五日目 神官長エリンテルとコニスの関係
「……お兄様?」
「わたしの兄のエリンテルです。普段はちゃんとした神官長なんですけど、コニスお姉ちゃんのことになるといつもこんな感じになるんですよぅ」
大きな聖書を抱きしめて、また大きな溜め息を吐くシャル。
どうやら実の兄のようだ。そう言われれば髪色も眼の色も同じで顔の作りも良く似ている。しかしまさか常識がありしっかり者のシャルにこんな兄がいるとは思わなかった。
「お前が苦手って言ってたのはこの人か」
「ハァ……ハァ……。はい、ご覧の通りです」
鳥肌の立った手を摩りながら呼吸を整えるコニス。
「良かったじゃねえか? くっつけば理想の妹がもれなく付いてくるぞ?」
「シャルちゃんだけが欲しいので、この方は極力ご遠慮したいです。てゆーか無理です」
「まぁ、かなりオーバーな愛情表現だとは思うが、一途にお前だけにああなんだろ? ちゃんとお付き合いしてやれば、ちょっとは落ち着くんじゃねーかな?」
希望的観測で言ってみるが多分ダメなんだろうってのは俺でも分かる。綺麗すぎるイケメンっぷりでプラス補正がかなり高いのか、さっきの行いも最初の方は紳士が女性に対する当然の礼儀のように見えてしまった。しかし跪いて手を取るまでは良いが、取った手をすりすりさすさすしたり頬ずりまでするのはどうだろう? シャルが放っとかなければ今度は舐め回していたかもしれない。
「ぜっっっっっっ………………たいに!! そんなことにはならないんです!! あのまま放っとけば次はくんかくんか匂いを嗅がれて、その後指をしゃぶられるんですよ?!」
あ、もうやられてんだ。この男、こっちの想像を超えたド変態っぷりらしい。
思い出したのかまた鳥肌が立ち両手を交互に摩るコニス。
「そんなに嫌ならぶん殴ってでも止めりゃいーだろ? 俺には殴る蹴るしてくるクセに」
「それもできないから困ってるんですよ~。マビァさんは頑丈そうだから軽いツッコミ的な意味合いで叩きやすいんですけど。…………前にホントに嫌だったから振りほどいて顔を思いっきり叩いたことあるんですよ。そしたら頬骨が砕けて顎が外れて、首の骨までイッちゃって。振りほどいた指も何本か折れたんですよ。シャルちゃんがすぐに治療してくれなければ死んでたかもしれないんです」
……なんという脆さだ。産まれたての小動物と変わらないんじゃないか?
突っ伏してピクピクしているエリンテルから一歩そっと離れる。俺が何かの拍子で当たりでもしたら殺してしまうかもしれない。
「あ、でもシャルがでっかい本でぶん殴ってたじゃんか」
「これはエリィお兄様を止めるために特別に大神官様と造り出した聖書なんです。コニスお姉ちゃんに叩かれた後に急いでつくったんですよ。サスティリア様のご加護によりケガひとつしないようになってますし、一回叩いておけば今日一日はもうさっきみたいにならないんですよ~」
シャルが持つには重そうに見える聖書を片手で持ち上げられるってことは、軽く持てる加護も付いているのかもしれない。殴った衝撃は十一歳の少女がやったものとは思えないほど強かったから、あの本は相当重いはずだ。
しかし、女神の加護が宿る聖書。つまり神器ってわけだ。そんなレアな物初めて見たが、これほどつまらない使い道しかないなんて残念過ぎる。
「じゃあ、言葉でちゃんとふってやれよ。迷惑してるんだろ?」
「迷惑ってゆーか、あんなに激しくなければここまで拒否しないんですけど~……。それもとっくにやってますよー。以前ちゃんとムリだからってお断りしたんですけど、そしたらあまりにも落ち込んで、三日間食事も喉を通らず泣き続けて最後には首を吊って死のうとしちゃって……」
「あの時は大変でしたねー。わたしと大神官様とお母様でエリィお兄様を必死で止めて、コニスお姉ちゃんを他の神官が街中探して走り回って……。もー、後になって大神官様がキゼツかマヒさせる魔法を使えば良かったのを思い出すんですよぉ」
その時を振り返り大神官とやらに怒りを表すシャル。二人とも苦笑まじりで話すがいいのかそれ?
