初日 川原にて 2
改めて体と下着を着たまま洗い直した俺は次の作業に取り掛かる。
鎧は戦闘中も川に晒していたので殆ど綺麗になっていた。木の木陰の川原の上に置き水気を切り陰干しをする。ポーチから出したぼろ布で青銅部分の水気を吸い取っておく。『硬度増強』の付呪は付けてあるが『劣化耐性』までは付けられていないから、こうしておかないと水が乾く際に表面が錆びて、青錆の原因になり腐蝕が拡がると強度が落ちる原因になる。日陰に干すのも、直射日光だと革部分が急激に乾きすぎて、硬く縮み柔軟性がなくなると罅割れたり千切れたりする原因になる。だが日陰干しでも充分じゃないと、腐ったり黴が生えたりと中々に手間がかかるのだ。
ホントは乾いてからオイルを塗ればいいんだけど、ポーチにある剣用のは青銅には使えるけど、革には使わない方がいいよな。
次に近くの雑木林に行き、薪に使えそうな乾いた枝をかき集め、トカゲの炎で焚き火をし、余った枝で物干しを簡単に三つ作り焚き火から少し放して置く。これに洗って絞った鎧下の上下と上の下着を脱いで干す。鎧下が分厚いとはいえ、良く晴れてて陽射しも暖かい。まだ朝方なので昼過ぎには乾くだろう。
下の下着はさすがにフリチンで過ごすわけにはいかないので履いたままだが、自然に乾きそうだ。
剣や盾も洗いたいが、ここで先に食い物の準備をする事にする。
解体用のナイフを一度綺麗に洗い、ナイフの刃を火で炙り殺菌した後、トカゲの脇腹の肉を切り取り適当な枝に刺して焚き火で焼いてみる。肉を差した枝は殺菌してないやと思ったがそれ以外にも気にするべき事を思い出す。
良く考えれば元の世界でも害が無さそうに見える木の枝に強い毒性があり、フォーク代わりにしたり、焼き串に使ったりして口に入れると死んだりする植物があった。その木は焚き火に使っても落葉を焼いても、出た煙を吸えば死に至ることもあったから、孤児院出身の俺は薪拾いに出るために必要な知識として、叩き込まれているため間違えることはない。が、ここは異世界だった。植物の生態すら全く違うかもしれないんだ。
ちょっとだけ悩んだが、まあいいやと次の枝に肉を刺していく。今のところ元の世界の毒の木は見ていないし、焚き火の煙を吸っていても体調に異状は感じない。毒に当たるなんて万が一だろうけど、ポーチの中には解毒ポーションと回復ポーションがひとつずつある。なんとかなるだろうと思いつつ、焚き火の周りの地面に串を刺していく。
肉が焼けるまでに剣と盾を洗うことにした。汚れていた時には分からなかったが、魔物を何千と斬り酷使しただけあり早めの手入れが必要なようだ。鞘も外側だけ洗い、鎧と一緒に干す。剣と盾を持って焚き火に戻り、オイルをぼろ布に付け剣の刀身と盾の表面に擦り付けるように塗っておく。
そうしている内に肉が焼けたので食ってみる。魔物の肉は食ったことないが、野生動物なら何種類かあるので、これもその内だと信じ込み思い切りかぶりつく。
口に入れた瞬間に思わず「んーーーーっ?!」と唸るほどに美味かった。
調味料もないのに旨味は充分あり、脂の甘さも感じて癖がない。満足に血抜きをしていないのに臭みもなく、肉汁も溢れ出てくる。齧り取った断面からも肉汁が滴り落ちるほどだ。食感も豚肉に近いか? ほどよく噛みごたえがあり、筋張っておらず食べやすい。これで塩と香草でもあれば最高じゃないか!
