの女がいて俺達を誘惑してくること事態ありえないんだけど、幻惑魔法で男三人があっさりと釣られるんだよね。

 で、毎度俺らが惚けてる内に、メイフルーとレイセリアによってサキュバスはボコボコにされる。

 なぜかあの二人ってインキュバスの誘惑や幻惑魔法に惑わされないんだよな。おかげで今まで被害はゼロ。まぁ、俺達男どもが誘惑される度に肩身の狭い思いをするわけなんだけど。

 だから正確には『倒してもらった』が正解だな。


 で、その二種の魔物から取れる蝙蝠の様な翼が、錬金素材として高値で売れるんだけど、それで作った催淫幻惑薬は、好みの相手とすんごいエロいことをしてる夢を見せる薬だって聞いたことがある。

 ウチのパーティは、ガジィーはモテモテで必要なし。トーツもどうやら恋人がいるらしいし。

 結果、使いそうなのは俺だけなんだが、あの薬ってバカ高いらしい上に、女性陣に「使用したら半殺し百回」と脅されているので、そっちが怖くて使ったことがない。


 今その薬が手に入ればエリ公で試してみるんだけどなぁ。


 「例えば、夢を見せる魔獣とか、そんな効果のある薬とかあれば、エリ公の欲望を発散して常に『通常モード』にしておけるんじゃないかって話だよ。いいアイデアだと思うんだけどな」

 「……なるほど、そんな考え方があるとは思いませんでした! 帰ったらロージル先輩達に相談してみましょう!」


 そんなもんがこっちの世界に本当にあるのか判ったもんじゃないが、少しは希望が見えたのか気を取り直すコニス。


 「じゃあ急ぎましょう。契約済ませてさっさと帰りますよ!」


 と、俺の背中を押して、駆け足でザンタさんの店へと向かった。




 「ありゃ? マビァくん、なんか忘れ物か?」


 俺に気付いたザンタさんが、通りに出ている商品を載せた車輪付きの棚を店内に押し込みながら聞いてきた。


 「いや、別件で来たんだ。ちょっと話せるかな?」

 「おう、丁度今店閉めるところだったんだ。ちっと待っててくれるか?」


 雑多に商品が溢れる店内の通路の一本に、棚を押し込んでいく。


 「閉店には早くない? 観光客で人も増えてるし、書き入れ時な気がするけど」


 人通りの多さから見て、客はまだまだ入りそうに思えたので聞いてみると、


 「俺んところは冒険者専門店だからな。カレイセムは世界の端っこで魔獣が一番弱い地域だから、どこよりも品揃えが(わり)ぃんだわ。質はいいが値段も高ぇ装備や道具を置いても売れねぇからな。つまり、余所から来た連中が欲しがるモンなんて置いてねぇのよ。来たとしても『こんなもんしか置いてねーのかよ』って見下されて腹ぁ立つだけだから、今日は早めに閉めて明日も休みだ。ワニ肉祭りを楽しませてもらうぜ」