すんげぇめんどくせぇヤローだな。これほどダメな美青年初めて見たわ。大体好いた相手にふられて自殺なんて、自分をふった相手の気持ちを無視した行動じゃないか。この人がもし死んでたらふったコニスの立場はどうなる? それを思うと俺はこの人に対してジワジワと怒りが込み上げてくる。コニスとシャルはもう終わった過去の話として語っているが、俺としては現在進行系の怒りだ。
「おいおい、笑って話せることか? ふられたから自殺するなんてコニスに対する脅迫同然じゃねーか。そんな卑怯なことが罷り通るってんなら俺は我慢する気はねーぞ? 今すぐコイツを踏み殺してやりたいくらいだ」
「やーーーっ?!! やめて! お兄様を殺さないでーー?!」
「もー過去の話ですから!! この人もすっっっごい反省してますし?! わたしにも謝ってくれましたし!! 二度とバカなマネはしないって誓ってくれましたから!!」
「お……おぅ」
俺が軽く右足を上げただけで過剰に反応するシャルとコニス。まぁ怒りでちっと殺気がこもってたと思うけど、こんなに全力で庇われるとこっちが引くわ。
「……マビァさんってもっとやさしい人だと思ってたのに~。東の沼の時となんかちがいますぅ」
涙目で文句を言うシャル。そりゃあそこではシャルをめっちゃ甘やかしたからなぁ。
「そんなことないぞ? 誰が見てもシャルの兄ちゃんが悪いってのはシャルだって分かってるんだろ。別に本気で殺そうとしたわけじゃない。コニスに酷いことをしたから俺は怒ってんだ。ほら、十分優しいだろ?」
「……そうですかぁ? ホンキに見えましたよ~」
「だよねぇ~。わたしのことを思って怒ってくれたのはありがたいんですけど、あれだけ殺気を放たれたら誰だって焦りますよ……。でもね…………。ほんとエリンテルさんは普段はいい人なんですよ。誰にでも好かれるし、他の神官達からの人望も厚いし、身体弱いのに働き者なんですよ」
コニスはエリンテルの側でしゃがみこんでそっと髪を撫でる。あまりに激しく押しの強い恋愛姿勢で困ってはいるが、嫌いではないのだろう。斜め後ろから見るに優しく微笑んでいるであろうコニスの後ろ姿からは慈愛を感じられた。
ロージルさんにしてもそうだが、見たことのないほどの恋愛下手なヤツが他にもいたのかと呆れたが、あれ? と、ちょっとなんか引っ掛かった。
「ちょい待てよ? この人がこんなになったのはお前のせいなんじゃないのか?」
俺が疑問をコニスにぶつけると、コニスはギシリッと音を立てて固まる。ここからでは表情が見えない。
「そうですねぇ。やく一年前にコニスお姉ちゃんがこの街にやってきてエリィお兄様と仲良くなってからです。ほかの女の人にはこんなになることないですし、それまでのエリィお兄様は普通の人でしたよ?」
シャルが代わりにコテリと首を傾げながら答える。コニスがだらだらと冷や汗をかき始めたので、後ろから頭を鷲掴みにし引っ張り立たせてからクルリとこちらに向ける。
「……で?」
半眼で睨んでから問いただすと、頭を掴まれたまま爪先立ちになったコニスはこちらから目を逸らし、両手の指をモジモジ絡めながら言い訳をしてくる。
「だ、だって、街一番の美男子ですよ? それにすっごく優しいですし、立派な地位についてますし。女の子なら誰だってお近づきになりたいと思うじゃないですか~」
まぁそれは分からなくもない。……と思ったが、この街で会って知り合い程度にはなったコニス以外の未婚の女性、ロージルさんにフェネリさん、紅月とイルマさんもか? この四人はエリンテルに靡きそうにない気がする。ついでに言うとレイセリアとメイフルーもそうだろう。
そうなるとコニスの言い分は七分の一で少数派だ。『誰だって』に当てはまらない気がするが……。それともあの六人が変わっているのだろうか? 正直それが否定できない人物ばかりなのだが、まぁそれは置いといて。
「やっぱお前のスキル、相手の感情がちょっと判るだけじゃなくて、相手の心を操るとかのヤバいもんなんじゃねーのか?」
