五日目 再び冒険野郎の店へ
フロントで剣と盾を受け取った後、急いでギルドへと向かう。
「マビァさーん」と途中でクロエに声をかけられたが、「悪い、急いでるからまたな!」と振り切って冒険者ギルドへと入った。
カウンターのところにコニスとロージルさんがいて、話しているのでそちらへと向かう。
「ロージルさんお待たせ」
二人の間のカウンターの上にある二枚の紙が目に入る。
それはさっき話し合った時に見た、エロい男どもを駆逐し俺を投獄する事が出来るようになった決定事項が一枚。
もう一枚には明日から変更になる試験場の有料化と、幻獣召喚を職員に依頼した時の料金や雇用時間、依頼方法などが書かれているようだ。
こちらはまだ仮の報告のようで、正式に決定した際には必要事項が書かれた木製のボードや、職員雇用の為のシフト表が壁にかけられると書いてある。
俺は前者の忌々しい紙を汚い物のように指二本で摘まみ上げて顔をしかめる。
「これ、もう張り出すのか?」
「もちろんですよ! こういったことは早めにやっておかないと」
コニスは俺から紙をピッと奪い取り、スタスタと掲示板のところへ向かうと、押しピンで張り付ける。
「冒険者のみなさーん。重大な発表がありますので、必ずこちらに目を通して下さいねー。特に男性の方々にはこの先の人生に大きく関わるかも知れない案件ですので、読み忘れないで下さいよー」
にこやかに明るい元気な声で話すコニス。最初コニスの呼び掛けに嬉しそうに耳を貸した男冒険者どもだったが、声とは裏腹に内容が物騒な気配を孕んでいることに気付き、ざわざわと騒ぎ出す。
そして、ゆっくりと貼り紙へと集まりだした。
コニスは冒険者達を避けるように掲示板の脇へと移動する。
そして、張り出された紙の文章を諳じ始めた。あれを全部覚えてんのか……。すげぇな。
折り重なるように雁首揃えて紙の文章を目で追う男達の顔色がみるみる悪くなる。多分朝から俺にどう頼もうか話し合ってた連中ばかりなんだろう。
どんだけロージルさんのエロい姿見たいんだよ。討伐でも採取でもいいから働きに行けよ……。
諳じ終えたコニスはそのままその場に留まる。多分質問に対応する為に残っているのだろう。
暫く待ち、それなりに警告文の内容が伝わったところで、コニスが冒険者達に呼び掛ける。
「みなさーん。読んでもらったように、現時点からマビァさんにえっちい要求をするだけで犯罪者扱いされちゃいますよー? わたしが信頼している皆さんはこんなことしないと信じてます! だから絶対に裏切っちゃダメですよー?」
コニスの甘えておねだりするような甘い声がロビーと食堂に広がる。
主に男達の「お、おー!」っていう若干躊躇いがちな返答が過半数をはるかに超えて上がる。こんなに心の疚しい奴らがいるのか……。
しかし、さすがとコニスを褒めたくはないけど、この統率力は凄い。これならかなりの抑止力になりそうだ。ロージルさんを襲おうって企む奴はかなり減るんじゃないかな?
一番問題なのは、痴女化したロージルさんに出くわした男の突発的な欲情の暴走の方なんだけど、こっちはロージルさんをなんとかするしかない。
とは言っても、瞬発的にロージルさんを守れる技量の持ち主って、イルマさん以外にここのギルドにいるのかなぁ?