これは持って行きたいな、と思うが五メートルもある獲物を遠くの街までひとりで、しかも荷袋ひとつない状態で運べるわけがない。取り敢えず焼けるだけ焼き、食えるだけ食った上で弁当として植物の蔓にでもぶら下げて行くことにする。夕方までに食えば腹は壊さないだろう。
腹一杯食った俺は、トカゲを捌いてみることにする。まず魂石があるか見るために腹を割り心臓を開いてみたら、魂石とは感じが違うがオレンジ色の似たような物があった。ゴブリンロードの物よりも少し大きい。ってことはコイツは魔物だったのか? そうなるとこちらの世界でも『ゲート』のような物があるってことなのか…。でも出て来た時の感じは野生動物っぽかったよな。この川に前から棲んでたみたいな。
続いて背中の皮とお腹の皮を、四角く五十センチ四方くらいに切り取る。お腹のは薄いしナイフで切れるので三枚確保するが、背中のは剣に『シャープシフト』のスキルを掛けて切れ味鋭くした上で、縦斬り単発スキル『スライス』と横斬り単発スキル『スラッシュ』を使い切り取る。思った通り重たいのでこれは一枚が限界だ。
次に手足の爪を見るが、巨体の割には小さい。鋭さはあるので足一本分だけ切り取り皮袋に入れる。
歯は長くて太いのだけにしておこう。根が深いし切り出すだけでも大変なんだ。
あと絶対に欲しいのが、あの可燃性の粘液。あれは使い道があるので、腐らないのなら持っていきたいが容器がなぁ。ポーションの空き瓶があれば良かったんだけど。お腹を開いて喉の下辺りにそれらしい袋状の臓器をみつける。ふたつあるみたいだ。
喉から臓器に繋がる細い管から粘液を絞り出してナイフの先に取り、焚き火に振り落としてみると激しく燃え上がった。
「よし、これだ!」と喜ぶ俺は、木の皮をはがして紐状にしてその粘液袋に繋がる管を全て括り、ひとつだけ袋ごと持って行くことにする。けっこう重いが頑張って行けばなんとかなるはずだ。
そして、頑丈な木の枝に、トカゲからの戦利品を蔓や木の皮などで括り付け、肩に担いで行く準備が終わった。全部で三十キロぐらいはありそうだが、なんとか運べるだろう。
結構時間が経ったので、装備の革部分以外はどれも乾いていた。
そう、これから街に行くんだった。俺は鎧下を着る前に、上着の内側に縫い付けてある隠しポケットの縫い糸をほどき、中に隠していた硬貨を取り出す。何かあった時、例えば仲間からはぐれて一人になるとか、急に金が必要になるとか、荷物の殆どを無くした、なんて時の為に非常用として懐にいつもしまっている金だ。…今の例えが現状に当てはまり過ぎてて軽く落ち込む。
それと、ポーチに入れてある財布。全財産ではなく当面の食費や宿代くらいで、大金…と言ってもそんなに額は多くないが、そっちはギルドの口座に預けてある。財布と隠し金をじゃらじゃらと全部出して、今いくら持っているか確認する。
「金貨一枚に大銀貨五枚、銀貨十二枚と小銀貨八枚、大銅貨十枚に銅貨六枚…。合わせて十六万七千六十チルか」
元の世界ならそこそこの大金だが、ここでこの貨幣が通用するとは思えない。金や銀なら地金の含有量で買い取ってくれるかもしれない。貨幣を鋳潰すのは元の世界では犯罪だが、背に腹は代えられないし、最後の手段だ。まずはトカゲの戦利品とゴブリンロードの魂石と護符を、あるかどうか分からないギルドに行ってから鑑定してもらおう。
装備を身に付け、いよいよ出発することにする。
もうひとつの粘液袋を切り取り、中身をトカゲの全身にかけて焚き火の火を投げる。トカゲは勢いよく燃え、これで供養は済んだ。川原なので他に燃え移る事もないだろう。
しばらく歩いた後、振り返り見ると、思ったよりも高く昇る炎と黒煙に少し心配になる。煙を見た人が駆け付けて、もしこれが怒られたり逮捕されたりする事だったらどうしよう…。
不安に駆り立てられるように、足早にまだ見えない街道を目指すのであった。
次回は五月三日(日)の正午に投稿予定です。
また読んで戴けると嬉しいです。宜しくお願い致します。