五日目 鎧セットの値段
「では本題の交渉に入りましょうか。ザンタさん、この鎧一式を商品として、客観的に扱うとした場合、いくらで仕入れていくらで売れるものなのか、参考までにお教え戴けないでしょうか?」
立ち上がってロージルさんがザンタさんに質問する。
「……うーん、そうだなぁ。仮にここがこの手の鎧の需要がある街だったとして、だ。この鎧はそこそこ良いものだが、工房や職人の銘がないからブランド品ほどの売り上げは期待出来ねぇ。それでも一式六十万カルダで売りたいね。だとしたら仕入値は八掛けで四十八万カルダってところだろうな。この街じゃあそんな値段じゃ絶対に売れねぇから、五十万でどうにか、って感じじゃねぇか? でも、年に二セットも売れねぇだろうなぁ」
結論を出して苦笑いするザンタさん。
「こちらと致しましても、一度に纏めて全部買い取るわけにはいきません。当ギルドの運営資金は市を通して国から支出されています。かなり安くして戴いたとしても、さすがに全額支払うことになると、予算の申請が市議会には通らないでしょう。そちらもそれではお困りになるのではないですか?」
「そうだな。一度にそんなに儲かっちまったら、間違いなく税務官の取り調べ対象になるだろうなぁ。で、仕入れをした書類も形跡もない鎧をどうやって手に入れたのか、軟禁されてこっぴどく絞られるだろうから、それだけで営業出来なくなって、最悪そのまま投獄。罰金の支払いは当然として、廃業処分になるかもなぁ……」
なんと、この鎧の売買がザンタさんにとってはそんなに危ない橋を渡る案件だったとは思いもよらなかった。こっそり買い取れば適当に誤魔化せるもんだと思ってた……。
税金というヤツか。
元の世界のハンターは好き勝手やってる様に見えても、街や国を守るために命を張って戦っているわけだから納税は免除されてる……と、ハンターになる時にハンターギルド職員に説明されたのを覚えている。
だが、後になって先輩ハンターに聞いた話によると、魔物討伐の報酬や戦利品の売却の金額は、裏でしっかり税金分を引かれて支給されているとか、いないとかという噂だった。
それを聞いた時には、かなり頭にきたもんだが、他の先輩に、
「ギルドに所属してることで優遇されてると感じたところもあるだろ? 駆け出しの頃に支給される装備一式とか、Cランクに上がるまで毎日一つ貰える低級ポーションとか。宿屋での宿泊費の割引とか……。他にも色々あるが、そういうのに使われるんだよ。自分も助けられて成長し、やがては後輩を助ける為に使われる。そしていつか後輩に助けられる時がくるかもしれない。そう思うと頭にこないだろ?」
と、諭された。それを聞いて、目から鱗が落ちるのを感じた。
でも、実際にはそれはハンターギルドが国から支給された資金から捻出する経費だった筈だ。だが国は、どこの馬の骨だか分からない者が多いハンター達から、税金を取り管理する手間を放棄する代わりに、本来国からギルドに出される資金が減らされ、その分をハンターへの報酬から差っ引いてるってわけだ。
結果、ギルドに管理された互助共済金のような形でハンターギルド内でお金が回っている。
当時駆け出しだった俺では理解出来なかっただろうが、今となっては長い目で見れば必要なことなのかなと思ったりもする。
ちなみにこの世界に来て、冒険者ギルドでも俺的にはソロでは嘗てない程の金額をこの数日で稼いでいるので、俺の税金の支払いはどうなんの? と、ロージルさんに聞いてみたところ、やはり、
「ご安心下さいませ。既に引かれたものをお支払いしておりますので、マビァさんが改めて納税される必要はございませんわ」
と、にこやかに答えてくれた。
こちらでも引き落とし形式だったようで良かった。こちらでの所持金のほぼ全額、五百万カルダでここの鎧を買えるだけ買ったあと、「税金を払え!」なんて言われたら、残りの持ち金では足りずに払えないかもしれないし、そうなれば、何処かで何かを狩って稼がなければいけなくなるところだった。
まぁ、元の世界に戻るまでの間、のらりくらりとかわして税金を払わずに逃げてもいいんだけど……。
話を戻して。