まぁそれはさておいて、
「こっちのは一緒に貼らなくてもいいのかな?」
ロージルさんに残っている方の紙を指し示す。
「こちらは細部の調整がまだですから。それに今はそれどころじゃなさそうですよ?」
苦笑してチラリと掲示板の方に眼を向けるロージルさん。この先では男達がガヤガヤと騒いでいた。
コニスにより詳しく聞こうと詰め寄る者や、文章を何度も読み返し話し合う者達。そんな男どもを蔑んだ目で見下したり嗤う女冒険者達。俺にも犯罪者を見るような目を向ける者もいる。その中にジト目でこちらを睨むクロエの姿があった。
「クロエ、ちょっとこっち来い」
手招きしてやると、こちらへやってくるクロエ。
「マビァさん、幻覚だか幻の夢だかの魔法の話は、今朝からちょこちょこと聞いてたんですが、本当の話だったんですね。あれにはマビァさんがしたことは『公然猥褻罪』で二度目には逮捕投獄されるってありますが、マビァさんって性犯罪者なんですか? まさか女の敵だったなんて思いもしませんでしたが本当ですか? 詳しくお聞きしてもいいですか?」
手帳を取り出し、こちらに身を乗り出すクロエ。
「話せるわけねぇだろ。記事にもするなよ」
「えー?! なんでですか。罪を犯したならちゃんと償うべきですよ! 特に性犯罪者なんて公開処刑されても文句は言っちゃダメなんですよ? それに読者の皆さんがマビァさんの情報を待ってるんです。エロい魔法なんて聞いたことないですよ。誰もが聞きたがる話題じゃないですか!」
「アレには込み入った事情があってな。ああするしかなかったんだよ。俺が性犯罪者扱いになってんのも事実じゃないが、やむを得ずってヤツだ。詳しい事情までは部外者のあんたに話すわけにもいかないし、他の連中に取材することも禁止する。それに、被害者がいるのは事実なんだよ。だからダメだ。こっちのロージルさんがその人だよ。傷付いた人に更に鞭打って晒し者にでもする気か?」
「う……」と、さすがにたじろぐクロエ。
「わたくしからもお願い致します。聞かなかったことにして戴けないでしょうか? 今は口伝えだけの噂ですから、広まっても徐々に形が変わって真実から遠ざかって、やがて消えてしまうでしょう。しかし、新聞記事になってしまうと、読む人に噂ではない真実だと思わせてしまう情報が街中に一気に伝わってしまいます。アレはある意味、ギルド内を調整する為に作られた物で、外部に真実として告知したものではないんです。それにマビァさんが犯罪者予備軍のような情報が広まることは、今この街にとってマイナスのイメージにしかなりません。ですからどうか……」
清楚で誠実そうなロージルさんからのお願いだ。断れる人なんていないだろうが、もう一押ししてみる。
「この噂が広まる危険性を教えてくれたのはハンセルなんだ」
「えぇっ?」
「あのハンセルが、わざわざそれだけの為に宿まで来てくれたんだぞ? ロージルさんが酷い目にあわないようにってな。記事にもしないでくれるって約束してくれたぞ?」
実際にはデタラメ記事を書いた罪滅ぼしのつもりだったかもしれないが、クロエを黙らせるのに利用させてもらう。
「……そうですか。彼が飛び付きそうな話題なのに。だったら私が記事にするわけにはいきませんね」
手帳を閉じて取材を止めるクロエ。しかしまだ何か企んでいそうな顔をしている。なので別の方向に話を逸らす感じで、今朝の新聞の話をしてみる。
「そういやぁ、今朝のデイリーのあんたの記事、ありゃなんだ? 美味いもん食ったらどうしてあそこまで呆れるほど語彙力が下がる? あれならナン教授んところのチックとカーリーに感想言わせた方がマシなんじゃねぇのか?」
「た、確かに校了した後読み返して後悔しましたけど、編集長が何も言わなかったんだからいいじゃないですか。それよりこのこと書いちゃいけないのなら別の話題を下さいよ。あ、午前中に路上で『黒い三連狩り』の三人を木の剣で追いたてていたことや、『冒険野郎ザンタの店』で販売に協力していたことは書かせてもらいますよ? でもそれだけじゃまだ足りないんですよ。なんかないですか?」
コイツ、午前中俺のことを尾行してやがったのか。まぁあれくらいのことなら別に書かれてもいいや。
「じゃあ、領主様が今この街に来てるのは知ってるか?」
お忍びだったかもしれないけど、どうせすぐに知れ渡るんだろうから気安く情報を渡す。
「ええぇっ!? カイエン様が!? い、今どこに?」
「さぁ? こっちにわざわざ出向いたんだから、アチコチ見て回るんじゃないか?」
「わ、分かりました。情報ありがとうございます!」
クロエは嬉しそうに外へと駆けていった。やれやれだ。
「それではわたくし達もザンタ氏のお店に向かいましょうか。あ、その前にこちらをお渡ししておきますね」
そう言って、ロージルさんが金貨二枚と大銀貨五枚を手渡してくれる。午前中に買った剣と盾の支払い分の残りと、金貨一枚は使った分の補填だ。これで今朝起きた時の財布の中身と一緒になった。この辺の気遣いの良さがロージルさんらしい。
そうそう、と思い出して食堂でまだ騒いでいる『黒い三連狩り』を含めた訓練希望の冒険者達に、午後のメニューを伝えておく。
ザンタさんのところに行ったあと、侯爵に呼び出されてるから駐屯基地に行かなければならない。