「ち、違いますよ! そんな都合の良いものなんかじゃないんです!」
「だったら言えるだろ? なんで隠すんだよ」
「…………マビァさんには絶対言いたくありません」
この期に及んでベッと舌を出してくるので、イラッとした俺は頭を掴んだ手にギリギリと力を込める。
「いたいいたいいたい! 誤解ですから! エリンテルさんがこうなったのとわたしのスキルは全然関係ないですから!!」
そこまで言うなら言い訳ぐらい聞いてやろうと思い手を離す。
「マビァさん、やっぱりちょっと怖いですぅ」
と呟くシャルの声が聞こえたせいもあるけど……。
「わたしのスキルのことちょっとだけ話しますと、相手がわたしのことを好きか嫌いかが一目で判るようにできるんですよ。他の人から見えない窓みたいなのがこの辺に二枚あって、ここに光点があったら大好きで、こっちにあったら大嫌いって感じで」
両手人差し指で空に四角く線を、俺から見て左上と右下に二回描くコニス。好きの時は左上を、大嫌いの時には右下を指した。
「で、大抵出会ったばかりだと真ん中なんですよね。だから相手に好かれたいと思ったらこっちを目指して色々頑張るわけです」
四角い枠の中心辺りから左上へと指を動かすコニス。色々ってのがなんか引っ掛かるが、多分あれだ。
「それって俺にあったばかりの頃、無駄にあざとい仕草やポーズを決めてたアレか?」
「うぐっ……。ま、まぁそうなんですけど、そうやって相手に好感を持って貰えたら点が右上に移動していくわけです」
無駄にあざといと言われて言葉に詰まるコニス。それでか、俺の気を惹こうとして何やっても反応が悪いから翌日の昼に諦めやがったんだ。
「因みに、今の俺のお前に対する好感度も見えるのか?」
「は、はい。真ん中からほとんど動いてませんね……。ほんっとわたしに興味無いですよねマビァさんは!」
俺のコニスへの無関心ぷりにぷりぷり怒るコニス。……お前の第一印象が悪過ぎたからだよ。
どうやら嘘は吐いていないらしい。好きでも嫌いでもないし、時々イラッとさせられるのと、無駄にあざとかったのが腹立たしいだけだ。まぁコニスは美少女だし? 女の子として可愛いなと思える面もあるが、それを打ち消すほど残念な面があるので、プラマイゼロってところだろう。
「それで? エリンテルさんはどうだったんだ?」
「あ、はい、エリンテルさんは女性ファンも多いですし、最初からあまりぐいぐい行くと周りから反感買っちゃいますので、仕事がお休みの日に行く、週一回の朝の礼拝の時に挨拶するくらいから始めたんですけど……。会う度にぐんぐん光点が右上に上がってっちゃって、挨拶だけでなく話しかけてくれるようになって、それもだんだん長くなってきて。一ヵ月くらいで光点が窓枠を突き抜けてどっかに行っちゃったんですよ」
「つまり、コニスがなんかあざといことする前に全開突き抜けて好かれ過ぎたってことか?」
「むぅ、わたしそんなにあざとくないですよ~」
俺の言い様に拗ねるコニス。なんと自覚がなかったのか、あざとい事し過ぎて感覚が鈍ってんのか。まぁどっちでもいいや。
それよりも一目惚れってことなら人の好みなんて様々だ。特にコニスは男受けがいい。なくはない話だと思うけど……。
「コニスお姉ちゃんは私の初恋のお相手でヒトメボレなんだー! ってエリィお兄様言ってましたよ」
実兄をしゃがんでツンツンつつきながら答えるシャル。はい、身内からの証言戴きましたー。
「じゃあコニスは本当になんにもやってないんだな? この人は勝手にこうなったってわけか。…………ふむ、これはロージルさんのアレとは似て非なる症状の何かって感じだなぁ。ロージルさんが『無自覚痴女』だとするとエリンテルさんは差詰め『ド変態紳士』と言ったところか?」
「……キメ顔でサイッテーな二つ名付けないで下さいよ。ハマり過ぎてて否定できないんですけど」
誤解が解けてホッとしたのか、
「シャルちゃん、ちょっと座らせてね」
とソファーに座り込むコニス。その膝にシャルがしがみついた。