ザンタさんがこの鎧一式を他所の街では六十万で売れると評価した。そして仕入値が四十八万というのが、商人としての親父さんの仕事に対する評価額なのだろう。しかもブランド品でないということで価値が下がっているのなら、見る目のある人には六十万という値段は格安なのかもしれない。
それがこの街では、売れる可能性がある最高額は五十万。これでは実質一式につき二万しか儲けにならない。それでも一度に全部うっぱらうと投獄&廃業なんて、ハイリスク・ローリターンもいいところだ。
さて、どうしたもんか……。と、頭を働かそうとした矢先にロージルさんが解決策をくれる。
「そこで、初回に限っての事ですが、今回は十セット分をマビァさんが個人購入したことにしようと思います。そして、勝手に冒険者ギルドの武器庫に保管して冒険者達に使わせていることにします」
「え? 俺が?」
予想外の答えだったので少し驚く。まぁ、最初の分割買いは俺が出すって言ったのは間違いないんだけど、その辺は上手くボカしてギルドが購入するのかと思ってた。
「ゼンダ氏が造った鎧に惚れ込んで、売り物ではなかったところを無理言って買った。ということにしましょう。元々出資すると仰ったのはマビァさんですし、マビァさんがこの街に来て以来、毎日ムチャクチャなことをされてきたわけですから、そこを使わない手はありません。商人でもない個人が十セットの鎧を一度に買うなんて十分ムチャなことですから、これまでのムチャクチャにこれを紛れ込ませます」
木を隠すなら森の中ってわけだ。てゆーか俺に対する評価酷くない?! 確かに色々やらかした覚えはあるけど、それ以上に新聞で大袈裟に書かれたせいもあるんだし……。いやいや、そうじゃなくて……。
「また俺、目立ちたくないのに目立っちゃうじゃん?!」
「これだけ街中を騒がせておいて今更何をおっしゃってるんですか。いきなりギルドが鎧のセットを購入するには理由が無さ過ぎるので、経費として申請出来ないんですよ。今のマビァさんなら何をやっても誰にでも納得していただけるんですから、出来れば新聞にも載るくらい派手に持ち帰った方が良いですわ」
「えぇ~……。でもなぁ……」
まだ渋る俺を諭そうとするロージルさん。
ホントこの人は仕事モードだと容赦ないなぁ。キラリと光るメガネと笑顔がちょっとコワイ。
「ザンタさんを助ける為だと思って協力して下さいませ。冒険者達が鎧を装着することが有益だと証明され実績を作れれば、ギルドとしても購入する建前が出来ます。年に十セットずつ購入することにすれば市議会への予算申請を無理なく行えるようになるんです」
今度は両手を胸の前で組んでお願いモードで来た。ちょっと色気を感じさせる仕草がズルい。そうか、こーやって男どもが勝手に惚れるんだ。
「あー、も~分かったよ。必要なら仕方がないか」
「悪ぃなマビァくん。安くさせてもらうからよ。荷物も荷車で運ばせてもらうぜ」
ザンタさんも申し訳なさそうに謝る。俺が言い出した事だしなぁ。どんな形であれ責任は取らないと。
「その代金についてなんですが、マビァさん、先ほどザンタさんが参考までにお教え下さった五十万カルダで宜しいでしょうか? 丁度十セットで割り切れる予算を預かっておりますし……」
「おいおい! ちょっと待ってくれ。さすがにそれは貰い過ぎだぜ。さっきのあれは、もしこの鎧がどっかの工房で造られたとして、そこから仕入れるとしたらって仮定の話で、中古の横流し品で素人の親父が改造したもんに付けた値段じゃあねぇんだ。まともな値段で売る気なんてハナからねぇよ」
ロージルさんの申し出に驚き慌てて話を止めるザンタさん。
「でもさ、客観的に商人の視点から見た正当な評価額だったんだよね? 実際に良い物だと思うし、ロージルさんの推理は多分本当にあったことなんだろうから、親父さんのことを思うと安く買い叩くなんて出来ないよ。ねぇ、ロージルさん?」
「その通りですわ。それに冒険者の人数は、この街だけでも二百人以上登録されています。今後も増えることを計算に入れますと、六十セットでは足らずに追加で似た物を造らないといけなくなるかもしれません。今安く買い叩いていると、そうなった時に予算が合わなくて粗悪品しか造れず困ったことになるんです。ここは相応の値段で買わせていただきます。……お父様の本懐を遂げることにもなるのではないでしょうか? ここは一つ折れて下さいませ」
