五日目 駐屯基地へ
時間は少し戻り、マビァの一人称で続きます。
冒険者ギルドでの用事を一段落させた俺は、急ぎ駐屯基地を目指す。
確か、中央北通りを突き当たりまで行けばそこがそうだと聞いた。
北通りも屋台がいくつか出されていて、ウェルの部下と思しき人達が準備に追われていて、レストラン『キィマ』の前でも、特設の大きめな屋台が組まれ、相変わらずバカデカいクロブが嬉しそうに働いていた。
人の頭の半分ほどある石を山積みにした荷車から、片手に二~三個ずつ掴んでは屋台の内側へとひょいひょい入れている。
どうやらその石を組んで積み、簡易の竈を造っているようだ。
屋台の中ではスタッフらしき男性が二人で石を組んでいるけど、ひとつの石がかなり重いようで既にヘロヘロに疲れている。
そりゃ何十個も運んでいればああなるか。クロブは苦もなくひょいひょいと屋台の内側に入れているけど。
その異様な光景に、街の人や観光客らしき人達が見世物でも見るように遠巻きに人集りが出来ていた。
さすがクロブはこの街で一番の有名人だ。本人の希望でほとんど新聞に載ってないとは言え、街の人の人気はもちろんの事、周辺の村や隣の街の人達にも認知度が高い。
そんな中に入っていって目立つのは嫌なんだけど、クロブを見付けたのに挨拶も無しに通り過ぎるのは気が引ける。なので、衆目が集まるのを出来るだけ無視して彼に近付く。
「やあ、クロブ。忙しそうだな」
「おおマビァ、こんにちは。昨日はギガントイールのお裾分けありがとうございました。皆で美味しくいただきましたよ」
相変わらずの凶悪な笑顔で礼を言うクロブ。屋台の男性二人もヒィヒィとバテた顔で、
「あ……ありがとう……ございます……」
と、掠れ声で礼を言ってくれる。組む石よりもクロブによって入れられる石の方が多いので、どんどん山積みになって彼らの居場所がなくなりそうだ。
「クロブ……。ちょっと止めてやったら? 石組むのが間に合ってないよ」
「はっ。つい夢中になってしまいました。でもこの量だとまだ足りないかと思いますよ?」
どれくらい大きな竈を造るのか知らないが、屋台の奥に横長に組まれていっている。仕切りが三つあるので竈は四つかな? 確かに荷車全部のを使わないといけなさそうだ。
それにしたって、様々な形の石を使って綺麗に組み上げていくのはなかなか難しいから時間がかかる。レンガで造ればいいのにと思ったが、この辺りの風習なのかこういった一日限りの竈とかだと川原の石を集めて使うのが常識なんだそうだ。確かにタダだし慣れてるならレンガを組むのと早さはかわらないかもしれない。
「で、キィマは何出すんだ?」
「我らがレストランはカレー専門店ですからね。ワニ肉の粗挽きソーセージをチャパティで挟み、チーズとカレーソースをかけた『チーズカレーチャパティドッグ』です。美味しいですよ」
にっこりと微笑むクロブ。だから怖いって。ほれ見ろ周りの連中から「ひぃぃ!」って悲鳴がいくつも上がってんじゃねーか。
でもそれは確かに美味そうだ。どんなのか聞いただけで涎が口の中に溜まってくる。
「いいなそれ。絶対食いたい!」
「はははっ。でしたら是非とも早めにお列び下さい。正午から個数限定でお配りしますので」
「ああ、分かった。頑張ってみるよ」
クロブに手を振りその場から離れる。
周りの連中に注目されザワつかれる中を人垣まで行き、
「ちょっと通りまーす。すみませんね」
と、手刀を軽く振りながら進むと、人垣が左右に割れて通してくれた。……なんか、避けられたように感じたけど、気のせいかな?