 笑いながら俺がサインした盾を下ろし、ハンドルを回して布の(ひさし)を下げる。

 入り口以外に雨戸を嵌めて、パンパンと手を叩いてからザンタさんはこちらへと振り向いた。


 「ん? こりゃまたロージルちゃんとは違うべっぴんさんを連れてきたな。今度こそ彼女さんかい?」

 「「違うって()」ます」


 俺とコニスの否定がハモる。まったく、中年のおっさんやおばちゃんは若い男女が一緒にいると、すぐにゲスく勘繰るんだから。


 「はじめまして。冒険者ギルドでサブマスターを任されておりますコニスと申します」


 仕事モードのコニスは礼儀正しくお辞儀をする。


 「おう、よろしくな。……うん? 冒険者ギルドのコニスちゃんって言やぁ、たしか、教会の神官長がベタ惚れしてるってぇ()じゃなかったか?」


 首を傾げ顎を撫でながら少し考えた後、ぐいっと顔をコニスに寄せるザンタさん。コニスは驚いて一歩引く。


 「え、えぇ……。多分合ってると思います……」


 ケースを胸に抱えて、気不味そうに目を逸らすコニス。


 「おー! 噂はかねがね。って言われても嬉しかねぇやな。悪い悪い。あんたも苦労してんだろ? 俺達ゃあの色男がこ~~~んなに小せぇ頃から知ってるからよ」


 と、右手の人差し指と親指で作る隙間を一センチほど開けてこちらに見せる。産まれた頃からの知り合いらしい。


 「あの歳までモテる癖に全然女っ気がなくて心配してたもんだが、去年いきなり恋愛沙汰で大事になっただろ? そりゃあ驚いたが、ありゃ全部エリィが悪い! 俺らはあんたの味方だからよ。どうしても無理なら捨ててもいいからな?」


 コニスとブンブン握手を交わした後、肩をバンバン叩いてナハハと笑うザンタさん。どうやらコニスの事情はよく判っているようだ。


 「あ、ありがとうございます」


 苦笑して礼を言うコニス。良かったな、味方が増えて。


 「んで? 話ってなんだ?」

 「急で悪いんだけどさぁ、ザンタさんとアリアさんに手伝って欲しい仕事のお願いに来たんだ」

 「仕事?」

 「あ、わたしからご説明致します。この度、マビァさんの推薦によりザンタ・オーエン様とアリア・オーエン様のお二方に緊急の依頼があって参りました。お二人には元冒険者としてのお力を貸して戴きたいのです」


 それを聞いてポカンと呆けるザンタさん。


 「…………お、おいおい。なんの冗談だマビァくん?」

 「それが冗談じゃないんだよ。ぜひ戦闘経験豊富なお二人にお願いしたいんだ。ちょっと込み入った話だからアリアさんと一緒に聞いて欲しいんだけどさ。いいかな?」

 「まぁお前さんにゃ恩があるからな。だが、こちとらとっくの昔に引退してんだ。話は聞くだけ聞くが、無理そうなら断らせてもらうぜ?」


 顎でクイッと俺達を店内へ招き入れると、ドスドスと二階へ続く階段を上がるので付いていく。


 「おーいアリア。マビァくんが来たぞー」


 二階の奥へと声をかけると、パタパタと軽い足音を立ててアリアさんがやってきた。


 「まー! マビァくんもう来てくれたのかい? 嬉しいねぇ。あら? ロージルちゃんじゃなくてまた可愛らしい女の子じゃないかい。ひょっとして……」

 「そのくだりは俺がやっといた。コニスちゃんだよ。ほら教会のエリィの」

 「んまぁまぁ?! そうかい確かにべっぴんさんだねぇ! エリィがおかしくなるのも判るってもんさ。あぁコニスちゃんは気にしなくていいんだからね。あれはぜ~~んぶエリィが悪いんだからさ」


 電光石火の速度で階段を駆け降りコニスの前に移動し、両手を握ってブンブン振り回すアリアさん。

 背はコニスと同じくらいだが、パワーが違う。

 「あう、あう」と目を回し気味に上下に揺さぶられるコニス。


 「そのくだりも俺がやっといた」

 「もう! あんたはいっつもあたしの楽しみを先に取るんだからさ!」

 「しょうがねぇだろが! 俺が店番しててお前が二階の奥に居りゃ、俺の方が先に人に会うんだからよ!」


 また喧嘩に発展しそうだったので、なんとか宥めてその場を収めた。ふ~、やれやれだ。


 「さあさ、お茶でも煎れようかね。お菓子もあるよ? 食べるかい?」

 「あ、俺昼からずーっとモリモリ食ってガブガブ飲んでるから腹いっぱいなんですよ。ありがたいんですけど何も無しで……」

 「あ、わたしも似たようなもんなんで、無しでお願いします。えへへ……」

 「ありゃそうなのかい? あんたはどうだい?」

 「ああ、俺は茶だけもらおうかな。今なんか食うと晩飯にひびくしな」

 「了解だよ」


 元気にパタパタと戻っていくアリアさんを見送って、俺達はザンタさんに連れられて二階の住屋に通される。

 一階からの階段は、明り取りの小窓が一つあるだけのやや薄暗い場所だったが、二階は大きな窓がいくつもあり、天井にも出っ張った天窓があって、夕陽に近付く日射しの差し込む部屋はかなり明るかった。