毅然とした態度で答えるロージルさん。俺もだけど絶対に譲る気はない。
「うぐっ…………。あーもうっ! 分かったよ。そっちにも事情があるってんなら仕方がねぇや。十セットで五百万、残りの鎧も1カルダたりともまけてやらねぇからな!」
盛大に頭をガシガシ掻きむしり、無理矢理納得するザンタさん。……あと一年くらいでツルッパゲになってるかもな。
なっはっはと大笑いするザンタさんに釣られて何とか笑うも、彼の頭髪が心配で苦笑になってしまう俺であった……。
「では、今購入証明書を作成致しますね。ザンタさん、銀行口座番号を教えていただいても宜しいでしょうか? ギルドに戻り次第マビァさんから預かっている代金をお振り込み致しますので」
言いながら脇に抱えていたケースから上質な紙とペンとインク壺、朱肉とギルドの印章を取り出し、テーブルでカリカリと書き始める。これはザンタさんが税の申告の時に必要になる物らしい。本来買い手の俺にも作られる物らしいのだが、近々俺がこの街から去ると知っているロージルさんは無駄なことをせず、一通だけあっという間に作成した。
それにザンタさんがサインをし、店の印章を押し契約成立だ。
「あぁ、忘れるところだった。冒険者ギルドのエンブレムを付けようってのはどうする?」
横流し問題を誤魔化す為に、ギルド専用品に見せかけようとしてたんだった。
「こーいう仕事って、金属細工師とかになるのかなぁ? 鍛冶屋の領分じゃなさそうだよね?」
俺がボンヤリした知識で考えて口に出すと、ロージルさんが答えてくれる。
「それでしたらわたくしの母にお願いするつもりです。母は鋳造、彫金などでアクセサリーを造る職人をしてますから、エンブレムの作成と鎧へのロウ付けは御手の物ですわ」
ロージルさんのお父さんは皮革加工職人で、お母さんは金属細工師なのだそうだ。イルマさんから少し聞いてたが、その家族構成で何故本人は職人を目指さなかったのだろう?
「わたくしは両親に似ず、読書や勉強に夢中でしたから、それを活かせる道に進みました。お料理も好きだったのでそちらの道にも一時惹かれましたが、お仕事にすると辛いこともあるかと思いまして、あくまで趣味として楽しもうとしているのですよ」
ガラムさんに作った弁当は本当に美味そうだったし、料理人顔負けだった。趣味として残すには勿体ない腕前だったが、確かに仕事にするとなると、苦痛に感じることもあるだろう。
趣味と才能の実益の両立。なかなか噛み合わないことが多いらしいけど、ロージルさんはスキルを活かして今の仕事を完璧以上にこなしているようで、才能と実益が両立しているから料理を趣味として楽しめているみたいだ。基本スペックが高い人ってホント羨ましい。でもそう感じる俺には分からない苦悩があったりもするのかもな。
「じゃあさっさとコレを運んじまうか。そっちの扉から出たら荷車があるから、マビァくん運ぶの手伝ってくれや」
「あ、待ってザンタさん。まだ聞きたいことがあるんだ」
ぐるぐる肩を回して木箱を持ち上げようとするザンタさんを止める。
「実はザンタさんを元ベテラン冒険者と見込んで、教えて欲しいことがあるんです」
ザンタさんに聞きたいのは、武器攻撃系のスキルについてだ。この世界に来て武器攻撃系のスキルについて知っているのは、街にあるキューブで修得出来る槍の技と、ガラムさんが言ってた元帝国にあったというキューブだけだ。
ナン教授や紅月も使っていたのかもしれないが、ワニワニ大混乱の最中でとてもそちらの方を見ている余裕が無かったし、カイエン侯爵やテイレル大佐も使えるかもしれないけど、今のところ誰のスキルも見れていない。
ザンタさんが俺の剣を振るった時に、ビビッと来るものがあった。長年冒険者としてパーティのリーダーを張ってた彼ならスキルをいくつも修得しているのではないか?
そんな期待を込めて真顔でお願いしてみる俺に、ザンタさんは怪訝な表情を浮かべて振り向いた。