カレイセムの街の南北の中央通りは、東西の長さに比べて約半分ほどしかない。冒険者ギルドから五百メートルほどしかないので、北の突き当たりまで小走りで進めばすぐに辿り着く。そこが駐屯基地の街からの正門だ。
大分手前から門の前をうろうろしている兵士の姿が見えてたが、近付くとそれはケラル伍長だった。こちらを見つけるとホッと安心した顔をして手を振ってくる。
「マビァさん! お待ちしてました。さぁ、案内致しますので付いてきて下さい」
俺を急かし手招きをして、早歩きで正門脇の通用口へ入るので、俺もあとへと続く。
「待ってたってなんで? 俺、カイエン侯爵には一時間くらいでいけるって言ったけど、侯爵からは午後時間があったら来てくれって言われただけで、時間指定はなかった筈だけどな。何かあったのか?」
駐屯基地の敷地内に入り、正面に見えるのが本館らしいが、そこには入らず別の方向へと進んでいく。
「結論から言いますと、ラクスト大尉の説得が失敗したんです。新聞の記事があんまりにも大袈裟過ぎたので逆効果に働いてるんです。マビァさん……、ギガントイールの幻獣を素手で倒したってのは本当なんですか?」
「倒したってゆーか、戦意を失わせたって感じだけどな。まぁ実際に見てないと信じられないかなぁ?」
「はぁ、嘘じゃなかったんですね……。我々兵士の中でマビァさんの戦い方を実際に見たのは私と大尉だけなんです。そんな私達だって昨日今日の新聞記事は『さすがにこれはないだろう?』って信じられなかったくらいなんですよ」
……まぁそうかもしれない。見てた連中だって同じこと言ってたし。信じてもらえなかったからワニもウナギも幻獣出して戦って見せたんだから。
一昨日のワニワニ大混乱とギルドの試験場でのワニの幻獣十一頭の相手。同じく昨日のウナギの討伐、ウナギの幻獣を相手にした時は、日常とは違う戦闘モードでの行動だったので、あの時の極限まで高められた戦闘中の思考と、今の緩み切った日常モードとでは大きなギャップがある。
改めて当時の様子を振り返ってみると、初戦のワニワニ大混乱での腑抜けて大火傷した戦闘は反省しなきゃいけないところが多かったけど、その後の戦闘は割と上手くやれている方だと思う。それでも元の世界じゃCランクハンターだったら誰にでも出来ることなんだ。
なのにそれを見ていた連中は、大袈裟に驚いたり目の前で起こったことが信じられなかったりするんだよな。そのせいでSSランクなんてもんを付けられてしまった。
まったく、俺がどんなに「自分は弱い方」って言っても、誰も信じてくれないんだもん。もうこっちが折れるしかない。
戦い続けるのが日常の俺と、戦闘とは呼べないケンカや小競合いすらないこの街の人達とでは、戦闘行為に対する認識というか、脅威への恐れや立ち向かう姿勢というか、とにかく何もかもが違い過ぎているんだから仕方がない。
だからこそ、それらを見ていない連中にとってあの新聞記事は信用出来ないのかもしれない。
「東の沼に行った兵士達も事後処理された現場を見ただけですし、クロブさんも居たからマビァさんの存在が霞んでるんですよ。現場では軍人としての自分達の勘違いを指摘されたのと、一緒に楽しく肉食ったんで、大半はマビァさん側についてたんですが……。クロブさんの手柄を盗ったんじゃないかって反対勢力に言われて揺らいでるんです」
手柄を盗ったって言われると……。客観的に見るとそうかもしれないなぁ。
実際にクロブが来なかったらあそこに居た全員がどうなっていたか分からなかったし、新聞に載るのを極端に嫌うクロブが記事にならずに、俺の事ばかりが派手に書かれているんだ。
現場でクロブに会ってる連中からしたら、あの記事は十分に疑う要素がある。
「それで、ウチの副官、ヤーデン中尉って人を筆頭に反対派の連中が今朝の新聞の胡散臭さと本部の命令でもない急な改革に、とうとう我慢出来なくなって爆発したんですよ。それがワニ肉に釣られて賛成派に傾いていた連中に飛び火して、もう大尉と私では説得出来なくなってます。
先ほどカイエン中将閣下やテイレル大佐がお出でになられてからは更に勢い付いて、『ルーリライアス領統括の中将閣下を差し置いての命令だの改革だの言語道断! 上官とはいえラクスト大尉に従う義務は無い!』と一点張りなんです」
「でも大尉は、この街で軍人としての役割をちゃんと果たそうと思ったから、市議会と連携して改革の準備をしてるんだよな?」