 あちこちに設置されたオイルランプの灯りも暖かく、魔光灯の灯りが無いのが一層良い雰囲気を醸していた。

 玄関で靴を脱いで上がった先は広いリビングで、磨き上げられた板張りの床に荒い素材で編まれたカラフルで大きなラグが敷いてあり、大きな丸テーブルに座椅子が六つ囲っていて、奥には黒い艶消しのストーブがあり、煙突が天井へと伸びていた。

 壁の一画に絵を飾った額がいくつかある。色の無い灰色の絵をなんだろう? と目を凝らして見ると、タブカレの俺の写真の切り抜きだった。そういえば額に入れて飾ってるって言ってたなぁ、と目を逸らす。

 あちこちに置かれた観葉植物に、異国の物と思われる工芸品が壁の棚に並び、窓際の安楽椅子の側の小さなテーブルにはアリアさんの趣味なのか、編みかけのレースと糸の束が籠に積まれて置いてあった。

 これまでこの街で見てきた部屋とは趣が違う内装に、俺は異国に踏み入れた新鮮さを感じた。コニスも「ふわぁぁ……」と溜め息を漏らす。


 「なんか良い感じだなぁ。知らない国に来た感じなのに落ち着くというか、なんというか」

 「ですねぇ。それにすっごいオシャレだし、なんか良い匂いもします」


 俺とコニスが部屋の雰囲気に和んでいると、ザンタさんがニヤリと笑ってみせる。


 「気に入ったかい? この内装は東のイルケアって国の様式の内装に似せて造ってんだ。冒険者ん時に俺達が気に入ってた海辺の街並みや風景でな。そりゃあ美しいもんだった。こっちに帰ってからも忘れられなくてなぁ。せめて内装だけでも再現したくて無理矢理二階をリフォームしたって訳さ。お前さんらも機会があれば行ってみりゃいい。東の端だからかなり遠いがな」


 それはぜひ見てみたいけど、俺には無理だなぁ。こんな時に異世界から来たことを本当に残念だと思ってしまう。


 「いいですねぇ。わたし色んな国に旅行するの憧れなんですよ」


 部屋を見渡しながら溜め息を吐くコニス。そういや仕事でポイント貯めて年二回旅行に行きたいっていってたな。


 「俺らはこの大陸から出たこたぁねぇが、それでも風光明媚な場所は結構あるぜ? 興味があるんならいつでも店に来な。色々話を聞かせてやれると思うぜ」

 「わあ! ぜひお願いします!」


 嬉しそうに喜ぶコニス。エリ公からのダメージを引き摺ってたのを吹き飛ばした様な喜び方だ。

 いや、現実逃避してるだけか?


 「まぁ座ってくれや」


 ザンタさんに勧められた座椅子にコニスと並んで座る。丁度アリアさんがお茶の用意をして戻ってきた。


 「ところで何か用事でもあったのかい? ギルド職員のコニスちゃんが来たってことは、やっぱり仕事かねぇ?」


 自分とザンタさんにお茶を出しながら聞いてくる。


 「なんでも、俺とお前に冒険者として仕事を依頼したいって話らしいぜ?」


 ザンタさんが受け取ったお茶をズズズッと啜ってから答える。


 「…………へ? 冒険者の仕事? やだよぉどれだけブランクがあると思ってんだい?! こんなおばさんに務まるわけないじゃないか!」


 やはり一度呆けた後、否定してくるアリアさん。ホント似た者夫婦だなぁ。


 「ま、まぁ、一応話を聞くだけ聞いてみてよ」


 アリアさんを宥めて座ってもらう。場が整ったのでコニスに目配せすると、頷いて説明を始めた。


 依頼書を二人に渡し、エリ公にしたのと同じ様に説明を進めるコニス。

 二人に頼むのは俺と一緒に前衛を担い、衛兵(ガーディアン)を突破し、基部の部屋まで部隊を引っ張るか、シャルと研究員三人を守りながら後ろからの攻撃を防ぐ殿(しんがり)のどちらか。場合によっては臨機応変でどちらでも対応してもらうことになる。