「たぶんエリィお兄様はコニスお姉ちゃんなしではもうダメなんだとおもいます。わたしもお母様も大神官様もサスティリア様のお力をお借りしてお兄様を支えていますが、もしこの先コニスお姉ちゃんに会えなくなることがあったりするとどうなっちゃうんだろうって。コニスお姉ちゃんも最初はお兄様のことが気になったんでしょ? コニスお姉ちゃんがオヨメにきてくれたらいいのに……」
膝に抱き付き、涙目の上目遣いでコニスに訴えかけるシャル。
重い! 重すぎる! なんかコニスが断ると悪人扱いされそうな流れになってる。
コニスも「えぇえぇぇぇ……?」と呻き戸惑いながら、俺に助けを求める視線を送ってくる。仕方ないのでコホンとひとつ咳払いをしてから援護してやる。
「コニス、自業自得って言葉知ってるか? 先に動いたのはお前の方だよな。エリンテルさんを釣ろうとしたのはお前の方で、エサを投げた途端に釣れたエリンテルさんは猛毒の魚だった。しかも勢いよく食ったエサを針ごと腹に飲み込んでて、針を無理矢理引っ張り抜いたとしても、糸を切ってそのまま逃がしたとしても結局は死ぬだけだ。どちらにしても釣ろうとした時点でその責任はお前にある。リリースして死なれても後味悪いってんなら、解毒処理でもなんでもして責任持って最後まで食らい尽くせ」
「例えが酷い!? マビァさんわたしを見捨てるんですか!?」
うん、援護のつもりで話し始めたのに、なぜかすべての責任をコニスに押し付ける発言をしてしまった。我ながらびっくりだ。逆に追い詰めてしまったかもしれない。正直どーでもいいが、人死にが出るのは避けた方がいいんじゃないかな? なのでスッパリとコニスは見捨てる。
「うるせぇ。誰彼構わず粉かけてっからこういうことにもなるんだ。大体こっちはロージルさんで手一杯なの知ってるだろ。ここは女神様までが力を貸してくれてるんだからなんとかなるなる!」
「ううぅ……」
なんか流れで嫁ぎ先が決まりそうな上に、援護を求めた俺にゴリゴリ押されているもんだから、人生の岐路というか崖っぷちに追いやられて呻くしかないコニス。
「コ、コニスお姉ちゃん、今すぐ決めて欲しいんじゃないのです。また女神様のお力を借りて何か神器を作れるかもしれないですし、今まで通り礼拝の時に会ってくれるだけでもいいから、ゆっくり時間をかけて考えてみてほしいのです。ね?」
さすがに気の毒に思ったのかコニスを宥めるシャル。
「ありがとねシャルちゃん。今は気が動転してるから考えられないや。ちょっと保留にさせて」
「はい、もちろんです!」
シャルの優しさに少し気を落ち着かせ、二人して微笑み合う。しかし気が付いているかコニス? シャルは何一つお前の嫁入り案を無にする言葉を発していないことに。
「わたしお茶の準備をしてきますね」
突っ伏した兄を放置して笑顔で出ていくシャル。
俺は気になることがあったので、トイレを借りるふりをしてシャルに追い付いた。
「なぁシャル。気になることがあるんだけどさ」
「あ、はい? なんですか?」
「シャルがコニスをお姉ちゃんって呼ぶのって……」
「あー、やっぱりマビァさんってすごいんですね。感がいいコニスお姉ちゃんはぜんぜん気付かないのに。エリィお兄様がああなった八ヶ月前からコニスさんには本当のお姉ちゃんになって欲しかったからです! エリィお兄様を助けられるのは今のところコニスお姉ちゃんだけなんです。もちろんわたしコニスお姉ちゃんのこと大好きですし、他の女の人に『お姉ちゃん』って付けて呼んだことないんですよ?」
にへらと笑ってみせるシャル。いつも通りの純真無垢な幼い表情に隠れる、強かな女の顔がチラリと覗いて見えたような気がした。やっぱり女って怖い。
コニスよ、多分もう終わってるわコレ。お前がエリンテルさんに目を付けたのが運の尽き……なのか、幸福の始まりなのか。
結局はコニス次第になりそうだ。多分その行く末は俺には見届けられないだろうが、せめて幸せになることを願ってやろう。




