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五日目 模擬戦の方法と準備

 「なぁ大尉。軍では対戦形式の訓練が無いって言ってたよな。それに木剣や刃を落とした訓練用の剣も無いって……」

 「あ、あぁ。模擬戦だの一対一の対戦訓練などは概念は知っているんだが、実際にはやったことはないんだ。訓練用の剣も無いから、一昨日冒険者ギルドから早めに木工ギルドに発注するように言われたので経理に予算を出すように持ち掛けたんだが、必要ないと拒否されてな。まだ発注すらできていないのが現状だ。まったく申し訳ない」


 俺が話しかけると、放心状態から解けたラクスト大尉が申し訳なさそうに説明してくれる。


 「いや、そういったギルドからの横入れや、俺からの要求が小出しに入ったからアイツらの勘に障ったんだろうな。お互いに不馴れなことに挑戦しようとしてるんだから、仕方ないと思うんだけどさぁ」


 ヤーデン中尉達の方に目を向けると、部下達と話し合っている。時々こっちを睨み付けながら。


 「対戦や試合をしたことも無いのに、俺と剣を交えるのは怖くないんかね?」

 「それは多分、君の実力を知らないからだろう。君は見たまんまだと成人してそこそこの生意気な若造にしか見えんからな。見るからに恐ろしいバーンクロコダイルや、目の前で次々と仲間を石化させられたコカトリスとは恐怖の度合いがまるで違う。ましてやあっちは全員歳上で百人もいるんだ。普通ならたった一人の若造など恐るるに足らん。だろ?」


 肩を竦めて教えてくれる大尉。


 なるほど、確かにここの連中は見た目の怖さで相手の力量を計る悪い癖がある。それをふまえて考えると俺なんてショボくて生意気な小僧にしか見えないのかもしれない。


 やる気になってるんならまぁいいやと、アイツらの事は放っといてカイエン中将を見上げる。


 「中将閣下、この基地には訓練用の武器の用意が無いそうですが、まさか実剣を使えとでも? 流石に俺も百人相手じゃ手加減できないから、半分以上は()っちゃいますよ? 軽くても手足は斬り飛ばしますけど良いんですかね?」


 アイツらに軽く脅しをかけるつもりで、ちょっと物騒なことを言ってみる。さすがにこれにはビビったようで、ざわざわ騒ぎだした。


 「私もそこが気になりました。訓練用の武器がない以上、模擬戦というのは不可能なのでは? それとも何らかの手違いで、この若造を殺してしまっても良いのですか?」


 ヤーデン中尉は怒りに頬をヒクヒクさせながら、俺に対抗して殺害予告をしてくる。


 「その為のこの練兵場なのだが、この施設の使用法を誰も知らないのか……。ケラル伍長、その扉を出た右側に部屋がある。ジェムのペンダントが沢山入った木箱があるから、大尉の元へ持ってきなさい」


 カイエン中将は呆れて溜め息を吐いた後、ケラルに突然命令を出す。ケラルもまさか自分に命令が飛ぶなんて思っていなかったから、慌てて右往左往した後、転がるように扉から出ていった。


 「この練兵場の敷地内は、ジェムのペンダントを装着していれば、攻撃の威力を痛みの無い衝撃に変え、打たれた箇所のダメージを痺れと麻痺に変える魔法陣が埋め込まれている。なので、各々の武器で思う存分に打ち合っても死にはせんから安心して戦うが良い」


 ギルドの試験場での幻獣の攻撃をくらった時みたいに痺れて動けなくなる感じなんだ。衝撃の力が減らないのも同じみたいだ。


 「冒険者ギルドにもここより規模が小さいが同じ施設があるだろう? マビァくんは新聞の記事通りなら体験している筈だが」

 「へ? 幻獣の攻撃はそんな感じに弱体化してましたけど、冒険者達は怪我してましたよ?」

 「その怪我をした冒険者は味方の武器で傷付いたのであろう。それにペンダントを装着していなかったのではないか? 幻獣召喚の魔法は弱体化した攻撃しか出来ないように調整してあるからペンダント無しでも怪我をすることは無いのだが」

 「……あ!」


 そうだ、冒険者達が怪我をしたのは、味方の武器が当たったからだった。当然ペンダントのことなんて誰も知らなかった。


 「まぁ、この基地でもその機能は長年使われていなかった様だから、冒険者ギルドの方でもそうだったのだろうな。この使用記録書によると最後に使われたのが百二十年も前と書かれておる。軍が形骸化するわけだ。我々現役世代に伝わってなくても不思議ではないってことだな」


 記録書とやらを取り出しパンパン叩いた後、振って見せて、かっはっはと笑うカイエン中将。彼はよくその事を知っていたもんだ。さすがは領主様といったところか。


 へ~。こんなに便利な施設がギルドにあったんなら、わざわざ木製武器を作ったり、鎧を苦労して買ったりしなくても良かったのに。


 ………………良かったのに?