 その為のサポートとしてシャルが三種類の付与魔法を全員にかける事を伝えると、ふたりの険しい顔が少しは緩んだ。

 報酬はシャルと同じで、失敗でも一人百万カルダ。成功報酬で五十万カルダ+出来高。金額を聞いても二人の反応はない。それよりも自分達が請け負えるかどうかを真剣に吟味しているって感じだ。


 一通り聞き終えると、ザンタさんは依頼書の一ヶ所に指を置いて聞いてくる。


 「この作戦指揮者ってのは誰だ? マビァくんでも、他のギルド職員や冒険者でもないんだろう?」


 コニスがちらりとこちらに視線を送ってくるので頷いてみせる。


 「はい、領主のカイエン侯爵様になります。お付きのテイレル大佐もご同行されます」


 コニスがそう答えると、二人は大きく溜め息を吐いた。


 「な、なにか?」

 「いや、納得いっただけだ」

 「ギルドが主体とする作戦にしては急過ぎるわよねぇ? 昔っからそんなせっかちな計画あったこともないでしょ? マビァくんが指揮者ならあたし達を巻き込むなんて考えないでしょうしねぇ」


 アリアさんの言葉に俺は苦笑して頷く。


 割と危険な作戦のはずなのに、入念な準備をせずに明日の早朝に決行なんて無茶な計画は普通なら立てない。

 もし俺が立てた計画だったとしたら、『黒い三連狩り』の三人と他の上位数名を鍛え上げ、万全の態勢で挑むはずだ。それなのに引退したザンタさん夫婦を引っ張り出すなんて現役としてはカッコ悪いにも程がある。


 「冒険者の中でも上位の連中は、今は基礎訓練の真っ最中でさ、多分明日はボロボロで役に立たないんだ。それにたとえ元気だったとしてもみんなビビりだから即戦力にはならない。練度不足なんだよ。

 領主様に明日の早朝に決行って先に決められて、後の手配はギルドに丸投げされてさ、余所者の俺じゃあザンタさん達の他に頼れる戦力を思い付かなかったんだ。

 ザンタさんとアリアさんは経験も技術も申し分ないだろ? 動きや姿勢を見てれば今でも戦えることぐらいは判る。問題は長いブランクからくるスタミナ不足だろうけど、そこは神官の付与魔法で補うつもりなんだ。命懸けの無茶な作戦をしようって訳じゃない。手伝ってもらえないかな?」


 俺の頼みに「う~ん」と唸る二人。俺とコニスは固唾を飲んで待つ。ザンタさんとアリアさんは顔を見合せ苦笑してこちらを向いた。


 「……まぁ、領主様の旗振りじゃあ仕方ねぇ。やるからには本気でやらせてもらうぜ!」

 「おっさんとおばちゃんの体力舐めんじゃないわよ? すーぐヘロヘロになるかもしれないんだからね!」


 グッと上腕の力こぶを作ってみせるザンタさんと、カップを片手にウィンクしてみせるアリアさん。


 「「やったぁ! ありがとうございます!」」


 俺とコニスはハイタッチをして二人に頭を下げた。

 これで必要な人材は確保できた。ただ寄せ集めで初対面ばかりの戦闘になるので、連携は当てにならない。実戦で周りに合わせながらやってみるしかないだろう。

 取り敢えず無事にスタートラインに立てたことを喜んでおこう。

 相変わらずバタバタしてまして、予告無しの更新です。

 それでも続けて読んで戴いている方には読まれていそうなので、この先も予告無しにしますね。

 この先もポツポツと更新していきたいので、よろしければお付き合い下さいませm(_ _)m


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