何の用で呼び出されたのか分からないから、いつこっちに戻ってこれるか分かんないんだよな。
どうせここの冒険者達は基礎体力作りから始めなきゃいけないから、全員に腕立て伏せ・腹筋・スクワットを完全武装して三十回を三セットさせることにする。出来ないってヤツもいるだろうから、そんなヤツには「もう一回も出来ない」って回数までやらせる。
後は走らなくてもいいから、街の外周を三周させて今日は終わりだ。
「えぇ~?! せっかく剣買って貰ったのに、これの訓練はしないのかよ」
マッチューが不満を漏らす。うん、気持ちはすっげぇ分かるんだけとな。
「今どうやって訓練していくか考え中なんだよ。でも、あんたらも基礎体力が全然足りてないのは、この数日で痛感してんだろ? 明日はイベントもあるし訓練は休みにするから、今日はちょっと自分を追い込んでみてくれ」
ぶーぶーと文句をたれる冒険者達を放置してロージルさんと外へ向かう。やりたくなりゃやらなくてもいいんだ。あとは自主性に任せるさ。
再びザンタさんの店を目指して、ロージルさんと並んで街を東へと進む。
午前中に歩いた時よりも、随分と人が増えているように感じた。
「イベントは明日ですのに、人がいつもの倍以上増えてますね。それに……」
人混みで少し歩きにくい道を進みながらロージルさんがいい淀む。
うん、言いたいこと分かる。剣と盾を持った俺を時々凝視してくる人がいるもんな。
「マビァさんすっかり有名人ですね。でも話しかけられたりはしないんですね。どうしてでしょう?」
人差し指を顎に当てて、こてんと首を傾げる。コニスが同じ仕草をしたら、あざと過ぎてイラッとするのに、ロージルさんがやると「おお、可愛い」って素直に思える。
下心があるかないかの差なんだろうな。コニスの場合は相手の反応を見ながらやってる感じがするんだよ。
「俺が平凡な顔つきしてるからじゃないかな?。タブカレの写真だと『誰だよ』って別人に思えるくらいに精悍な顔に撮されてたでしょ。デイリーの方の印象が薄くて、俺と会ったことのない人は、タブカレの方が本当の顔だと認識されてるんだと思いますよ?」
そう、昨日の新聞で俺の顔が大きく鮮明に写っていたのはタブカレの方だけだった。
デイリーの方は、火事現場になった東の葦原の写真ばかりで、俺も一応写真に写っていたのだが他の皆と遠くで話している姿だけだった。
それにクロエのヤツ、ギルドの試験場で俺が幻獣のギカントイールの相手をしていた時は、戦闘開始時の写真を一枚撮っただけで、他の写真は新聞に載ってなかったもんな。
反面タブカレのハンセルの写真は、これでもかと言わんほどに俺を美化し煌めかせ、聖騎士と見紛うばかりに祭り上げていた。
その強烈なインパクトある数枚の写真で、先に出た写真があったことが既に人々から忘れさられているのだろう。『俺=タブカレの聖騎士』という刷り込みが完了している様に感じる。
今ここにいる俺のことは『聖騎士のマネをしているヤツ』くらいにしか思われていないのだと思う。
「なるほど、それで寄ってきたりしないんですね。……しかし、更に人が増えてきたみたいですね」
ホントだ。午前中は『黒い三連狩り』の三人と走っても誰かにぶつかりそうになるなんてなかったのに、今はトトスも走れなくて徐行しているほど人が増えている。
「ウェルが言ってたけど、もうどこの宿も満室なんだって。明日はもっとすごいんだろーなぁ。この街でここまで人が集まることって、他にもあるんですか?」
イベントに向けて飾られる街の様子を物珍しそうに見て歩く人達を見ながら、となりのロージルさんに聞いてみる。
「この街で最も集客率の高いイベントは、夏に催されるコロットセイの水上障害レースですね。この街にも接しているダムラス川流域の各街から選ばれた代表のチームを集めて、三日間に渡って大々的に行うレースですので、かなりの人数が集まりますよ。お隣のヨーグニルからも出場いたしますし、優勝入賞の賞金額も高額です。それに、観客に対してもギャンブルの興行が行われます。こちらもレース内容によっては高額配当になりますので大人気なんですよ。毎年一日三万人くらいは集まっているようですよ」
「へぇ、そりゃ楽しそうだ。俺も見てみたいけど夏かぁ……。その時の人混みと比べて今回のはどう?」
「明日、さらに増えるとしたら超えるかもしれませんね」
レースやギャンブルに興味のない者でも、食べ物のイベントなら行ってみたいって人の割合は多いのかもしれない。
カレイセムは数日見た感じだと観光地といった印象はない。美しく統一されたデザインの街並みは一度は見る価値あると思うし、食べ物もウェルのお陰で美味しく食べられているが、それらを楽しめているのは、俺が文明の遅れた異世界から来ているからであって、近隣の街の人達からすればわざわざ見に来るような珍しさはなさそうだ。
つまり、観光客がいつもごった返す街でないのなら、宿屋の数もそう多くないだろう。
冒険者や余所から来た労働者が常宿にするような、安くて狭かったり相部屋だったりする宿は別にあるんだと思う。そういった宿には観光客や商人は泊まりにくいもんな。
だったらこの溢れかえった人達は何処に泊まるのだろう?