市議会にウェルが持ち込んだ提案の第一報、「今カレイセムの街はこんな事を話し合って動いてますよ~」的な報告はカイエン侯爵に既に届いている。
しかしそれは草案にも満たないほどの内容で、ワニを使った街の名物料理や素材の加工品での利益向上は、未だ具体性を得ていない。それもその筈で、ウェルが市議会に話を持ち込んで、まだ三日目だ。そうそう話が進む訳がない。
そもそも下の者がある程度形にして具申し、カイエン侯爵が納得出来たなら「よし、やってみろ」と
GOサインを出す流れが普通な筈だ。
反対派の意見は一見正しい事を言っているように感じるが、『下位の具申あっての上位の承認』という基本を無視した主張なんじゃないかな。
「そうなんです。大尉は正しい手順で進めたいのですが、その……とても言いにくいのですが……、マビァさんが動く度に状況が大きく変化するものですから……」
言いづらそうに、こちらと目を合わせないように、チラチラとこちらの様子を伺いながら答えるケラル伍長。
「…………あぁ。そうだよな…………。ほんとーにゴメン」
俺は掌で顔を正面からバシッと叩いて覆い、は~、と溜め息を吐いてケラル伍長に謝る。
こっちに来てから自分に出来ることをその場その場で全力でやってきたつもりだ。
それは俺を助けてくれるウェルの為であったり、ワニの倒し方を知りたかった大尉やケラル伍長であったり、冒険者ギルドを何とか良くしたいギルマスやコニス、ロージルさんであったり、強くなりたいと願う『黒い三連狩り』の連中であったりに対してだ。
そういった人達。こっちに来て持ちつ持たれつな関係でお互い頑張ってる人達と、ナン教授一家やガラムさんやクロブ、記者の二人やザンタさん夫妻に木工ギルドの連中や土木ギルドの連中といった、俺の行いに好意的で手助けしてくれる人達が多かったせいか、俺のやっていることは全ての人が認めてくれる正しいことなのだと勘違いをしていたのかもしれない。
確かに東の沼に道を造りに行っただけなのに、葦原を大火事で焼き付くしてしまったし、一度にワニを二十頭以上殺した挙げ句に、そこにワニを棲めなくしてしまったりで失敗ばかりしている。
誰もが初めてのことに挑戦しているのだから、手探りな上に見切り発進になるのは仕方がないと思う反面、俺なんかじゃなくてもっと頭の良いヤツが舵取りをしていれば、失敗も防げたんじゃないだろうか?
そういえば、今日道ですれ違った知らない人達が俺を避けていたのを思い出す。殆どの人が新聞と噂話でしか俺の情報を得られないのだから、怖がられていても仕方がないのかもしれない。
「い、いえ、そんな謝ってほしくて言ったんじゃないんです! 私自身どうしたら良かったかなんて分からないですし……。ですが、基地のトップである大尉が一人の冒険者の言動にふらふらと惑わされているのが我慢ならないってのが、反対派の総意のようでして。中将閣下も大尉がどうするのか様子見をされているみたいなのです」
なるほど、そっちの問題もあったのか。確かにラクスト大尉の言動は、上に立つ者として示しの付く態度ではないだろう。ましてや冒険者を見下している兵士が多くいるってロージルさんも言ってた。そんな連中にしたら現状が面白いわけがない。
「じゃあ、俺はどうすればいいのかな?」
「はい、今練兵場に反対派を全員集めていますので、大尉と一緒に話をしてもらうことになりそうです。中将閣下とテイレル大佐も立ち会いますので、なんとかしてもらえたらと……」
「分かった、どうなるか分からんけどやってみる」
俺が後先考えずに蒔いた種だ。悪い芽が出たなら自分で摘み取るのが筋ってもんだろう。逆に悪くなる可能性もありそうだけど、やれることは自分でやるってスタイルは変えられそうにない。
向かう先は目の前の大きな建物の中みたいだ。練兵場と言ってたから、屋内の訓練施設になるのだろうが一駐屯基地ごときにこんな立派な施設があるなんて、やはり俺の常識では考えられないことだ。
ケラル伍長が扉を開けてくれるので中に入ると、中は冒険者ギルドの試験場を大きくした感じで、楕円状に広い床面をぐるりと囲う高い壁と、その上にすり鉢状に並ぶ客席。壁の上にドーム状の光る透明の天井が被さり、こちらも試験場と同じ構造のようだ。
そこに集められた兵士達が百人ほど居り、前に立つ大尉に向かって、
「まだ待たされなければならんのですか!」
「そうだそうだ!」
などと罵声を浴びせている。
ラクスト大尉は彼らの前に立ち黙って目を瞑り、罵声を受け止めている。