 ………………あれ? ここ数日、俺がバタバタと走り回ってやってたことって全部無駄だった?


 あまりにも衝撃的な事実に愕然として、その場に踞りズズ~~ンと落ち込む。


 「マ、マビァ君?! いきなりどうした?」


 と、隣の大尉の心配する声が遠くに聞こえるが、それどころではない。


 あぁ、さっきここに来る途中で感じた罪悪感再びだ。こちらの世界の常識について何も知らない異世界人の俺が、調子こいて自分の常識に基づいて動いた結果がこれだ。

 無知で非常識なヤツが上に立って音頭を取ると、全方位に迷惑をかけるという、大失敗の典型的なパターンに陥ってしまったようだ。


 ……どうしよう。木製武器の本格的な発注はまだ始まったばかりだから、今からでも止められるか? でもロージルさん仕事が速いから、既に代金を全て振り込んでいるのかもしれないし……。

 じゃあ鎧の方はどうだ? いやいや、アレこそザンタさん夫妻があんなに喜んでくれたんだ。今さら「ごめん、残り買えなくなった」なんて鬼畜なマネできる筈がない。


 失敗をなんとか取り戻そうと、落ち込んだままの姿勢で思考を廻らせる最中も、


 「なにやってんだアイツ?」

 「な、なぁ。マビァ君、何の真似だ?」

 「今になって急に怖じけ付いたか? フフン」


 等々、ざわざわと外野の声が耳に入るが気にならない。

 とにかくやらかしたことにもメリットがあった筈だ。良いこと探し! それが大事!


 さっき中将が試験場の機能を今の世代が知らなくても仕方がないと言ってたから、木製武器や鎧を買わずに試験場の機能を使って安全に訓練した方が良いなんて、誰も思い付かなかったに違いない。その点は俺は悪くない……よね?


 木製武器も大怪我せずに痛みを知り、それが嫌ならかわすか防ぐ術を学ぶのに丁度良い訓練用の道具だ。あって損はないし、木工ギルドへの大量発注でお金が動き街の経済の活性化に貢献! 良いことしてるじゃん! ……多分。


 鎧だって値段の割にはかなり良い物を買えたと思うし、ザンタさんの助けになれた事がやっぱり嬉しい。

 それに、鎧を装備することによる副次効果。重い装備を着けて訓練することによる体力アップと、打たれても痛くない頑強さがもたらす精神的な余裕と安心感。恐怖感の克服など、払った値段以上の価値があってプライスレス!……って何言ってんだ俺?

 ……まぁあのヘタレ冒険者達にやらせてみないと、まだ分からないんだけど。


 うん、丸っきり大失敗した訳じゃない。良いことだって沢山ある。

 なんとかフラフラと立ち上がり、起死回生の一手としてカイエン中将に一つ質問をしてみる。


 「あの~、中将閣下? 因みにその機能が使われなくなった経緯って、どうしてなんでしょうか?」

 「あ、あぁ。軍に至っては、戦争が無いから対人訓練の必要性が無くなり、もっぱら昇級試験に必要な剣舞の練習が訓練の主体になっていったからだと思われる。それにこの施設、上の観客席に攻撃が飛ばないように防ぐドーム状の光膜を張っているのが通常の運営状態で、少なからず魔力供給が必要になるのだが、ペンダントを使った対人訓練だと魔力消費が跳ね上がる。

 ペンダントには使用者本人の魔力注入で賄えるのだが、大人数で使用する場合、各ペンダントと施設とをリンクさせなければ効果は発揮しないので、その為にまぁまぁ高価なジェムを一つ消費するんだ。

 必要性の無い訓練に高価なジェムを消費し続けるなんて、組織としては真っ先にコストカットで切り捨てられる部分だろう? それが長年続き、もはやそんな機能があることさえ忘れ去られたという話だ。 冒険者ギルドも恐らく同じ感じなのだろう」


 カイエン中将の丁寧な説明を受けて、俺は確信を得た。


 よっしゃぁぁぁっ! 言質戴きました!

 これで俺悪くない。みんな知らなかったんだから俺だけ悪いなんて言わせない!


 最大限の自己防衛と理屈をこねくり回しての正当化。とことんネガティブに陥ったところから、完全ポジティブへの回復手段。周りから奇異の目で見られようが自己中だと言われようが、俺自身を守る為の得意技。やる気出てきた!