その考えを読んだらしいロージルさんが教えてくれる。
「夏のレースの時もそうなんですが、『テント屋』が動いている筈ですよ」
『テント屋』とは、街の商会や個人が副業としてやっている臨時的な宿泊業だそうだ。
人が多く集まる時だけ、商業ギルドに登録しているテント屋が街の周囲に大小様々なテントを張って客を泊まらせているらしい。
テントと言っても、宿泊費の安いものは食事無しの小さなテントで素泊り出来るし、高いものは何室もある大きなテントで豪華な食事に風呂・トイレ・高級ベッド付きという、貴族でももてなせるようなものまであるんだとか。
街の壁の周りに様々なテントが並び、夜になると泊まった人達が焚き火を囲んで語り合う楽しそうな声や、旅の楽団の演奏。街から屋台で壁の外へ料理や酒を売りに出る商人などで、とても賑やかになる夏の風物詩なのだそうだ。
今回は急なイベントなので下準備も出来ていないテント屋が多いだろうから、夏のレースの時ほどにはならないだろうとロージルさんは言うけど、なんか楽しそうだな。
『シーヴァ絶対防衛戦』の作戦前夜もハンター達で賑やかに騒いでいた。楽しかったそれを思い出す。
「マビァさんはそういうのがお好きなんですね。夜の屋外で焚き火したり、飲んで食べて語り合うなんて、確かに楽しそうです。わたくしお友達が少ないですし、そういった経験が一度もないので少し羨ましいですわ」
そう言うロージルさんが綺麗に微笑む。……なるほど、この無自覚な笑顔で男達を勘違いさせてたんだな。
ロージルさんは言葉通り「少し羨ましい」と言ってるだけなのだろうが、これを聞いた男は、勝手に言葉の裏に「私を誘ってくれないかしら」という文面があると信じ込み、つまりそれって俺のことが好き!? って勘違いしちゃうってわけだ。男ってホント馬鹿。
俺だって今のは、ロージルさんがガラムさんのことを好きだって知っていなかったら、「よかったら俺と一緒に今夜楽しんでみる?」なんて誘っていたかもしれない。
そして、俺を男として見ていないロージルさんは、一度この誘いにはお友達として乗ったかもしれないけど、その後いい感じになったと勘違いした俺が告って自滅する未来まで簡単に見える。
まぁ実際には、俺は元の世界に戻らなきゃいけないから、こっちでの恋愛なんて重責でしかない。相手のことを想うと絶対にそんなお誘いはしないんだけど。
こちらの生まれだったら間違いなく誘ってるよなぁ。
この案件、イルマさんに話してロージルさんに自覚を持たせ、矯正してもらうようにしないと、この先ガラムさんと付き合うことになったとしてもトラブルの元になりかねない。
恋人同士仲睦まじく過ごしているのに、彼女が無自覚に接した男どもを次々と誘惑する……。いや、事実はそうではないんだけど、そうとしか捉えられない言動をする彼女ってヤバいよな。
ガラムさんは多分一途な人だろうし、今もロージルさんに向けられる好意を素直に受け止められていないんだ。このまま順調に付き合い始めたとしても、現状のロージルさん。無自覚無差別に男を誑かしているように見えるロージルさんに堪えられず破局……ってなるのが手に取るように分かる。
ギルドに帰ったら速攻イルマさんに話そう。
小さく溜め息を吐くと、ロージルさんが不思議そうにこちらの顔を覗き込んだ。やはり恋愛絡みの機微には彼女のスキルの反応が鈍いらしく、こちらの想いには気付いていないみたいだ。
でもその仕草が男の庇護欲を誘う。コニスとは正反対の天然男たらしだったというわけだ。
自覚が無い分、矯正が大変そうだ。頑張れイルマさん!(丸投げ)
まったく先が思いやられるけど、可愛いお姉さんなんだよなぁ。
だらしなく弛んだ顔のまま、ザンタさんの店へと二人で入っていった。
休みっぱなしで申し訳ないです。
少し余裕ができたので、年末まで隔週で数話上げるつもりです。
よろしければお付き合い下さいませm(_ _)m