カイエン侯爵とテイレル大佐はどこだ? と、見渡すと、客席の演壇の側に座り、兵士達の様子を見守っていた。
二人はこちらに気が付き、こちらに軽く手を上げてみせる。俺は一礼して大尉の方に進むと、俺に気が付いた兵士達がざわざわと騒ぎ出し、やがて、しん、と静まり返った。
「マビァ君、わざわざ来てもらってすまない。俺の力不足のせいで……」
「大尉殿! 軍人たる者が冒険者ごときに頭を下げ謝罪などするべきではない!」
俺に謝ろうとした大尉を、反対派の先頭に立つ男が強い口調で諌める。どうやらアレがヤーデンという副官だろうが、その言い方に少しカチンとくる。
「大尉に謝ってもらう必要がないのは確かだけど、俺はカイエン侯爵に呼ばれて来たんだ。初対面のあんたに見下される謂れはないと思うが、そーいうあんたは誰だよ?」
初対面の場合、どんな人物か見定めるまではそれなりに礼儀を保つ俺だが、コイツはダメだ。
ちらりと視線だけで反対派の兵士達を見渡す。百人以上居そうな兵士達の殆どがヤーデン側に付いており、特にヤーデンに近い前側に立つ者達はこちらを睨み付けてきているので、コイツらはヤーデンと同類の軍人至上主義なんだろう。
ソイツらとは自分達は違うと言いたげに少し離れて佇む数人は、東の沼で一緒に肉を食った連中ばかりで、こちらと目が合うとそっと目を逸らした。
一昨日、東の沼でラクスト大尉に話を聞いた時、「半分以上の兵士に反対されている」と言っていたが、ここに居る反対派は百人くらい。
大尉が私財を払って振る舞ったワニ肉料理で賛成派に寝返った反対派は精々五十人程度か? ケラルが失敗したと言っていたが、はっきりと言いきれない微妙な人数の移動だよなぁ。
多数決なら大尉側に反対派も従わなければならないんだろうけど、そうじゃないからここに集まってるんだろう。
「私はヤーデン・ボルク・アランド中尉だ。この基地の副官を勤めており、子爵家の出なので貴様とは身分から違うことを忘れるな。マビァとか言ったな。若造が随分と舐めた口を利いてくれる。SSランクとはなんだ? バカにしているのか? 貴様の大袈裟な情報のせいで、ここ数日不愉快な思いばかりだ」
ヤーデンは細身で神経質そうな、つり上がった細い目が特徴の二十代後半に見える男だった。薄茶色の髪を七三に分け、左右と襟足を刈上げ、身形は綺麗なのだが、性格が表面に表れているようだ。腰に装着した細身の剣が彼の得物のようだ。見た目通りスピードタイプか?
「へ~ぇ、子爵家の出ね……。その言い方だとご当主様でも継承権第一位って訳でも無さそうじゃねーか。だったら平民の俺らと大差ないんじゃねーの?」
「なっ!?」
つまらない権力を振りかざそうとするヤーデンを「へっ」と笑い飛ばしてやると、額に青筋を立てて顔を歪める。
「マビァ君、確かに彼はアランド家の四男で、継承権も放棄させられているが、本人はまだ諦めていないんだ。あまり図星を突いてやらないでくれるか」
「ラクスト!? 貴様ぁ!! 貴様こそ弱小男爵家じゃないか! そもそも私と貴様の階級差は昇級試験での『小隊指棋』の勝敗の差でしかないことを忘れるな!!」
大尉のフォローにならないフォローが逆鱗に触れたらしく、大尉を指差し貴様呼ばわりで罵るヤーデン。
「へぇ~。大尉って男爵家の人なんだ」
「あぁ、俺は次男で兄には息子がいるから第三位だが小さな領地でな。平民の生活と大差ないんだ。共に作業もするしな。北の方にあるシュミット家がそうなんだ」
「シュミット? ネイドル・ハルフ・シュミットさんの親戚筋?」
「ネイドルは俺の叔父の名だが、なぜマビァ君がその名前を?」
なんと、ラクスト大尉が横流し少佐の甥っ子さんだったとは驚いた。
「いやぁ、最近その名前を聞く機会があってさ。今もご健在?」
「あぁ、そこそこ高齢だが、夫婦共に元気にしている筈だ。叔父上は凄いぞ。いまだに日々の薪割りは自分でしているのだからな」
「へぇ~、そうなんだ。なかなか豪気な人だとは聞いてたけど……」
「そこーーーっ?! 親戚ネタで盛り上がるなーー!!」
俺達二人を交互に指差して、息も荒く怒鳴るヤーデン。
なんだようるせぇなぁ。人が楽しく話してんのに……。
ヤーデンを睨み返すと、その後ろにいる百人くらいの兵士がこちらを見ているのに気が付く。
ああそうか、反対派をなんとかしないといけないんだっけ?
ちらりとカイエン侯爵の方を見上げると、声を出さずに笑っている侯爵と、顔を背けて口元を手で隠し震えているテイレル大佐の姿があった。