 「なるほど! 分かりました。では今すぐ始めましょうそうしましょう!」

 「マビァ君……。さっきの落ち込みようは何だったんだ? それに今のハイテンション……。何かの病気か薬じゃないだろうな」


 俺の躁鬱の激しさにドン引きする大尉。俺は腰を捻ったり屈伸したりの準備運動をしながら答える。


 「いやいやそんなんじゃないんだ。ちょっとした失敗に気付いてすっげぇ落ち込んだんだけど、何とか取り返せそうで立ち直れたからもう大丈夫。早くやろうぜ! こっちはやることが後につっかえてるんだからさ」

 「そ、そうか? 体調が悪いわけじゃないのならまぁ大丈夫か……」


 激しく準備運動をする俺から一歩下がりつつ、やや不安げなラクスト大尉。


 運動しつつ反対派の連中を見ると、さっきまで持っていなかった盾を装備し、半分くらいの人数が槍に武装を変えた兵士達の姿があった。俺が落ち込んでいる間に武装を整えたようだ。


 「ではそろそろ始めようか。ん?」


 テイレル大佐が演壇に立ち、何やら操作を始める。練兵場の機能を使うための操作かな? カイエン中将は近くで見ようと観客席の一番前まで近付くと何かに気が付いた。


 「そこの君達は不参加かね?」


 反対派の群れから少し離れてモジモジしている数人を指差して問いかけるカイエン中将。やはり東の沼に来てた奴らだ。その数六名。代表して一人が答える。


 「その、我々は一昨日の東の火災現場を見てまして、討伐され処理された多くのワニの姿を見ていますし、あの惨状の中、血塗れ焼け焦げだらけで生き残ったマビァさんの姿も見ています。そんな彼と戦って勝てるとは到底思えません。我々が反対派に参加したのは、ラクスト大尉の日和見な態度に不安を覚えたからです。マビァさんや新聞記事に対して疑念を抱いている訳ではありませんので」


 彼らはヤーデン中尉へ敬礼して出入口の方へ向かい整列した。彼らが減ってもまだ百人を超えている。普通に考えて一人の若造相手に負ける要素が無い反対派の優勢が、その程度の人員削減では何も変わらないのでまだまだ強気だ。


 「はん! 裏切り者共め。こちらもここでいつまでもダラダラとしているつもりはない。この中には非番も就寝時間も返上して抗議に参加している者もいるんだ。早く済ませようではないですか!」


 ヤーデン中尉もやる気満々だ。


 そこへケラル伍長が箱を持って入ってきた。


 「では参加者はペンダントを一つ受け取り、魔力を注入したまえ」


 各々がケラル伍長に寄り、ペンダントを受け取って下がっていく。


 俺も一つ受け取るけど、これってギルドタグに魔力を注入した時と同じで良いのかな? でもあの時もどうやって入れたのか分かんなかったんだよね。


 楕円形の銀細工で縁取られた、親指くらいの大きさのオーバルカットのジェムは無色透明で輝きもない。

 それを掌で包み、ギルドタグの時を思いだしながら注入を試みる。

 確かあの時は力んでもイメージしても上手くいかなかったんだよな。諦めかけて力を抜いた途端に吸い出された感じがしたんだ。


 そう思い、スッと力を抜くと上手くいった。二十秒ほどで注入が終わった感じがしたので掌を開いて見ると石は赤く光り輝いていた。それを首から下げ、準備ができたのでカイエン中将を見上げる。


 カイエン中将はこちらを一瞥したあと全体を見渡し、ふむ、と頷く。


 「それではこれから諸君と練兵場のリンクを始める。あの壁に縦に並ぶジェムが下から点灯し、全て赤く光ったら準備完了の合図だ。双方中央線より左右に別れて待機するように」


 カイエン中将の言葉に各々動き始める。大尉とケラルも、


 「巻き込んで済まない。あとは頼む」

 「マビァさん、信じてますから!」


 と言い残して、出入口の前で整列していた六人と一緒に上の観覧席へと上がって行った。


 さて、やってみようか。


 俺は一人自分側のエリアの中央に立ち、相手の方を向いて剣を抜き放つ。緊張感の漂う静寂の中、俺の剣はシャランと綺麗な鞘走りの音を鳴らした。


 対する反対派は横いっぱいに広がっていた。ヤーデン中尉は後ろから指揮でもするつもりか、人垣の向こうにいるようで姿が見えない。


 数秒間があり…………。壁の全てのジェムが赤く輝く。


 「始め!!」


 カイエン中将の号令に、俺も反対派の兵士達も一斉に動き出した。

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